第7話 遥とキンモク

 視界がぼんやりと明るくなり、遥は重いまぶたをゆっくりと開ける。

 白い天井が視界に入る。

 次に見えたのは、白衣を着た人々が慌ただしく動き回る様子だった。


「ああ、目が覚めた!」誰かが言った。


 やがて、聞き慣れた声が耳に飛び込んでくる。


「はるちゃん!」


 抱きついてきたのはお母さんだった。


「お母さん……」遥はかすれた声で応じる。


「はるちゃん、良かった……」


「お母さん……、どうしたの……? ここはどこ?」


「あなた……、交通事故にあって病院に運ばれたのよ」


 お母さんの目は真っ赤だった。


「でも、商店街で……、わたしは……」


 遥はぼんやりと天井を見つめた。

 現実感があまりに薄い。


「夢を見ていたのね……」母親の声が、遠くから響くように聞こえる。


「……お母さん、キンモクは? ずっとわたしについていてくれたの……」


 お母さんの表情が驚きに変わり、困ったような泣き顔になる。


「キンモクはね……」苦しそうに口を開く。


「天国に行ってしまったの……」優しく遥の髪を撫でた。


「つらいけど、よく聞いてね……。あの日、横断歩道を渡るはるちゃんに、車が突っ込んできたの。キンモクはね……」


 そのあとの言葉は続かなかった。


「嘘よ……。だってキンモクは商店街をわたしと一緒に……」頭を左右に振る。


 お母さんはお医者さんと短い言葉を交わすと、静かに部屋から出ていった。しばらくして、毛布に包まれた小さな体を抱えて戻ってきた。

 キンモクだと気づいた瞬間、鼓動が強く跳ねた。震える手を伸ばすと、ひやりと冷たい感触が手のひらに伝わった。

 口元には血が滲み、ほんの少し笑っているように見えた。


 遥の頬を涙が伝い、その一滴がキンモクの毛に染み込んでいく。

 お母さんもキンモクを抱いたまま、声を殺して泣いた。

 ふたりは、キンモクを抱きしめ続けた。

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