第7話 意外な一面

 そのカフェ方面に向かって、お互い自然と歩き出す。社会人や学生や高校生が行きかう。駅の中はざわめきに満ちている。

「すみません。本当は、美緒さんたちの会話、聞こえたので」

 その音に紛れて、結愛ちゃんが言う。私の耳にその音ははっきり届く。

「えっ、行きたいって会話してたっけ」

「はい」

「そっかぁ」

 あまり覚えはないが、新しいカフェなんて女子大生からすれば魅力的でしかない。きっと話題にはのぼっていたのだろう。

 そんな些細な会話をきちんと拾っていたことに驚く。それに本音を隠さず、常にまっすぐだと思っていた結愛ちゃんが、実はちょっぴりごまかしたりもすることにも驚いた。でも最終的に耐え切れなくなって本当のことを言ってしまうところがかわいい気がした。

「結愛ちゃんはこういうところよく行くの?」

「いや、あまり……」

「私に合わせて無理」

「それは違います。外食自体少ないだけで」

 結愛ちゃんが首を左右に振る。こういうところはやっぱりはっきり言うんだ。そう思って笑ってしまう。

「美緒さんはけっこう外で食べますか?」

「んー、サークル終わりにそのままってこともあるし、彼氏が外で食べるの好きだから、外食しがちかも」

 言ってから失態に気づく。知っているとはいえわざわざ本人の前で彼氏の話題を出さなくてもよいだろうに。

「そうなってくると出費かさみそうですね」

 結愛ちゃんは何事もなかったかのように会話を続ける。

「そうなんだよ。割のいいバイトに変えたい」

「今どこで?」

「コンビニ。客が有象無象」

 結愛ちゃんがおかしそうに笑う。

 いつの間にか駅を抜け、ロータリ近くの大通りにいた。横断歩道を渡って反対車線に行く。人混みの間を抜け、路地に入った。そのカフェは目立たない細道にぽつねんと存在しているのだ。

 さっきまで人が大勢いたのに、路地に入った途端、静かになる。地下駐輪場に停めるのを億劫に思った人たちの自転車が数えきれないほど置いてある。駐輪禁止の看板の真ん前に悪びれもせず置いてあるのも、日常風景だ。かくいう私だってこうやって停めることもあるし、地下駐輪場の回数券は日付が書かれなければ使いまわす。そんなものだ、学生なんて。

「美緒さんの優しいところ、好きです」

「え?」

 少し訪れた無言の時間に、とんでもない発言をする子がいる。

「いや、さっき言いたかったんですが、人混みだったので」

「そう……そっか、ありがとう」

 きっと彼氏の話題を出した時のことを言っているのだろう。あの時の心の動きが、結愛ちゃんに全て伝わっていたと思うと恥ずかしい。

「でも、誰だってやってる大したことのないものだよ。普通、普通」

「美緒さんはそうやって自分のこと普通って言いますけど、私からすれば誰にだってできるわけじゃないと思います」

 結愛ちゃんの長い髪が歩くたびに揺れる。狭い道だからか、前を向いたまま喋っている。

「仮に美緒さんが普通なのだとしたら、私はそんな普通な美緒さんだからこそ、好きになりました」

 結愛ちゃんに向けていた視線を前に戻す。張り出した電柱を避けながら、地面を見た。

 本当に不思議だ。こうやって照れもせず実直な言葉を言えることも、こういう素敵な子が私を好いていてくれることも。

 路地の地面は舗装が所々剥げ、砂利のようになっている。石の一つが運動靴のつま先に当たって、私たちの歩む方向に飛んでいった。こつん、こつんと、石が転がる音を聞く。

 私はこんなまっすぐな言葉に返す答えを持っていない。無理して繕っても、結愛ちゃんはこの前みたいに大丈夫です、と言う気がした。

「あっ、着きました。美緒さんが行きたかったお店」

 顔を上げる。おしゃれな看板を背景に、結愛ちゃんが微笑んでいた。好きな人の幸せは自分の幸せと語るその表情は、素直に素敵だなと感じた。






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