第82話 遺物拾い

 ウィルミーダが東のラダパスホルンに去り、ドンがヘクトアダーを食べました。

 そろそろ夕方といっていい時間帯です。

 トキトがふと思いついて質問します。

「明日から先のことだけどさ、ドン。修復材料がそろったら、そのあとは、もう食べることはないってことか?」

「そうじゃないんだけど」

 とドンは否定して、

「乗り物になったとも、移動しながらちょっとずつ食べていこうと思う。お腹が減るからね」

 ウインは「お腹が減る」をおもしろがって問いかけました。

「ドンもお腹が減るの? ロボットだけれど」

「えへへ、お腹が減るロボットなのかな、ボクっておかしいね」

 ドンは自分自身のことをおもしろがっています。

 パルミがロボットという言葉に反応して言います。

「ロボなのはたしかにそうだけどさー、お腹が減ってもおかしくない気がするじゃん? どこか弟みたいだよね、ドンちーは」

 カヒが「弟」という言葉で思い出したことがあり、パルミに問いかけます。

「パルミには妹がいるんだよね?」

「うん」

 とパルミは遠くを見つめながら答え、

「地球に妹がいるんだ。ルクルっていう」

 今度は、パルミは涙をこらえることができました。

 アスミチが興味を持ってみんなを見回して言いました。

「きょうだいがいるのはパルミだけかな?」

 トキトは肩をすくめながら応じました。

「俺にはいないな。パルミ以外にきょうだいのいるやつ、いる?」

 ほかの仲間も首を振っています。

 どうやら、地球のとき同じ通学班だった五人はパルミ以外は一人っ子のようです。

 バノは、どうなのでしょうか。

 バノに視線が集まり、ウインがそっとたずねました。

「えっと、バノちゃん。地球のこと、覚えてないんだったよね? あたしのあしみたいに……」

 アスミチが横から追加しました。

「異世界渡りの副作用だったっけ」

  バノはまぶたを閉じて、そのまままゆをわずかによせた表情で答えました。自分自身の記憶をまぶたの裏側うらがわでさぐろうとしているようです。

「ああ。私の場合は自分自身についての記憶がちょっと思い出しにくい。けれど、兄弟も姉妹もいなかったと思う」

 パルミがやんわりと続けました。

「あ、そんじゃ、覚えてることもあるんだね?」

 バノは目を開けて、語り始めました。

「うん、君たちに会ったことで呼び覚まされた記憶もある。母はいないんだ。父のことはそこそこ覚えている。父はスラブ系ヨーロッパ人と日本人の子で、母は純日本人だったって聞いている」

 バノは言葉を切って、地面に視線を落としました。

「思い出しても、やっとこれだけ。私の家族の記憶はごくとぼしい。家族のことって、普通は忘れないものだよね?」   

 ウインは心配そうにうなずきます。

「ええ、普通は忘れないと思う。やっぱり、異世界をわたった影響で記憶が薄れたんだよ、バノちゃん」

 記憶への影響は、バノ以外の仲間にも現れてくるようになるのですが、それはまたのちの話となります。

 アスミチは気落ちしたふうのバノに声をかけました。

「バノの記憶がぼくたちと接触したことで少し戻ったんだね? もうちょっと戻るかもしれないよね」

 バノは思いやりを感じ取ってか、笑います。

「そうだな。記憶はすぐ必要になるものじゃないが、今こうして戻ってきたことを喜んでおきたい」

 と言いました。

 カヒがすかさず、バノにひとつのお菓子を差し出します。

「食べ物も、地球のものだから、バノの記憶の手がかりになるかしれないよね?」

 貴重なお菓子、きばのこ・はのこでした。

「そうだぜ。俺のもやるからさ、共食いしてくれ、きばのこ・はのこ」

 トキトも自分のかばんから取り出そうとしました。

 バノはカヒから受け取りました。が、トキトや、ほかの子たちがごそごそし始めたのは止めました。

 一度にたくさん食べたら効果が出るというものではないようです。

 バノはカヒにお礼を言って、ひとつだけ食べました。

「地球の味だね」


 太陽が出ている残りの時間を、生きるために使います。

 ドンが日が出ているあいだにもう一度だけ体を動かしてみたいと言うので、ウイン、パルミ、カヒがドンの近くに残ることになりました。旅立ちの準備をしながら、見守りと応援です。

 応援で体が動くようになるわけではないのでしょうが、たぶんドンもうれしいのではないでしょうか。

 ウインたちは貝拾いをすることにしました。ドンのいる水辺でできる作業です。

 あとの仲間たちは森の見回りを分担することになりました。トキトは獣人へ警戒心が強いようです。

 トキトを先頭に、バノ、アスミチと続きます。ハートタマが彼らの頭の上に浮かび、この四人パーティーで森の中を進んでいきます。

 足元で枯れ葉がカサカサと音を立てるのに合わせて、トキトが足を止め、耳をすませます。獣人が潜んでいるのを警戒しているのでしょう。反応がないとわかるとまた歩み始めます。

 バノは、植物の葉を収集しながら歩きます。鳥の羽のような形の、バノの肩くらいまである葉を、魔法で切り取って手に取りました。

「ナババの木の葉だよ。旅ではなにかと役に立つ」

 地球のバナナが変化して転訛てんかしたのだろう、とバノは言いました。

 分厚くてつやつやと光沢のある葉を折りたたみ風呂敷に何枚も収納しています。

「断熱に優れている」

 と短い解説をしました。

「断熱。ナババ。それにしても大きい葉っぱだね」

「ふふ、アスミチ、地球で私たちが食べてきたバナナの葉っぱは人間より大きくなったりするよ」

「ふえー、異世界のものがなんでも大きくなっていると思ってた。ナババは、むしろ小さいんだね」

「人数分の倍くらい取っておこうか。氷紋水蛇ひょうもんすいだ

 魔法でナババの葉を切りました。バノがとなえた呪文は、彼女の本『紫革紙面』から氷の混じった水の触手を呼び出して切断する魔法でした。

 ――水を紫革紙面に入れておくことで氷の混じった水を操ることができる。きっとそういうことなんだろうな。

 アスミチはバノの一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくが気になるようです。そしてそれらを記憶にとどめようとしています。

 トキトは内心、アスミチが見回りを忘れてしまっていることに気づいていましたが、

 ――バノの魔法をアスミチが覚えてくれるなら、そのほうがいいことだよな。

 と思っていました。

 トキトがゆっくりと警戒して歩きます。そのうしろで、バノはちょくちょくしゃがんで落ちているものを拾っていきます。きれいな羽の蝶や、大きいアリもつまんで捕まえていました。

 ――バノは採取のときも木の幹のかげや、俺のうしろから出ないようにしている。

 ――アスミチは、無警戒だな、しょうがねえけど。九歳なんだから。

 二人はそのまま自由にさせておこうと判断するトキトでした。

 アスミチがバノの横に立って好奇心をあらわにしています。

「気になるのはわかるが、くわしい説明はあとでするよ、アスミチ」

 とバノは苦笑します。しきりにバノの手元に視線を送っていたアスミチに気づいていたようです。

「ごめん、気になったかな」

「いやいや、観察してくれてかまわない。ただ私も見つけるのに集中するからさ」

「うん、よかった。説明はあとでいいんだ。今は時間がもったいないし」

 と言うアスミチに、トキトも言いました。

「そういうことだぜ。なあ、ここいらでちょっと全員で警戒しておいたほうがいいぜ」

 トキトは歩みを止めて背を低くしました。そろそろ自由にしていい時間は終わりのようです。

 ヘクトアダーと激しい戦闘が行われたあたりに差しかかっています。ここはドンキー・タンディリーとセンパイの野営地とを結ぶ線の中間地点です。

 動いているものはありません。

 バノとアスミチも採集や観察をやめてトキトのうしろにぴったりとつきました。

 アスミチは遠くを指さしました。トキトの用心深さに合わせて、声をおさえぎみにして話しました。

「あっち、ヘクトアダーの落ちたかけらがちょっとだけ残ってる。ほら、あそこには牙、それにたぶんちぎれた舌が落ちてる」

 トキトが手で二人をその場にとどめながら、

「行ってくる。二人は待て」

 と言って慎重に近づき、安全を確認しました。金属棒で突いてもひっくり返しても牙や舌の一部は毒を出したり動いたりしませんでした。

 アスミチは目ざとくほかの残骸ざんがいも見つけます。

「向こうには、剣で切り落とされた爪が何本かバラけてる」

「安全みたいだな。持って帰ってドンに食べさせてやるだろ? バノ」

 バノがそこで思案します。ヘクトアダーの残骸を見つめながら、べつの使い道を考えているようです。

「そこなんだが。提案だ、トキト。ヘクトアダーの爪をドンに食べさせずに、取っておくのはどうかな」

「取っておくと、いいことあるのか?」

 トキトの問いかけはもっともなことでした。とは言っても、バノには考えがあるに違いないと思って質問しています。

「ドラゴンの鱗や牙からは伝説の武器や防具を作ったという伝承がある。ヘクトアダーはドラゴンに近い生き物だよ」

 バノは続けて「薬にもなるから高価で売れる」と言いかけましたが、男子二人のはずんだ声がかぶさりました。

「ドラゴンの武器か!」

「それかっこいいよ!」

 トキト、アスミチの思ったとおりの反応です。パルミがいれば「これだから男子は」と言ったかもしれません。

 バノは笑顔で説明を追加します。

「ラダパスホルンの建国者である勇者ラダパスホルンも、ドラゴンの体から作った武器・防具で戦ったそうだよ。悪いドラゴンをその武器で倒したと伝わっている」

 トキトが顔を輝かせて叫びました。

「うお! 神話みてえだぜ!」

 そこでバノは小さく胸をそらし、

「しかも私はその本物の勇者の剣をまぢかで見たことがあるのだ。ふふーん、いいだろう、トキト」

「いい、いいな、バノ。さすが王子だっただけのことはあるな」

 と言うトキトに続き、アスミチの目が期待で光ります。

「そんなすごい素材かもしれないんだよね、わくわくするね。でも、この爪、運べるサイズなのかな?」

 と言いながら、地面に落ちた大きな欠片かけらたちを見つめました。

「折りたたみ風呂敷で運べるだろう」

 魔法道具は便利なものでした。

 バノは念のために危険から身を守る魔法をかけながら拾い上げていきます。

 小さい牙や爪のかけらを収納します。彼女の持つ不思議な本・紫革紙面に放り込んでいくのです。

 長い舌や、牙の大きいかけらは、翌日まで残すことにしました。大きいサイズの折りたたみ風呂敷にも入らなかったのです。

「舌と牙の大きな塊は……ドンに持たせるか、小さくしてもらう必要があるね」

 残さず回収するつもりのようです。貪欲なバノです。

 アスミチが興味を表に出して言います。

「バノがその本を使うところをもっと見させてもらっていい?」

 バノは収納する前に紫革紙面の白いページを切り取って大きく変化させ、危険な爪や牙をくるんでいました。それらの動作もおもしろいようで、好奇心の塊になってしまうアスミチでした。

 そんなとき、ハートタマに言われます。

「なあ、いろんな話の前に、どうする? 獣人も新たなヘクトアダーもいねえようだぜ。ここで引き返すか?」

 三人は見回りの範囲を検討しました。

 トキトが念のため、センパイの野営地まで行っておきたいと主張して、そうすることになりました。あと少しだけ見回りの延長です。

 野営地までの道も、異状は見つかりませんでした。

 アスミチにとっては帰り道はバノに彼女の本、紫革紙面について質問する時間となりました。

 少ない時間で語った内容は、こんな感じでした。


・紫革紙面は地球にいた頃にバノが持っていた。この世の不思議な秘密がたくさん記されている。どうやって手に入れたかはバノの記憶が失われていて不明のままである。


・折りたたみ空間を組み込んだり、ほかのいくつかの魔法をかけて魔法道具にしたのは、この世界にやってきてからである。


・バノは強力な魔法を使えないので、魔法使いに頼んで機能を追加してもらった。


 いちばん知りたいことが聞き出せました。聞くと、つぎつぎに新たな疑問も思い浮かんできます。

「ふうん。それじゃあ、魔法道具としての機能は魔法使いが付与してくれたものなんだね。さっきの“氷紋水蛇”とか、ページでくるんだりとか……」

「そうだよ」

 ひとまずわかったことはそれでした。地球にいた頃から魔法が使える道具だったわけではないのです。

 地球で魔法が使えたら、とんでもないことですけれどね。

「この紫革紙面は、魔法道具としてはそれほど貴重な物品というわけではない。記されている内容こそが、重要だし、危険だ」

 仲間にも、おいそれと中身を見せるわけにはゆかない、と言いました。

「知っているだけで、君たちも悪い人間に目をつけられるかもしれないからね」

 とバノは言うのでした。

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2025年1月10日 17:00
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異世界ポンコツロボ ドンキー・タンディリー(1) 紅戸ベニ @cogitatio

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