第8話 それから

 遥は学校から帰ってくると、真っ先にキンモクの仏壇へと向かう。

 それが日課だ。

 お線香をあげ、手を合わせ、写真のキンモクに向かって語りかける。


「ねえ、キンモク。今日、学校でね……」


 写真の中のキンモクは、いつも優しく笑っている。

 遥の話を嬉しそうに聞いているようだった。

 前髪が変って言ってきた吉原くんに初めて言い返した時は、一番笑ってくれた気がする。


 交通事故から半年が経った。

 お母さんから聞いた話によると、を渡る遥に、居眠り運転の車が突っ込んできたという。

 キンモクは、咄嗟とっさに車と遥の間に体を潜り込ませて遥を守ったのだ。

 近くを歩いていたおばさんがすべてを目撃していた。


 もっともっとキンモクと一緒にいたかった。


 商店街のことをお母さんに話すと「きっとキンモクが連れ戻してくれたのね」と優しく笑った。


「お母さん、コロッケもいたんだよ。助けてくれたんだよ。コロッケは、お母さんのことも……、わたしのことも……、ずっと見守ってくれていたんだよ……!」


 そう言うとお母さんは目を丸くした。


「白いワンちゃんよ。尻尾の付け根に、コロッケみたいな模様があったの……」


 お母さんは言葉を失ったように黙り込み、やがて「そう、あの子が、あの子が……」と、声を震わせた。


 遥は今でも、あの不思議な商店街のことを思い出す。

 実際にその場所に行ってみたが、いつもの活気に溢れた商店街があるだけだった。


 遥は窓の外を見上げる。

 風が優しく吹き、頬をなでていく。

 ふと、甘い香りが鼻をくすぐった。

 金木犀の香りだ。


 目を閉じると、あの日の光景が浮かんでくる。

 夕暮れの駐車場。

 キンモクが何度も振り返り、優しい瞳でこちらを見つめていた。


 <了>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

遥とキンモクの不思議な商店街 チューブラーベルズの庭 @amega_furuno

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画