因習村に突撃して祠壊したったwww

いぬきつねこ

因習村に突撃して祠壊したったwww

「あー、あー、聞こえます?よかった。ちゃんと繋がってますね。こんちは~。ってもう夜か。こんばんは〜。人間ムカデでーす!こんなクソ山奥までちゃんと電波きてんだね。あ、常連さんもありがとう!初見さん、楽しんでってね〜。それじゃ、今日も皆さんに新鮮なレポートをお届けしたいと思います!」


 山のどこかで獣か鳥が騒ぐ声がする。

 鬱蒼とした森に見えるが、目を凝らせば山肌には竹が目立つ。戦後、筍の栽培のため、あちこちの山で竹林が作られた。しかし、外国産の安価な筍が流通に乗り始めるとそれらは廃れ、あっという間に竹林は放置されるようになっていった。竹は厄介だ。成長が早いから、他の樹木より早く伸びて日差しを遮る。結果として他の樹木が育たない土地になってしまう。さらに地下茎でどこまでも広がる割に根が土を掴む力が弱い。だから地滑りを起こしやすくなる。

 青年は、カメラをが抱え直すと、獣道といっても差し支えない林道を登っていく。

 これだけ竹が植ってるとなると、やっぱり戦後に林業と筍栽培で生計を立てていた土地なのだろう。


「ここの村は、平家の落人が作った集落と言い伝えられていまして、その落人は特殊な呪術を扱っていたと伝えられています。餓死寸前まで飢えさせてから、刎ねた獣の首を土中に埋めて、毒虫に食わせるという…………」


 嘘、嘘、ウソ。真っ赤な嘘だ。きっと誰かがばら撒いた噂話だ。今回もそんな話ではないに違いない。

 青年は心の中で笑いながら、首筋の刺青を指で掻いた。

 身をくねらせる百足の形が、黒のみで彫られていた。

 痩身で、しかも華奢な青年にはあまり似合わないが、両耳にあけた計18個のピアスとの調和は取れている。

 それらしければいいのだ。人はそれらしいものに飛びつく。だから、自分もそれらしくしている。ホラー系配信者。それらしい身なりは大事だ。恐山のイタコだって、実はそんなに古いモノではない。しかし、白髪で巫女装束を着た老婆ならみんな飛びつく。人はそれらしく怖いものが好きなのだ。


「それじゃあ、その、クソやべえ呪術のおさらいね。土の中に埋めた獣の首は八十九日後に掘りだされる。もちろん土の中で気味のわるい虫に食われてる。肉には湧いた虫がびっしり。――米粒みたいな蛆が……。あ、飯食ってる?ごめんごめん。でもこんなの見ながら飯食うのやめな?まあいいや、そういう虫が湧いてるわけ。足が6本とか、8本とかの生き物がね、ワサワサ湧いてんの。虫は獣の恨みを吸って、腹の中で凝縮させてる。その虫を呪術に使うんだ。平家の落人だからさ、恨んでんのよ。全部を。殿上人が突然追われてこんなN県のクソ山奥に追われてさ、恨まねーわけないって。虫には自分の血を与えてさらに育てる。そして、その虫を殺して体液で呪符を書いたり、乾かして薬として呪いたい相手に飲ませたり……。そういうことで生計を立ててきた村だったわけですよ!」


「で、も」青年はわざとらしく区切って発音し、声をひそめた。


「呪いが暴発したんだ」


 頭上の木立が音を立て、青年は、「ヒャッ!」と情けない悲鳴をあげた。


「うわっ!何?何何何?熊か?四つ足のクソでかい生き物か!?あ、鳥ですね……」


 配信の様子を映している端末のコメント欄が騒がしくなる。文字が勢いよくスクロールしていった。


「情けなさすぎ。落ち着け。はい、はい、落ち着きますよ。うっせーな!ビビってねえし!こないだの呪いの廃墟だってビビらなかったでしょ!おい!ビビってねえから!なんだよこの投げ銭は!何に対しての金だよ!?」


 無駄に怯えた姿を見せてしまった羞恥心から、青年は今度はわざとらしくおどけてみせた。

 恥ずかしい。もう成人も迎えたというのに、ネットで噂になっている心霊スポットに何度も突撃しているというのにどうしてこうもビビリなのだろう。その怯えっぷりが一部の視聴者に大変好評で、さらに彼のルックスも相まって熱心なファンがついているから、損ともいえない。自分でもわかっている。しかし、地元に帰るたびに「あんたこないだ物凄く怯えてたね〜」と親に笑われるのはなんとも情けない経験だった。ちなみにさっきの投げ銭は母(ハンドルネーム【ウルトラの母】)からである。たまに父も見ている。ハンドルネームは【ゾフィー】。なんでウルトラの父じゃないんだろう。とにかく、次の帰郷の際にはこの投げ銭で東京駅で東京ばななを買って帰ってやろうと思う。

 青年は冷え冷えとした夜の空を見上げた。竹が擦れ合う音と、葉擦れの音しか聞こえない。星はない。

 端末の明かりとカメラの画面が光るだけである。


「気を取り直してっ!いきますよ!やがて呪いは暴発した。一箇所に凝縮されすぎた呪いは溢れ出して、村人を襲った」


 青年の顔からおちゃらけた笑顔が消える。


「ある日村人が死んだ。ただの呪いじゃないぜ?身体中の穴から、それこそ毛穴からも血を吹き出して死んだ。その血を浴びた村人も次々と倒れていった。呪いが返ってきたんだ。生き残った者が、祠を作り、呪いを神として鎮めた。怪異も祀れば神様ってこと」


 青年はそこで初めて懐中電灯を点け、前を照らした。

 獣道の終点に、石造りの祠が照らし出される。

 自然石をそのまま組み合わせた、簡素な作りの祠である。

 岩だと言われたらそのまま通り過ぎてしまいそうな佇まいだが、確かに積まれた石の表面に何か刻まれたものがある。


「祠っつーか、なんだろ?石碑?読めねえ〜。俺、こういう字読むの苦手なんだよ〜。読める人おる?」


 配信の画面に祠に刻まれた文字がよく映るようにカメラを向け、青年は画面の向こうに呼びかけた。

 すぐにコメントで返事が返ってくる。


「おっ!ロッキーさん!早い!さすが古参リスナー!ニャル子@這い寄らない混沌さんもありがと!すげえなみんな。俺も勉強しないと……。えーっと、マガツカミ、ココ二、フウジル?何その鍋つかみみたいなのは……」


 バカすぎワロタ、この緊張感のなさ嫌いじゃないぜ、ちゃんと学校にも行きなさいなどコメントが矢のように流れていく。


「禍津神?ああ、よくない神様ってことね。ふーん」


 青年はコメントを読み上げると、リュックサックからヘッドバンドを取り出した。ずっと片手に持ってきたカメラをそこに取り付け、バンドを頭に巻く。リュックサックを地面に置くと、中から折りたたみ式の解体ハンマーを取り出した。


「これ、超便利。柄の所が伸縮すんの。カバンにも入るし、名前も破壊神とかかっこいい。コメリで買いました。概要欄にオンラインショップのリンク貼っとくから、みんなも買ってくれ!」


 画面の向こうで絵文字が流れていく。

 がんばれよ!やめとけ。こないだもいけたからいけるやろ。無謀。ばかじゃねえの。待ってました。気をつけなさいね。今茂みが動いた。偽善者。アホ。がんばえー。宣伝すんな。うちも買おうかなー。

 いくつかの投げ銭が飛び交う。

 青年は全てのコメントを確認して、にこりと微笑んだ。

 ハンマーの柄を伸ばす。


「3、2、1……おらっ!」


 野球のスイングの要領で振られたハンマーの頭が、祠に直撃した。

 反動で青年は後ろに尻餅をつく。

 端末の中でまたコメントが流れる。

 弱すぎ。がんばれ!茂み動いてない?体も鍛えなさいね。祠割れた!実家のような安心感。いつもの。今回はどうや!?バチ当たり!偽善者。死ね。あーあ、お疲れ様です。

 尻をさすりながら立ち上がった青年は、傾いた祠に足を乗せ、思い切り体重をかける。

 石と石がぶつかり、重い音がする。


「なんか出てきた」


 崩れた祠の中に、黄ばんだ紙が落ちていた。

 元は祀られていたのだろう。


「御神体?和紙っぽいな。中になんか包まれる系?開けまーす」


 青年が和紙を開く。


「うおっ!血!これ血でしょ!」


 和紙の中には、綿が仕舞われていた。赤黒変色し、そして、中央には乾いて干からびた虫と思しきものがそっと置かれている。

 おー。やべー。今回はこれですか。やべー。きっしょ。きしょいとかいうなおまえがきしょい。片付けて帰りなさいね。バカもうやめろって。誰かいる。呪いの話に出てきたやつ?血って変色するんだね。お疲れ様です。もう終わりか。誰かいる。今回はハズレかー。呪いまだー?エロい女幽霊マダー?

 コメントが流れるが、青年は気が付かない。

 周りの茂みに紛れて近づいて来る者の気配に、彼は気が付かない。


「お若い人」


 気配がすぐそこまで近づいて、声をかけられて、ようやく青年は気がついた。元々目があまり良くないのだ。夜の闇のせいで気が付かなかった。


「うわぁっ!あっ!ごめんなさいごめんなさい!!けっ、警察は呼ばないで!」


 両手で顔を隠しながら捲し立てる青年は、側に立つのが老人だと気がついた。

 ヒゲの中に目鼻が埋もれたような、小柄な老人だ。


「私はこの渦虫村の村長をしています。あなたのような若者はたくさん見てきたが、祠に辿り着けたのはあなたが初めてです。渦虫様が導いたのでしょう」


「あのっ!本当にすいません!直します!直しますからっ!」


 青年は地面に落ちた祠だったものを両手で抱えては積み上げようとするが、石はもうどう頑張っても祠の形には戻らなかった。

 賽の河原かよ。カス。がんばれ人間ムカデ!お願い、死なないでムカデ内!あんたが今ここで倒れたらニャルさんやロッキーとの約束はどうなっちゃうの? 次回、人間ムカデ、死す。やべー。因習老人キター!こいつじゃない。いる。器物損壊、だっけ?見つかったの初じゃね?ワクワクしてきた!いる。


 青年が確認する余裕もない端末の中でまたコメントが踊る。


「直す必要はありませんよ」


 老人はにこやかに、しかしきっぱりと言った。

 ざっと山の木々が鳴る。

 ぞろぞろぞろぞろ。人が出てくる。

 女もいる。男もいる。皆老いていた。


「ありがとうございます」


 村長が手を合わせた。

 手のひらを合わせるのではない。手の甲同士を合わせた、独特の合掌である。

 それに続いて、老人たちは同じように手を合わせた。


「ありがとうございます」


 ありがとうございますありがとうございますありがとうございますありがとうございますありがとうございます……


「ひっ!ひえ、なっなっなっ何……なに?」


 騒がれた声がうねる。青年は今度こそ腰を抜かした。


「私たちは呪いから解放された」


 村長が厳かに言った。


 ぷしゅ


 炭酸の栓を抜いたような音だった。

 それが、自分の口から出た音であることに青年が気がつく。青年の口から、赤黒い血が吹き出した。


「が……あ……ぐ……うぐ……」


 両耳からどろりとした血と脳の混ざったものが吹き出す。

 両目が萎んで眼窩から溢れる。

 吹き出す血の勢いで、青年の体は尻餅をついた体勢のままガクガクと揺れた。


「祠を建てて祀ってもなお、村の者は呪われて死んでいった。年に一人、選ばれる。老いたものも、若いものも死ぬ。だから、我々は呪いを誰かに押し付けることにした」


 もはや耳も目も機能していないだろう青年に、村長は語りかける。


「村に拡散していた呪いを、祠を壊した者に背負わせるため、ネットに噂を流し、君のような迂闊で怖いもの知らずで知恵の足りない若者がここに来るように仕向けた。

 渦虫様、それが呪いの根源だ。――残念だが、画面の向こうの者たちにもこの呪いはかかる。呪われてくれてありがとう。これで、我々はもう、怯えて過ごさなくて良くなった」


 びしゃ、と音を立てて身体中の血と臓器が溶け出した青年が地面に落ちる。皮しか残っていない。

 朝になれば、山の獣が食べてしまうだろう。


 誰も、青年の首筋に刻まれた百足のタトゥーが消えていることには気が付かなかった。





 老人たちの足音が消えた時、彼は素早く大きな顎でそれに食らいついた。

 生体埋め込み式端末の中でコメントが流れていく。

 神回決定!人間ムカデにゃんのボディがっ!スーツがオシャカになったっ!やったれやったれ!忠告ちゃんと読めよカス!飲むしかねえ!がんばえ!がんばえ!

 血を吸って膨らんだ腹に、牙を突き立てて食い破る。

 姿は百足に似ていた。しかしそれよりもずっと大きく、5メートルはある。節ごとにいくつも目を持っているが、光を捉えるよりも熱を感知する方が得意だった。それも義体に入ると極めて機能が悪くなる。

 さっきまで青年の義体を纏っていた彼、――(人間には表記不可能であるため、ムカデと呼ぶ)は口の中の体液をぺっと吐き出した。


「うおー!ったぞー!」


 ムカデは叫んだ。人と異なる発声機関から発せられる声は、澄んだ風鈴の音に似ていた。

 地面に叩きつけられたそれは、ムカデとよく似た姿をしている。しかしずっと小さく、知能も低い。


「みんな!アクシデントはあったものの、今回は概ね成功だ!投げ銭ありがとう!次の活動に使わせてもらいます!母ちゃんもありがとう!父ちゃんによろしく!見てくれた君!チャンネル登録してくれよな!とりあえず俺は義体がなくなっちゃったので一度そっちに帰ります!」


 ムカデは空間に【扉】を開けると、宇宙呪術で生成した道を繋いだ。どっと疲れが押し寄せてくる。

 ごろりと道に寝転ぶ。見ている者はいない。行儀が悪かろうが気にすることはない。

 生体埋め込みデバイスから地球アプリを起動してカクヨムを開く。目当てのホラーが佳境なのである。

 このまま漂っていれば目的の座標につけるから楽だ。

 この章を読み終わる頃には着くだろう。


 昔、彼らの種族は地球へと降り立った。そこそこ住みやすそうだったし、住民は宇宙呪術の素質を持たないようだったので、ひとまずキープとなった。キープ中に先住民に変に進化されたら面倒なので、彼らは自分のコピーを地上にばら撒いた。コピーといえども力は強い。放っておけばあの星の生き物はコピーを神と崇めるだろう。そうして機が熟したら自分たちが支配者としてあの星に向かえばいい――。

 そう思っていたのだが、見つかってしまったのだ。

 もっと住みやすくて先住民のいない場所が。

 かくして地球に無計画にボコボコ落とされたコピー、――愛玩用の飼いきれなくなったコピーも捨てられていたという――は忘れられ、一部は死に、一部はあちこちで邪神として祀られ、いまだに呪いを撒き散らす。彼らはなぜか日本という島国と異様に相性が良かったのである。

 その状況を憂いたのが、ムカデたち若い世代であった。

 日本にはアニメがある、漫画がある、ラノベがある。宇宙呪術ネットワークを使って彼らはそれを手に入れ大いに感動した。なんとかして正規に金を払う方法を開発し、宇宙Amazonで手数料やらなんやら加算されて100倍にもなる値段を払って取り寄せたりしている。転売屋は絶対に使わない。

 そのために言語だって学んだ。

 もしこのまま、コピーが呪いをばら撒けば、推し作家の塊地球がやばいことになるかもしれない。気がついた若者たちは行動を起こした。

 ――推しを、助けねばならない。

 彼らは地球人の義体を纏って、コピーが神として祀られる祠を壊して回ることにしたのである。

 その様子をストリーミング配信することで、活動を広げる試みはムカデが始めた。

それを真似て若者たちがこぞって祠壊しを配信するようになって、今では一部のブームになっている。

 老害がやったことだ。放っておけという声もある。コメントに偽善者という書き込みが多くつくと、時々ものすごく虚しくなる。

着信が届き、ムカデは音声通話を起動した。

友人からだ。労いの言葉と、もう配信の切り抜きが動画サイトに出回っていることの報告だった。

疲れも忘れ、2人で喋りまくった。


「今日のは楽しかった……。まるで伝奇ジュブナイルみたいだ……『呪詛』みたいなことやってたし、なかなかないんだよなあコテコテのこういうのは。俺も冗談だと思っちゃったよ。不謹慎だけど好きだなあ。でも、あの人たち無事に呪いが解けてよかったあ」


 ムカデは寝返りを打って再び読み始めた小説から目を離した。小説は佳境も佳境で、このまま読み終わってしまうのが惜しい。作者にはすぐ新作を書いてほしい。でも元気でいてほしいからゆっくり休んでもほしい。

 心がふたつある〜!彼は大量の足をわさわさ動かして葛藤を表現した。

 アプリを切り替えてXに接続する。フォローしていたアカウントの横に「書籍化」の文字を見つけて飛び起きた。


「やっぱ地球最高!」


 夢中になってスクロールして、発売日を確認して宇宙Amazonに発注する。5000倍の値段だった。

 大きく息をついて、体を伸ばす。


「でも、地球の足の少なくて毛が生えてる生き物、ちょっと怖いんだよなあ……。義体も購入しないと。前のアバター好きだったから、同じ店で買おうかな……。よく考えたらカメラいらんよな。余計な出費だった……」


 また通知が届く。配信のアーカイブには次々にコメントがついている。

 仲間のストリーミングをチェックすると、友人がダムに沈んだ村の祠を破壊したところだった。祠とコピーを破壊したら速やかに帰るのがいいのだが、こいつは記念撮影が多すぎる。あと、足を多く加工するのはいかがなものか。

 別の通知が届く。

 母から「次のお土産は鳩サブレーがいいな」だった。

 彼はふふッと笑ってメッセージに返信する。


「また、次の祠を壊したら買って帰るよ」


 完

















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