緒を結ぶ

燦々東里

第1話 ミミズの死骸

 私を何かにたとえるなら、ミミズの死骸だと思う。夏になるとそこら中に落ちていて、周りには草や砂などが集められているやつ。ああして砂が集まっているのはアリの仕業らしく、餌を隠すための行動だという。死んだあとも誰かの役に立つなんてなかなか素晴らしい。

 私だって、ほら。

 そう思いつつ自分自身の腕を見る。腕には針が刺さっていて、そこから伸びる管に私の血が流れている。真っ赤なさまはどこかミミズみたいだ。

 でも、そこがミミズってわけじゃなくて。こうして自ら献血にきて、どこかの誰かにちょっとだけ貢献している。そこが似ている気がしない?

 顔、特別可愛いわけでもないけど特別不細工なわけでもない。身長、一五五センチ。体型、太すぎず細すぎず。成績、平均付近。交友関係、特に仲のいい子は数人、同じサークルや研究室の子とも普通に話す。彼氏、今付き合っている人も含めると、今までに二人いた。

 ザ・普通って感じのステータスがずらずらと。確かに小中高と目立たないタイプだった。クラスの委員長になるような特別な感じはないし、教室の隅で本を読んで噂されるようなタイプでもない。本当に、普通。

 そこら中で見かけて、なんてことはない日常の風景だと、無視される。でもちょっと役に立つこともある。そんなミミズとそっくりだなぁ、って、思った。不意に。

 別にだからなんだって話だけど。目立ちたいとか目立ちたくないとか、特に思っていない。私なりに生きていたら、なんか普通だっただけ。それに対して、何の感情も抱いていない。そういう人生だよねって、うん。

「お疲れ様でした」

 係の人が言う。私はゆっくり体を起こし、休憩に向かった。時間通り休憩をして、外に出る。

 ビルから出た途端、生暖かい風が体に吹きつける。昨日降った雨のせいで少し湿っている気がする。いかにも私、あ、違う違う、ミミズが行き倒れていそうな気候だ。

くだらないことを考えながら、地下鉄の駅に向かって歩き出す。鞄からスマートフォンを取りだして通知を見ると、彼氏から連絡が入っていた。どうやらサークルの部室に着いたらしい。

 今日はいい日だ。ただ彼氏から連絡が来ただけでそんな風に思う。

 手早く返事を打って、キャンパス行きの電車に乗った。

 彼氏とはラクロスサークルの同期だ。私はマネージャー、彼氏はプレーヤーとして入部して、一年のクリスマス前に付き合い始めた。こういうところも普通だ。でも幸せなら何でもいい。

 私が返事をしてから、彼氏からは特に連絡はなかった。窓の外を流れる風景を見ていると、あっという間に目的の駅にたどり着いた。改札を素早く抜けて、駅から出ると、もう部室は見える。信号が変わるのを待って、部室棟まで続く坂を半ば早歩きで進んでいく。

 歩きながらもうすぐ着く旨を伝える。彼氏の既読はつかない。ちなみに彼氏からの連絡に対する私の返信にも既読はついていなかった。今日は特に練習日でもなく、私たちは自主練のために来ただけだが、他にも同じ考えの人がいたのかもしれない。

 二人きりの練習にならないのは、正直少し残念。まあ、仕方ないことだけれど。

 あれこれ考えているうちに、部室棟につく。狭く古い階段をのぼっていく。二階についたら部室はもうすぐそこだ。踊り場から出て二つ目の部屋。ドアノブに手を伸ばす。

 大きな笑い声が響いた。

 部室の中から聞こえる。彼氏のものだ。でも、一人でそんな笑うわけがない。でも、相手の笑い声は聞こえない。てことは。

 彼氏は気さくで優しい人だ。誰とだって仲良くできる。

 なんだか自分に対する言い訳みたいなものをしてから、ドアを開けた。

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