第6話 女子生徒 疾走事件 ~解答編、参~

「これでキミの不満の【一】と【五】は、解決しただろう?」


 見下すような眼差しを向け、言ったメガネ女子。その態度に思うところはあるが、やはりウソを言っているようには思えない。だから僕は、他の不満に対する説明を求めることにした。




 僕がメガネ女子にいだいている不満。それは以下の六点だった。


 一・容疑者のクラスを知っていたのではないか。

 二・容疑者が陸上経験者であることを知っていたのではないか。

 三・容疑者が自分のクラスに戻っていった理由を知っていたのではないか。

 四・容疑者が権威に弱い性格だと知っていたのではないか。

 五・容疑者と、この一年七組の教室で待ち合わせをしていたのではないか。

 六・そもそも、容疑者と知り合いだったことをなぜ隠していたのか。




 このうち、【一】についての説明はなされ、その過程で【五】についての説明もされた。


 よって、次に僕は【二】について、迫ろうとした。


「じゃあ、陸上───」


「ワタシと容疑者は幼馴染ではあるが、中学校は別だ。ワタシは地元の中学校に通い、容疑者は少し離れた女子中学校に通っていた。だから彼女の部活動のことなど、ワタシは知らん!」


 説明の終わりへと近づくにつれて、語気を強めたメガネ女子。そのため彼女の言葉は、教室の隅にいた容疑者にも聞こえたようだ。


「・・・え、美織みおり? 前に言ったよね? 大会の直前とか、相談に乗ってくれてたよね?」


 スマホを弄る手を止めて、怪訝な顔でそう言った容疑者。その言葉を受け、僕はメガネ女子に詰め寄る。


「あ、ウソをつい───」


「え? 相談? そんなこと、あったか?」


 メガネ女子は呆然としている。口を半開きにして、容疑者の顔を見ている。その姿を見るに、どうやら演技ではなさそうだ。


「あったじゃん!! メッチャ相談したじゃん!!」


 大きく叫び、怒りをあらわにした容疑者。そんな彼女に対し、僅かではあるが申し訳なさそうに、メガネ女子は言う。


「そうだったか・・・。いや、しかしだな・・・。脳の容量というのは限られているからな。は、すぐに忘れるようにしているのだ」


「余計じゃないよ!!!!!」


 メガネ女子によって、神経を逆撫でされた容疑者が大声を張り上げた。いや、怒鳴った───といった方が適切かもしれない。すると未だ教室内に残っていた数人の生徒たちは、容疑者の方を見た。何事か、と皆が注視したのだ。そんな中、メガネ女子は極めて小さく呟く。


「いや、余計だろうに・・・」


 なんだろう・・・。この二人、仲が悪いのかな?


 そんなことを思いつつ、僕はメガネ女子に聞く。


「えっと・・・、つまり、忘れてた───って、こと?」


「どうやら、そのようだな。───いや、忘れていたのではなく、といえる」


「美織っ!!!!!」


 容疑者は激昂している。そんな彼女は続けて言う。


「それにさっきから、なんなの? ・・・って。もしかして、アタシのこと?」


「いや、違う」


 メガネ女子はウソをついた。素早くウソをついた。平然とウソをついた。悪びれる様子もなく、堂々とウソをついた。そんな彼女に対し、僕は思う。


 ん? このコ、ウソをつき慣れてるのかな?


 もしそうならば、メガネ女子による、これまでの説明もウソである可能性が考えられる。だけども、それはもうイイ。そもそも僕は今回の件について、もう真相を追及する気など、それほど持ち合わせてはいないのだ。メガネ女子が詰め寄ってきたから、それに応えているだけなのだ。最早、メガネ女子を満足させるために付き合ってる次第だ。


 しかしまぁ、メガネ女子はどう考えても通用しないであろうウソをついた。さすがに話の流れを鑑みれば、彼女が幼馴染のことを容疑者と呼んでいたのは、火を見るより明らかだ。


「違うの? そっか・・・」


 容疑者はそう言って、またスマホを弄りだした。


 ・・・なんで信じたの?




 まぁともかく、【二】についても、片が付いたようだ。そうして容疑者から僕へと視線を戻したメガネ女子は、言う。


「それでは再開しようか。次は・・・、【三】だな。あの時点───つまり、もうじきホームルームが始まるという時点では、ワタシは容疑者のクラスを認識していなかった。しかしあんなタイミングで容疑者は一年三組の教室から出たのだから、彼女のクラスは他にある───と考えるのは、なにも可笑おかしなことではない。可能性は、充分にあり得るだろう。三組の教室から出てきたから、三組の生徒だ───と考えるのは、安直すぎる」


・・・悪かったね、安直で。


「そしてすでに言ったが、あの時点では、時間にまだ多少の余裕があった。となれば、担任が早く来た───という以外に答えはなさそうだ。いや、正確に言えば他にもあるのだが、それらの可能性は、あまりにも低すぎる。だから消去法により、答えを導き出したのだ。───となると、【四】については簡単だろう? いくら担任が早く到着したとはいえ、まだ時間に余裕はあった。それなのに自分の教室へと走って戻ったのだから、担任の目を気にしている───と、容易に想像が出来る。よって、容疑者の性格も推理できる」


 う~ん、些か強引な理屈に思える。力業ちからわざのように思える。最早、事の真相はどうでもイイのだが、なんとかしてメガネ女子をギャフンと言わせたい。そんな気持ちが残っているのは、紛れもない事実である。だから僕は反論を試みる。


「いくらなんでも、それは突拍子が───」


双葉ふたば!」


 僕の言葉を遮り、発せられたメガネ女子の声。その声を聞き、容疑者はスマホの画面からメガネ女子の顔へと視線を移した。


 メガネ女子が口にしたのは、どうやら容疑者の名前だったようだ。その名前を呼んだあと、メガネ女子は続ける。


「オマエは今朝、三組の教室を出たあとに階段の途中まで駆けていき、おそらくは・・・、階段が終わる直前───残り三段くらいのところで走るのをやめたのではないか?」


「え? え~っとぉ・・・」


 容疑者は宙を見上げて、思い出すような素振りを見せた。そして程なくして、答える。


「う、うん・・・。そうだけど・・・」


 容疑者は少し驚きつつ、メガネ女子の予想が正しいことを認めた。


「フフンッ! どうだ? ワタシに掛かれば、これくらいのことは容易たやすく分かる。容疑者は廊下や階段を走っているところを担任から見られないようにするため、その位置で走るのをやめたワケだ」


 ニヤニヤとして、僕のことを見るメガネ女子。その眼差しは、やはり僕を見下している。


 そうして僕の不満の【三】と【四】も、取り除かれた。いや、正確には取り除かれてはいないのだが、取り除かれたことにしておこう。やはり、力業ちからわざの感は否めない。しかし次は───最後こそは、そうはいかない。僕は疑問の【六】について、メガネ女子に食ってかかる。


「そもそも、なんで知り合いだったことを隠してたんだよ? それはどう考えても、可笑おかしいよね?」


「それを教えてしまったら、面白くないだろう? そこは謎にしておかないと、キミは推理をする気にならなかっただろう?」


 キョトンとして答えたメガネ女子。その答えに、僕もキョトンとする。


「え? それだけ? それだけの理由なの?」


「あぁ、そうだ」


 メガネ女子は容疑者と知り合いであることを隠していた。それについて、僕は可笑おかしいと考えた。しかしメガネ女子は、面白くするため───つまりは、可笑おかしくするために隠した、と言い切った。


 事を可笑おかしくするために秘匿された情報について、僕は可笑おかしいと思った。そうして、可笑おかしなことになった。メガネ女子の推理ごっこに付き合わされたのだから。しかしそれは、彼女の狙いどおりだったワケだ。


 もしもメガネ女子と容疑者が知り合いだと分かっていたら、僕は推理などしなかった。おそらくは、『あとで聞いてみれば?』などと発言していたに違いない。


 はぁ・・・、なんだか、可笑おかしいことだらけだな。






 とにもかくにも、メガネ女子がもたらした僕の不満の全ては、彼女自身によって、こうして解消されたのだった。


 全ての謎を解決したメガネ女子が、続けて声を掛けてくる。


「しかしだな、ワタシと容疑者が知り合いだということは、推理すれば分かる筈だが?」


「へ? 推理? いやいや、推理をしようにも、なんの手掛かりも───」


「はぁ・・・。やはりキミは、気づいていないのか」


 僕の発言の途中で、大きく溜息をついたメガネ女子。その様子に、僕は少しムッとする。


「なんのこと? 僕がなにに気づいて───」


「容疑者が挨拶をしただろう? まさか、あの挨拶がキミに向けられたモノだと思っているのかね?」


 ・・・え?


 僕は固まった。体は勿論のこと、思考も固まった。




 暫しのを置いて、僕は考える。


 容疑者は今朝、尻餅をついた僕に対して、謝罪をした。そしてその直後に挨拶をしてきた。そのことに対し、若干の違和感をいだいていたのは事実だ。また、容疑者に対して、僕は妙な印象を持っていた。気軽に気軽な挨拶をしてきた容疑者のことを、不思議に感じていた。


 その答えが、今この場で見つかることになる。


 ・・・あっ! あの挨拶は、メガネ女子に対してのモノだったのか!


 あのとき尻餅をついた僕の背後には、メガネ女子がいた。つまり、謝罪は僕に対してのモノで、挨拶はメガネ女子に対してのモノだったのだ。急いでいた容疑者は、その二つを素早くおこなったのだ。


 僕は違和感こそ感じてはいたが、その謎には気づかなかった。不自然な挨拶についての謎に、ハッキリとは気づけなかった。そんなモノまでも解決してみせたメガネ女子は、中々に───いや、相当に頭が回るようだ。




 どうやら観念するしかなさそうだ。


 これは、僕の完敗といえるだろう。



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