第8話 美緒のこと

 それからというもの、結愛ちゃんから誘われて何回かご飯に行った。アプローチする人とされる人というよりは、仲のいい先輩後輩として楽しく食事といった感じだった。

 こんな関係を続けてもいいのだろうかと最初は思ったものだが、結愛ちゃんは相手がいることをわかっていてこうしているわけだし、彼氏も微笑ましく見守ってくれている。今はあまり深く考えず、先輩後輩としての仲だとフラットに考えてみることにした。

 そんなこんなで、日常に結愛ちゃんが加わった以外は、以前と変わらず過ごしている。

「うわ、まじか!」

 誰かの声で若干下を向いていた視線を上げる。それは次の授業の教室に入った学生が上げたものだ。ドアを途中まで開けていたが、中に入ることなく出てくる。

「ラッキーじゃんか」

「二限のとき何時に家出るか知ってっか?」

「実家勢おつー」

「だる!」

 そんな会話からどういう状況か察しがついたが、念のため教室を覗く。ホワイトボードに本日休講の文字が大きく書かれていた。

 さて、急に空いてしまった時間に何をしようか。他の生徒と同じように即回れ右をしながら考える。すぐに昨日部室にタオルを置き忘れたことを思い出す。汗を拭ったものだし、早く回収するに越したことはない。

 早速足を部室に向けた。もし誰かいれば喋って時間を潰すのもいいし、誰もいなければ自習室でレポートを書けばいい。

 北に向かって道路を渡り、学食や売店のある建物の横を抜けてサークル棟にたどり着く。古い階段を上り、二階に着く。踊り場から廊下に出て、二番目の……。

「結愛ちゃん」

 ちょうど結愛ちゃんが階段に向かってくるところだった。私の声に結愛ちゃんはこっちを見る。真顔だった。

「ちょうど帰るところ? 中に誰かいた?」

「今取り込み中みたいなんで」

 部室に向かう私の前に結愛ちゃんは立つ。狭い廊下の真ん中に立たれては進めない。

「取り込み中ってどういうこと?」

 私は結愛ちゃんの物言いがおかしくて笑う。サークルの仲間なのに隠すこともあまりないだろう。そもそも部室内で話すくらいだから、そんな重大なことでもないはずだ。

「一瞬タオル取るだけだから大丈夫」

 私は楽観的に考えて、結愛ちゃんの横を素早く抜ける。

「あ、美緒さんっ」

 結愛ちゃんにしては珍しく声に焦りがにじんでいた。何をそんなに焦るのだろうと不思議に思いつつ、部室のドア前に立つ。

『えー! 美緒さんってそんな感じなんすか!』

 下品で大きな声が、ドアを越えて聞こえてきた。中身を理解する前に心臓のあたりがぎゅっとなる。

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