人工心霊

夕玻露

人工心霊

 僕は、社会に適応できるほど優れた人間ではなかった。大学を卒業するまでずっと母の引いたレールの上を歩くだけの人生だった。そうして迎えた、就活シーズン。今回もレールの上を歩くだけだと思っていた。それなのに、母はレールを引かず、「好きなように生きなさい」という残酷な言葉を残した。そんな急すぎる出来事に対応できるはずもなく、僕は就活に失敗した。

 それから母は、僕に一切の興味をなくし、いつしか僕の前から消えていった。僕はいつも考えていた。僕が僕じゃなければ、母はまだそばにいてくれたのだろうかと。そんなことはあり得るはずないのに。


 いつも通り、就活情報をネットで調べていたある日、とある動画配信サイトの広告を目にした。

『一発逆転!これであなたも有名人に!』

 この動画配信サイトは動画を見たり、投稿したり、最近では知らない人がいないほど有名なサイトとなっている。一定の基準を満たすと収益化も可能で、今一番波に乗っているサイトだ。

 ここで有名になれば、お金が稼げ、承認欲求が満たされ、人生安泰。僕だって生まれ変わるはず。きっと、親にも会える。僕の直感はそう告げた。


 次の日には、動画投稿に必要な道具を揃えていた。投稿する動画の内容もすでに決めていた。心霊系の動画である。動画には、様々なジャンルがあるが、心霊系の動画は(きっと)作りやすいにも関わらず、最近のホラーブームのおかげで伸びやすい傾向がある。

 だが、有名な心霊スポットに行くだけの動画は世界中に溢れている。そんな、ありきたりな動画で無名から有名になるなど無理に決まっている。けれど、誰も行ったことないスポットを探すなども無理だ。なので、僕は心霊スポットを作ることにした。

 僕の県には夕葉山という山があり、そこには数年前に潰れた小さな旅館がある。潰れた理由はわからないが、おそらく経営不振だろう。しかも最近、あの山に人が出入りしたという情報もない。絶好の心霊スポットとなるだろう。

 あとは情報操作だ。全く無名の心霊スポットでは、デマだと疑われてしまう。実際、心霊スポットでも何でもないわけだが、ネットを使って拡散でもしておこう。


『勝手に物が浮き始めて...』

『小さな民宿なのに進んでも進んでも...』

『窓の奥に無数の動物の死体が...』

『帰り際に急に体が...』


 全て違うアカウントで投稿したの偽りの心霊現象。あとは少し機材を揃え、旅館に向かうだけだ。


 当日となり、山の麓に着いた。辺りは木々に囲まれており、昼だというのに夕暮れ時の暗さであった。少し周りを見渡すと、一本だけ山の中へと続く道を見つけた。草が生えてしまっているようだが、手入れをされていた跡がある。おそらく、この道を進めば旅館へと辿り着くのだろう。道を進んでいくにつれてより暗さが増していき、気づけばライトがないと歩けないほどまでになった。

 5分ほど歩いた頃、目の前が急に開けて奥の方に大きめの平屋が聳え立っている。きっと、あれが旅館なのだろう。僕は、カメラの電源を入れ、動画を回し始めた。今回の目標は、この旅館に入って適当に部屋をまわっていくだけだ。音声や心霊現象は編集でどうにかすればいい。信じてもらえなかったとしても、動画の完成度は高くするのだから話題にはなるだろう。


 旅館の扉は引き戸で、時代を感じさせる。僕は引き戸に手をかけ開けようとしたが、滑りが悪く、少し力を入れないと開けれなかった。

「ごめんください」

 僕の挨拶が、旅館中に響き渡ったが、もちろん返答はない。扉の奥には玄関と下駄箱、そして目の前に襖がある。先に進むには目の前の襖を通る必要があり、珍しい構造だと思ったが、昔なら当たり前のことだったのだろうか。少しばかり埃があるが、人が住める程度には綺麗である。

 僕が旅館に入ろうと一歩を踏み出した瞬間、滑りながら床へダイブした。幸い、カメラは壊れていないようだが、足元に落ちていた手紙を踏んづけてしまったようだ。

『最近の地震の修繕代でうちのお金はそこが見え始めて、なぜか客入りも悪くなってきた。もう、辞めるしかない』

 女将の手紙だろうか、字が震えて弱々しく感じる。ただ、近頃地震が起きたというニュースなど知らない。気に止めることではなかったが、脳裏に焼きついてしまった。


 改めて、襖へと進もうとしたとき、入り口の引き戸が、バタッと大きな音を立てながら閉じた。開ける時はあんなにも固かったのに、閉まるのは一瞬なんだなと、昔の技術に感心した。

 それから襖の目の前に来た時、襖の横に電気のスイッチと思われるもの見つけた。押しても反応がない。もうすでに電気が止められているようだ。とりあえず襖を開けると、長い廊下が伸びており、左右にそれぞれ5枚ずつ襖が廊下に沿って並んでいる。

 とりあえず、右手前の襖を開けてみた。部屋は和室であり、少し大きな机と4枚の座布団、押し入れの中には、数枚の布団が重なって、窓の景色もただ開けた平原を見せるだけ。何も面白くない。僕は軽く部屋の様子をカメラに映すと、すぐに別の部屋へと移動した。

 しかし、どの部屋も全く同じ中身であった。まぁ、あとから編集でどうにでもなるので特に問題はない。


 廊下の奥へ着くと、そこには旅館の雰囲気と合わない金属製の扉が備え付けられていた。

 おそらく、これが最後の部屋だろう。異様に冷たい扉を開けると、そこは調理室であった。コンロに冷蔵庫、水道、数多の調理器具、一般的なキッチンと何も変わらない。ただ、包丁の種類が異様に多かった。山の野生動物の調理などで使われるものだったのだろうか。僕は、少しがっかりした。こんな山奥にまで足を運んだにも関わらず、そこにあったのは、そこら辺の民家と何も変わらない旅館しかなかったのだから。


 僕が帰ろうと、踵を返した瞬間、無数の包丁が揺れ始めた。地震だろうか。そんなわけがない、床が揺れている気配がない。それに、他の調理器具は微動だにしていない。何かがおかしい。本能的に床に伏せた。その瞬間、目の前で多くの包丁が扉に向かって激突し、落ちてくる。あと少しでも遅ければ、きっとその標的は僕になっていただろう。恐怖で動けないでいると、包丁と一緒に手紙が落ちてきた。

『最近、変なことが起きている。実際に考えてたことが現実で起きる。そのおかげで、客入りも良くなっているのかもしれない。試しにもう働きたくないとでも思ってみようか。こんな盛況で私が辞めることなどないけれど』

 こんな手紙を読んでいる間に、包丁たちがまた震え始めた。まるで意思が宿っているかのように、一斉に僕の方へと刃を向けた。急いで、扉を開け、外に出ると包丁たちも続いて向かってきた。このままでは追いつかれる。急いで右にあった襖の中へと飛び込んだ。


 しばらくの間、倒れ込んでいた。包丁がどこかに衝突して、落ちる音が響き渡る。

 そのうち、音がなくなった。僕は、ゆっくりと立ち上がった。ただ、おかしなことがあった。一見は先ほどの部屋と何の変わりもない。だが、左右に襖が追加されている。何かおかしなことが起きているなど、言われなくともわかった。スマホを取り出し、助けを呼ぼうと画面を開いたとき、映し出されたのは圏外という文字。ここは、山奥であるのだから当たり前のことだ。行きの時点で確認しなかったことに後悔がもう手遅れだ。気分が悪くなり、入ってきた襖から出ようとしたが、そんなものは存在しなかった。確かにそこにあったはずの襖は、ただの壁になっていた。とにかく何かをしないと一生幽閉されたままになってしまう。部屋の中を確認しよう。

 まず、ぱっと見でわかる違いは左右に襖があることと窓が黒塗りにされていることだった。窓から、外に出られると思い、開けようとするが、びくともしない。押入れは、襖になっており、完全消えていた。何も解決策が見当たない。素直に左右の襖を開けることにした。試しに右側の襖を開けると、またも同じような部屋が広がっていた。左側も同様に何も変わらなかった。

 だが、進む以外に道はない。


 どれだけの部屋を通っただろう。とっくに100は超えているはずだが、終わりが見えない。ずっと、同じ空間を行き来しているようで気が狂いそうだ。

 こんなことをしても埒があかない。少し休憩でもするとしよう。その時、手紙の内容が脳裏をよぎった。この旅館では考えていたことが現実に起こる。そして、今まで起きた心霊現象は僕が作った偽りと全く同じ。改めて確認する必要がある。

 一つ目は、ポルターガイスト現象。きっと、あの包丁がそうだったのだろう。

 二つ目は、無限ループ。どれだけ進んでも終わることのない旅。まさに、今の状況だ。

 そうなると、次に起こるのは、窓の奥の死体。きっと、目の前の窓に何か秘密があるはずだ。

 けれど、黒塗り、動きもしない、窓としての役割を無くしたに何かがあるとは思えない。しかし、やるしかない。僕は窓へと飛び込んだ。


 成功した。一生ループする部屋からお別れをして、新しい部屋へと進むことができた。同時に強い腐卵臭が鼻に飛び込んできた。

 3つ目は動物の死体があるだけで、なにもギミックなど存在しない。この先は出口だ。そう思い、ガラスで傷ついた身体を立たせると、あたり一面、人間どうぶつの死体で覆われていた。

 気持ちが悪い。畳には体液が滲み、全てが腐っている。僕が想像していた現象とは、別物である。

 だが、こんなところで怖気付いてる場合じゃない。あと数歩で着く襖に向かって歩き始める。死体を避け、少し湿っている畳を凹ませながら、ついに襖の前に着いた。

 その瞬間、僕はそこら辺の死体と同じように地面に這いつくばった。異臭のせいだろうか。違う。4つ目の現象が僕を襲ったのだろう。体が思うように動かない。

 けれど、四つ目は少し体が重くなるだけ。僕は最後の力を振り絞り、手を伸ばし、襖を開けた。開けたと同時に外の光がこの部屋に溢れ出した。

 しかし、その光が僕に当たることはなかった。僕の体には、一つの影が覆い被さっている。目の前には人の足がある。きっと、この影もこの人のものだろう。顔を上げることが出来ないので、足から上を見ることが出来なかったが、きっと助かる。このまま、外に連れて行ってもらおう。

 しかし、僕が声をかけようとした時、目の前の足が小刻みに揺れていることに気づいた。まるで喜びを噛み締めているかのように。そして、彼は僕の横に落ちているカメラを手に取り、踵を返した。しばらく目の前の人物を眺めていると、外の光が襖が閉まる大きな音と共に消え去った。外に向かう足音だけが響く。

 しばらくして、旅館は静寂に包まれた。こんな静寂の中、一つ気づいたことがある。今まで起きてきたことは、僕の妄想通りだったのだが、少し誇張されていた。きっと、4つ目も体が重くなる以外にも、何か付け足されていたのだろう。

 そして、最後の人がそれに当たるものだった。彼が誰なのかはわからない。男か女かもわからない。けれど、きっと彼は、僕自身だった気がする。僕の代行業者として生まれてきて、僕の代わりに社会に適応していく存在。僕の直感は当たるのだ。そうなれば、人生安泰。母もきっと喜び、また会いにきてくれるだろう。これこそ、僕が最初に望んだ本心である。僕はおとなしく死体どうぶつたちの仲間入りをした。

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