第3話 動揺
「ちょっとトイレ行ってくるわ」
「はーい。タオルいる?」
「さんきゅ!」
彼氏がタオルを受け取ってトイレに向かう。日に焼けた肌に汗が光り、ぼんやり綺麗だなぁと思う。
「結愛ちゃんも使う?」
「はい。ありがとうございます」
結愛ちゃんにタオルを渡し、手ぶりで木陰に誘導する。昨日の雨の残り香はすっかり消え去り、からりと晴れ渡った空が猛攻を加えてくる。真夏ではないけれど、気を抜けば熱中症になりかねない。それでも木陰に入れば、熱気がかなり弱まる。時折吹く風が心地よかった。
結愛ちゃんは私に促されるまま木陰に立ち、タオルで首筋を拭く。ちらちら見えるうなじがほんのり赤く、女の私でも少しドキッとしてしまう。本当の美人であれば、どんな動作でも様になるんだろう。
あまりじろじろ見ているつもりはなかったが、不意に結愛ちゃんと視線が絡んだ。
慌てて謝罪のために口を開き、
「彼氏さんと長いんですか?」
口を閉じる。結愛ちゃんは自分の言動に驚いたかのように一瞬目を見開き、すぐ目をそらす。
私は結愛ちゃんからそんな質問が飛び出すとは思わず、硬直してしまう。結愛ちゃんはなんというか、もっと、崇高といった感じで、恋みたいな世俗的なこととはかけ離れている、なんて。勝手にそう思っていた。それくらい浮世離れした美しさだから。
「すみません、その、失礼というか……」
結愛ちゃんが珍しく口ごもる。
「えっと」
うまい言葉が見つからないのか、歯切れがない。そこでようやく私は現実に戻る。
「ごめんね。元はと言えば私が先にじろじろ見てたからだよね。結愛ちゃんってそれくらい綺麗だからさ」
早口でまくしたて、物言いが気持ち悪いかなと思いなおす。
「綺麗って言うのも変かな……いや、別に変な意味じゃなくて」
顔の前でわたわたと腕を振る。腕の振りに合わせて頭まで回るようだ。焦りのあまり自分が何を言っているのかわからなくなってくる。
「美緒さん」
結愛ちゃんの声。腕を止める。
結愛ちゃんは笑っていなかった。少しは笑ってくれればこの羞恥心も和らぐんだけど! なんて、普段だったら心の中で文句を言っていたかもしれない。けれど今は、結愛ちゃんの視線があまりにもまっすぐ過ぎて、その瞳をただ見つめることしかできなかった。
「結愛ちゃ……」
「好きです」
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