第7話 女子生徒 疾走事件 ~決着編~

 様々な不満───というか、疑問に対し、一応の解答が得られた僕は、とりあえずは納得した。そうして完敗を認めることにした。


 しかし、すぐに思い直す。


 理解はしたが、やはり納得は出来ない。なぜなら、メガネ女子が勝ち誇った顔をして、僕を見下しているからだ。僕の目よりも若干ながら高い位置にある彼女の目が、僕を見下ろして、見下しているからだ。


 そんな眼差しに抵抗感をいだいた僕が悪足掻きを模索する中、容疑者が口を開く。


「それで、美織みおり。その男子は誰なの?」


「ん? 同級生だが?」


「同級生って・・・。名前とか───」


 呆れ顔の容疑者は改めて僕の顔を見て、驚く。


「あ、キミ! 今朝の・・・」


 どうやら、やっと気づいたようだ。いや、思い出したようだ。結構な時間を共にしていたが、容疑者は今の今まで僕のことを忘れていた。しかしそれは仕方がないことなのかもしれない。僕は取り立てて特徴があるワケではないだろうから。・・・身長を除いては。


「あのときはゴメンね! 転んでたのに、助けることもしなくて! 本当に、ゴメンなさい!」


 深々と頭を下げた容疑者。その態度からは、反省の意が充分に伝わってきた。


 まぁ、彼女からの謝罪はすでに済んでいたし、そもそも僕はそれほど気にしていなかった。だから彼女の二度目の謝罪も受け入れることにした。


「いやいや、もう気にしてないから。でも、次からは気を付けてね」


 僕の言葉を聞くと、容疑者は頭を上げた。そして軽く微笑む。


「うん、分かった。誰かをケガさせちゃうかも、しれないもんね」


「誰かっていうか、キミがケガをしてもいけないから」


「え? あ、うん・・・。アタシの心配をしてくれるなんて・・・。キミ、優しいんだね」


 そう言って僕の目をジッ見つめる容疑者。


 容疑者は明らかに僕よりも背が高い。そして彼女の目は、明らかに僕の目よりも高い位置にある。しかし容疑者の眼差しからは、僕のことを見下している感じを受けない。見下ろされてはいるが、見下されてはいないのだ。


 そんな彼女の頬が、なんだか少し赤くなっているような気がする。




 パッチリとした目に、潤んだライトブラウンの瞳。クルンッと巻かれた睫毛に、柔らかな曲線を描く眉毛。ちょこんとした鼻に、プルルンッと張りのある唇。そしてそんな顔を包み込むような、胡桃色のボブヘア。


 中々に可愛らしいそんな顔に、僕は少しときめいた。




 容疑者は陸上競技の経験者とのことだった。中学時代は短距離走に励んでいたそうだ。どおりで引き締まった足をしているワケだ。ブレザーの制服によって隠されてはいるが、おそらくは腕も引き締まっているのだろう。


 背が高く、引き締まった体。そして爽やかにして、可愛らしい笑顔。


 そんな容疑者と僕は今、見つめ合っている。もしかして、恋の始まり───というのは、こういうモノなのだろうか。




「おい、イチャつくな」


 メガネ女子の冷ややかな声に、ふと我に返る僕。その一方で、容疑者は吠える。


「イ、イチャついてないから!」


 そうして容疑者は、更に頬を赤らめた。








 ようやく話が終わった頃には、僕たち三人だけが一年七組の教室にいた。いつの間にか、周りの生徒たちは姿を消していた。教室の壁に掛かっている時計を見ると、僕がこの教室に来てから、もう小一時間も経過していた。少し話に熱中し過ぎていたようだ。


 僕のそんな心中を察したのか、メガネ女子が言う。


「さて、それでは帰るとするか」


 一人でスタスタと出口へと向かうメガネ女子。そんな彼女に対し、容疑者が声を掛ける。


「ちょっと待ってよ、美織! ちゃんと紹介してよ!」


 幼馴染から呼び止めれたことにより、メガネ女子は振り返る。そうして向けられた表情は、なんともだるげだ。


「紹介もなにも、彼の情報なら全て教えたぞ?」


「なに言ってるの? クラスメイトってことしか教えてもらってないよ?」


「うむ。それで全てだが?」


 小首を傾げたメガネ女子。すると容疑者も小首を傾げる。


「・・・え? そうなの? ホームルームで自己紹介、なかったの?」


 容疑者の質問に、メガネ女子は宙を見る。


「あ~・・・。そういえば、なかったな」


「なんで!? アタシのクラスはしたよ!?」


 動転するように叫んだ容疑者。しかしメガネ女子は落ち着いている。そんな彼女は冷静に、そして冷徹に言う。


「そんなことは知らん。ウチの担任に聞いてくれ」


 幼馴染を冷たく突き放したメガネ女子。そんな態度を見かねた僕は、一計を案じる。


「推理してみれば?」


 メガネ女子は推理することを好いている、好んでいる。だったら、推理をするように仕向ければイイ。そうすれば容疑者に対して答えを用意するだろうし、そうなれば容疑者は満足するだろう。そしてメガネ女子も推理が出来て、満足する筈だ。つまりは、一挙両得だ。


 すると僕の言葉を聞いたメガネ女子は、目を見張る。


「おっ、なるほど」


 その一方で容疑者は、なんとも渋い顔。そしてその直後、彼女は叫ぶ。


「いやいやいや、イイ! 推理はしなくてイイから!」


 慌てているというか、焦っているというか、アタフタとしている容疑者。この二人は幼馴染とのことだった。となると、推理を始めたときのメガネ女子の言動や態度について、容疑者は痛いほど身に染みているに違いない。そういえば、容疑者はメガネ女子について、「頭が可笑おかしい」と言っていた。そして僕とメガネ女子の話し合いからは、距離を取っていた。つまり容疑者はメガネ女子の推理に関して、快くは思っていないのだろう。だから、メガネ女子の推理を全力で阻止しようとしているに違いない。


「と、とにかく! 自己紹介しよっ! ね?」


 容疑者が僕の顔を見た。そして同意を求めてきた。しかし彼女が本当に求めているモノは、だろう。メガネ女子に推理をさせないようにするための、話題変更だろう。だから僕は容疑者を救うことにした。


「・・・穂高ほだか 栄治えいじだよ。・・・宜しく」


「アタシは、松川まつかわ 双葉ふたば。宜しくね」


 その名前については、既にメガネ女子から聞いていた。彼女の推理についての説明の中で、出てきていた。とはいえ、これは自己紹介であるから、『うん、もう知ってるよ』などというのは無粋だろう。だから僕は、余計なツッコミは入れずにいた。そうして僕と松川さんが個人情報を交換する中、メガネ女子は沈黙している。


「・・・・・・・」


 メガネ女子の目が怖い。僕の顔を睨んでいるかのようだ。なにか言いたいことでも、あるのだろうか。


美織みおり? なんで黙ってるの?」


「ん? 双葉が代わりにしてくれるんじゃないのか?」


「なんでよ! 自分でしなよ!」


「う~む・・・、面倒くさいな。それに、その必要はないと思うのだが・・・」


 その言葉のあと、再び僕の顔をチラリと見たメガネ女子。彼女の言ったとおり、その必要は、もうない。既に僕は、メガネ女子本人の口から名字を聞いているし、下の名前については、松川さんが幾度となく呼んでいる。だからメガネ女子の氏名は、既に承知しているのだ。そしてそのことは、メガネ女子も分かっている。だから彼女は僕の顔を見たのだろう。


 とはいえ松川さんは、そんな事情を把握していない。


「必要ない、って・・・。ヒドいよ、美織! 穂高くんは教えてくれたのに!」


「はいはい・・・。かがり 美織みおりだ」


 そう言ったメガネ女子は、本当に面倒くさそうな表情をしていた。






 これが、僕と彼女たちとの出会いであり、この先、色々とややこしくなる関係の始まりでもある。



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