第5話 女子生徒 疾走事件 ~解答編、弐~
「たしかに全て分かってはいたが、それは推理によるモノだぞ? 予め知っていた事実は関係ない」
怪訝な顔をして言い返してきたメガネ女子。どうやら少し気分を害しているようにも見える。しかし気分を害しているのは僕も同じだ。いや、僕の方が気分を害している筈だ。
「とにかく! こんなインチキは認めない! この、詐欺師!」
僕は右の人差指を、メガネ女子の顔に向けた。
「詐欺師・・・だと?」
メガネ女子の顔つきが、明らかに変わった。
これまでの彼女はキリリとしたり、ニコリとしたり。表情の変化こそ、それなりにはあった。とはいえ顔つき自体は、涼やかというか、冷ややかというか、一定以上の美しさを有していた。感情を強く表す感じではなかったのだ。
しかし、現在の彼女は明らかに怒っている。いや、憤慨していると言ってもイイかもしれない。そのため、整っていた表情が、今は幾分崩れている。
メガネ女子は今、眉間に皺を寄せ、眉尻を上げ、僕のことを強く睨んでいる。メガネの奥のその瞳は、激しく燃えている。更には、下唇を強く噛み締めている。
「ちょっとちょっと! 落ち着いて、
容疑者が慌てて席を立った。僕やメガネ女子よりも明らかに背が高い容疑者。そんな彼女は僕の顔を見下ろして、言う。
「ゴメンね。美織ってば、推理オタクっていうか、推理マニアっていうか・・・。とにかく頭が
・・・今、本音が出たのでは? 頭が
慌てて言い直した容疑者の顔は、若干ながら引きつっている。幼馴染に対して、「頭が
「ふぅ、そうだな。少し落ち着くか」
そう言ってメガネ女子は、スカートのポケットから鍵を取り出した。その鍵にはキーホルダーがついていて、それはクリーム色のモフモフとした毛の塊に見える。その大きさは、直径六センチメートルといったところだろうか。
「ムフッ。ムフフッ、ムフフフフッ」
毛の塊を自身の頬に寄せ、スリスリと擦りつけ始めたメガネ女子。そうして彼女は、えも言われぬ声と表情を出現させた。
「・・・・・・・」
容疑者が無言で僕の目を見た。その顔は、やや曇っている。その表情からは、『ほら。このコ、
「ムフフッ、ムフッ。・・・フハッ!」
散々スリスリしたあとに、最後にモフモフのキーホルダーを鼻にあて、恍惚の表情を浮かべたメガネ女子。どうやら匂いを嗅いだようだ。その姿を見て、僕は思う。
・・・たしかに、
やがて落ち着いたメガネ女子。彼女はすでに憤慨状態からも、恍惚状態からも脱している。そして凛々しい顔を作り、言う。
「とにかくだな、ワタシはインチキなどしていない。推理の対象が知り合いだった───というだけだ」
「・・・分かったよ」
イマイチ納得がいかないものの、ここは大人しく手打ちとしよう。言いたいことはあるし、聞きたいこともある。しかし事を荒立てたところでイイことなんて、なにもないだろう。だから手を打とう。
いや、手を引こう。これ以上メガネ女子に関わると、碌なことがなさそうだ。
そうして僕が撤退の意思を固めたところで、メガネ女子が口を開く。
「分かった、だと? なにが分かったのだ? そんな不満げな顔をして」
どうやら隠しきれない気持ちが表情に出てしまっていたらしい。
「別に不満なんて───」
「遺恨を残すのは良くない。だからハッキリさせておこう。不満があるのなら言いたまえ。ほら、ほらほら」
またも僕の言葉を遮ったメガネ女子。そうして彼女は詰め寄ってきた。言葉によって詰め寄ってきたし、互いの距離も詰めてきた。
どうやら彼女は中途半端な結末では納得がいかないようだ。許してはくれなさそうだ。となると、ここは手を打つよりも、手早く済ませた方が良さそうだ。
僕が不満に思っていること。それは、メガネ女子と容疑者が、幼馴染───つまりは、知り合いだったことに起因する。
二人が知り合いだったのなら、互いに連絡を取り合うことが出来る。即ち、今回の事象について、その全てをメガネ女子は知ることが出来た筈なのだ。
それを踏まえて、僕がメガネ女子に対して
一・容疑者のクラスを知っていたのではないか。
二・容疑者が陸上経験者であることを知っていたのではないか。
三・容疑者が自分のクラスに戻っていった理由を知っていたのではないか。
四・容疑者が権威に弱い性格だと知っていたのではないか。
五・容疑者と、この一年七組の教室で待ち合わせをしていたのではないか。
六・そもそも、容疑者と知り合いだったことをなぜ隠していたのか。
う~ん・・・、こんなところだろうか。
僕はそれらの不満を順番に、メガネ女子へとぶつけた。
ちなみに容疑者は、少し離れた場所に移動した。彼女は推理ごっこ───というか、僕たちの言い争いに関心はなく、あまり関わりたくはなさそうだ。教室の隅でスマホを弄っている。
やがて僕の不満を聞き終わったメガネ女子は、反論を開始する。
「キミは昇降口の近くにあった名簿を見て、自分のクラスを知ったのではないのか? ワタシもそうだ。よってワタシには、四組以降の名簿を見る必要はないワケで、容疑者が七組に所属していることなど、知る
「だけどキミは、容疑者の名前を知ってるんだよね? だったら三組の中にその名前がなければ、少なくとも彼女は三組の生徒じゃないってことは、分かるワケだよね?」
おっと、いけない。僕は、心の中だけで容疑者と呼ぶことにしていたのだが、思わず口に出してしまった。これは、本人に聞かれたらマズいだろう。だから慌てて容疑者の方を見たが、彼女は変わらずスマホの画面を見つめている。どうやら、こちらの会話は聞こえていないようだ。
「名簿は、【あいうえお順】で書かれていた。ワタシの名字は
メガネ女子は、至って真剣な表情。その様子から、彼女の言葉にウソはなさそうだ。しかし名簿を見なくても、容疑者のクラスを知ることは出来る。僕はその手段について、メガネ女子に迫る。
「・・・キミたち、幼馴染なんだよね? だったら、お互いが何組になったのか、気になったり───」
「しない。そんなことはワタシには、どうでもイイことだ。それにだね、ワタシが調べなくても、いずれ容疑者の方から教えてくる筈だ」
同じ高校へと通うことになった幼馴染のクラスについて、「どうでもイイこと」と言い切るのは、どうかと思う。どうかとは思うが、これまでに垣間見てきたメガネ女子の言動からすれば、彼女らしいとも思える。
しかしまぁ、これでハッキリとした。メガネ女子は、自白をしたのだ。
「へぇ。だったら教えてもらったんじゃないの? 電話とか、メッセージで」
名簿を見なくても容疑者のクラスを知る手段。それは、スマホを使っての連絡だ。メガネ女子は僕と遭遇する前に容疑者から、彼女のクラスについての連絡を受けていたに違いない。そして推理を装って、僕に対して偉そうに講釈を垂れていたに違いない。
「それは無理だ。ワタシはスマートフォンを持っていないからな」
一瞬、意味が分からなかった。聞き間違いかとも思った。現代の日本人にとって、スマホは生活必需品といっても差し支えはない筈だ。そんな代物を持っていないだなんて、到底考えられない。だから僕にはメガネ女子の言ったことが、よく分からなかった。そうして一呼吸の
「・・・え? スマホ、持ってないの?」
「不必要なモノを持つ気などない」
不必要? スマホが? ・・・ウソだよね?
どうにもメガネ女子の思考が分からない。いや、嗜好が分からない。女子高校生がスマホを必要としないなんて、僕には理解が出来ない。
そうして僕が戸惑っている中、メガネ女子は続ける。
「容疑者が七組であることを知ったのは、ワタシが推理を述べたあとだ。入学式のために体育館へと向かう際、廊下に整列しただろう。あのときに素早く四階に来て、容疑者を見つけ出したのだ」
たしかにホームルームのあと、廊下に整列した。入学式が行われる体育館へと向かうために、整列した。男女二列に分かれて、【あいうえお順】に整列した。
しかしその僅かのあいだに四階に来て、容疑者を見つけ出すのは、中々に大変なことに思える。取り分け、メガネ女子には大変そうに思える。彼女は、ポッチャリ───いや、多少ふくよかな体型だからだ。
そんな僕の疑問に答えるかのように、メガネ女子は平然と話し続ける。
「高校一年生など、まだまだ子どもだ。大人しく整列することはない。どうせモタモタとする筈だ。そして実際にそうだった。だからワタシはそのあいだに素早く四階に来て、容疑者の名前を呼んだのだ。三階の生徒たちと同様に四階の生徒たちも廊下に出ていたから、容疑者はすぐに見つかった。ワタシの呼びかけに対して、返事をしたからな。そうしてワタシは容疑者が七組の生徒であることを知ったのだ。ちなみにそのとき、一緒に下校する旨を伝えておいた。だから容疑者はこの教室に残っていたのだ」
そう言い終わると、メガネ女子はクイッと顎を上げた。そうして再び僕のことを見下ろすようにして、見下した。
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