第5話 思いの丈を叫んだだけ

 なんとなく殿下の顔はぼんやりと覚えてる。

 キリっとした眉にブロンドの髪。ヒスイの瞳。

 色が白く、背も高い。

 ただ残念。もやしとまでは言わないけど、なんか全体的に線が細いのよね。


 私の好みじゃないっていうか、正直興味なさ過ぎて顔もなんとなーくしか思い出せないレベル。

 どうでもいいことはよく覚えているのに、人の顔と名前を覚えるのは苦手なのよね。


 まぁそれはそれとして置いといて。

 私が彼女を呼び出した、一番の理由をちゃんと説明しなきゃ。


「噴水につき飛ばしたり、上靴に画びょうを仕込んだり、机に虫を入れてみたり……」

「あなたが全部悪いのよ!」

「そうだとしてもです。全然ダメです!」

「そんなことしていたのか⁉」


 私の声と男性の声がかぶる。

 私たちはその突然の声に、思わず振り返った。


 するとそこにはアザーレ教授とトレス殿下の姿がある。

 二人はこの呼び出しに気づいたのか、報告でもあったのか。

 息を切らしているところを見ると、急いで駆けつけてきたらしい。


「オルコルト令嬢、何かあれば必ず頼るようにと言っただろう」

「すまない、オレのせいで君を酷い目に合わせてしまったようだ」


 二人は心配そうに駆け寄ると、私の隣に立つ。

 そしてそのまま目の前のフィリアを非難するように眉をしかめ、険しい表情をしていた。


 もう、せっかくの呼び出しが台無しじゃない。

 なんでこんなとこで登場するかなぁ。

 ちょっと早すぎじゃない?


「いえ、そうではなく」

「いいんだ。身分を盾に言えなかったんだろう?」


 甘く囁くような殿下の言葉に、フィリアの顔が真っ赤になっていく。

 ああ、そうじゃない。そうじゃないんだよー。


「殿下がいけないのではないですか! わたくしという婚約者がいながら、他の女にうつつを抜かされるから」

「別にオレと彼女はそんな関係ではない」

「ではどんな関係だと言うのです」

「ただのクラスメイトです」


 ハッキリと私が言えば、なぜか全員私の顔を覗き込むように見る。

 いやだって、本当のことだし。


「それにお二方も何か勘違いなさっておいでのようですが、私は別にフィリア様がなされたことを非難しようと思ってここに呼び出したわけではありません」

「ではなんだと言うのだ、オルコルト令嬢」

「だって嫌がらせと呼ぶにはレベルが全然足りないんですもの」

「は?」


 私の言葉に全員が変な顔をしていたが、私は気にすることなく言葉を続ける。


「だってそうじゃないですか。嫌がらせにしては生ぬるい。生ぬるい以上に、下手したら気づかないレベルですよ? まず。どうせ突き落とすなら池とかじゃなきゃ。噴水とか落ちれないし。あ、しかも季節は冬限定ですね。夏はただの水浴びになっちゃいますから。それに画びょう? 典型的すぎですし、威力激よわで却下です。まぁ、一箱分入ってた時はさすがに笑えましたけど。あと、机に虫? あんなのまったく意味なしです。虫入れるならもっと大量にうじゃうじゃっとするとか、せめて毒虫とか?」


 一息に言い切り、まだそれでも足りない私は思いのたけを吐き出す。


「もっとこうインパクトがあって、ああ、これは嫌がらせだーってのにして下さい。食べ物にこっそり毒入れとくとか、トイレで上から水かけるとか。あ、水はその辺でのじゃダメですよ。ドロっとした汚いヤツじゃないと」

「……それをやれと?」

「やれとまでは言いませんが、これくらいしないと意味がないってコトです!」


 ふー。

 ずっと言いたかったのよね。

 やっぱりこのレベルですら、まだまだだって思うけど。

 令嬢がやるなら、ここらへんが限界かなって思うのよね。


「人としてそれはやってはいけないレベルではないかしら……」

「そうだな。毒なんて盛ったら普通に捕まるぞ」

「命の危機があったらどうするんだ」


 三人共に引いているような気がするのは気のせいかしら。

 おかしいなぁ。そこまで過激じゃないと思うんだけど。


「大丈夫です。私、毒耐性ありますし!」

「いやいやいやいや、そういう問題じゃない」

「え、状態異常無効ですよ?」

「……その歳で、どんな生活をしてきたらそんなスキルが身につくんだ」


 あれー。

 なんか思ってた反応と違う。

 引いている以上になんか、哀れられてるみたいな?

 

 えええ。

 なんか思ってた展開と違うぞ。


「嫌がらせレベル越して、殺意あるレベルを強要してどうする」

「えええ、ダメでした?」


 だって全体的に物足りなかったんだもん。憧れのヒロイン役なんだよ?

 やっぱり堪能したいじゃない。


 それには完璧な悪役令嬢が欲しかったんだけど。なんかみんなの目を見てると、明らかに私の方がレベルおかしいみたいな……。


「えええ、本当にダメでした?」

「みんながドン引きしてるのが見えないのか?」


 いや、真面目な顔で教授に言われなくなって分かる。分かるよ。ドン引きされてることくらい。

 でも現実を見たくないんだもん。


 これって、これってさぁ。


「もしかしなくても、攻略失敗……」

「何を言っているのか意味は分からないが、嫌がらせのレベルを上げろという人を見たのは初めてだよ」

「わたくしは、なにを相手にしていたのかしら」


 やだやだやだやだ。

 その目、やだよぅ。

 確かにトレス殿下には興味なかったけど、それとこれとは話が別だ。


 攻略相手すら分からない状態で、一人目からドン引きされるって、どーなの。

 いや、どーする私。

 この世界でやっていけるのかな……。


「とにかくだ。職員室まで来るように」


 呼び出されたのはフィリアではなく、私であったのは言うまでもない。

 ただひたすら倫理と言う名のお説教は、何時間も続いた。


「私の王子様はどこ!!」

「おまえをマトモに扱える奴なんて、いないだろうな……」

「いーやーだー。恋愛したいよぅ」

「諦めるか、その性格を直してからだな」


 泣きそうになる私の肩に教授は手を置き、深いため息をついた。

 

「なんか思ってたんとちがーーーーーーぅ」


 そんな私の叫び声など誰も気づかってくれることもなく、前途多難な王子様探しは始まるのだった。


 いや、知らんけど。たぶんね。きっとそのはずだ。と、せめて、私だけはそう思うことにした。

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どうも。私が悪役令嬢に嫌がらせ指導をして、ドン引きされた転生ヒロインです。 美杉。節約令嬢、書籍化進行中 @yy_misugi

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