※「ない話」本編をお読みになった後に読んでいただけますと、よりお楽しみいただけます。
◼️◼️◼️出版 柴野
知人のSさんから聞いた話だ。
関東の某所にあるマンションは出るのだという。
どこの町にもありそうな、古いが汚くはないマンションである。
そのマンションの五階には幽霊が出るのだという。
ある人は犬の霊が出るといい、ある人は妊婦の霊が出るといい、ある人は男の霊が出るとも言っていた。
結局何が出るのかわからない。
幽霊は一人だと語る人も、いや、複数いるんだと言う人もいて、まったく統一性はない。
犬も妊婦も男も全部出るのだとまで言う者さえいた。
「ごめんなさい。全然怖くないですよね」
Sさんはすまなそうに頭を下げた。
私も苦笑しつつ、思ったことを口にしてみた。
「何が出るのかわからないなら、気が抜けませんね。五階で出会う人、みんな幽霊かもしれないじゃないですか」
場を和ませるための冗談だった。
そうですね、とSさんも言った。
怪談の取材に訪れた、Sさんの事務所での話である。
Sさんは困ったように笑いながら、今更のように口にした。
「そういえば、ここも五階ですね」
誰かの笑い声が、部屋に響いた。