第5話 正々堂々
数日前の私の願いは儚いもので。私の目の前にはそれはそれは綺麗なお顔がある。
もちろん正体は結愛ちゃんだ。
そして私は今、正々堂々の意味を悟った。それ故に少し言葉に詰まっていたところ、結愛ちゃんは聞こえなかったと取ったのか、
「今日一緒にご飯行きませんか」
先ほどの問いをもう一度繰り返す。
周りが再度ざわめく。今は更衣室にいて、練習前の着替え中だった。今、ここで、なぜ。周りがざわめいているのは、そんな理由ではないのだろう。結愛ちゃんからサークル内の誰かを何かに誘うのは初めてだ。いつも一人で凛と立っていて、自分の意思をちゃんと持っている。そういう人に見える。というか実際そうなのだろう。ざわめきは、それが理由だ。
「夜ごはん、かな?」
「はい。空いていれば」
周りの視線やらこの前の一件やらで、私の頭の中が混乱していく。
先輩と後輩が一緒にご飯に行くのは普通のことだ。こういう言い方はよくないが、同性だから変な捉え方もきっとされない。私が色々考えてしまうのは、告白……というものをされたからだ。
結愛ちゃんが見ている。私を。
私は結愛ちゃんとご飯に行きたいのだろうか。わからない。ここで了承してしまったら、期待させてしまうのではないか。わからない。
ぐるぐる。思考。
そのとき結愛ちゃんの口が動き出すのが視界に入った。きっと焦ったのかもしれない。結愛ちゃんは誰に対しても素直で、まっすぐだから。もしかしたら、誤解を生む発言が飛び出すかも、と。
「いいよ。ちょうど夜、予定空いてる」
そんなことを考えたのは後になってからだ。この時は無意識に言葉が飛び出していた。
私の返答を聞いて結愛ちゃんは淡く微笑む。小さくお礼を言って、更衣室を出て行った。
静かに閉められたドアの音が、室内にやけに響く。皆、私と結愛ちゃんのやり取りを聞いていたからだ。
「いつの間に仲良くなったの?」
マネージャー仲間の一人が興味津々に近づいてくる。
「この前たまたま一緒に自主練することになって。それでかな」
「えっ! なにそれ、楽しそう! 誘ってよ」
これまたちらりとあの時の告白がよぎる。それを振り払っていると、勢いのいい返事が降ってきた。
「ごめん、その時は……」
言葉を続けようとしたところ、肩に腕がかかる。
「いやいやまあまあ、そこは誘えないっしょ」
プレーヤーの先輩だった。もう練習着に着替えたようだが、私たちにちょっかいを出すことにしたらしい。
「えーなん、あ! そっかぁ」
サークル内恋愛というのは瞬く間に広まるものだ。私たちの関係もとっくにバレている。すぐに合点がいったマネージャーは、にやにやした笑みで私を見る。
「もう、からかわないでください」
私は先輩の腕を外し。マネージャーの視線から逃れ、更衣室を出ようとする。
「あーんな綺麗な子だからって、浮気しちゃだめだよぉ」
ただの冗談のはずの言葉が、やけに生々しく響いた。
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