第4話 女子生徒 疾走事件 ~解答編、壱~

 入学式のあいだ、僕の頭の中は二人の女子のことでイッパイだった。別に恋煩いをしているワケではない。僕の脳内を占領していたのは、あのメガネ女子と、彼女が言うところの容疑者だ。


 メガネ女子の言い分と、容疑者が走っていった理由。その二つの事柄が、僕の脳内を占領していたのだ。


 そんなことだから、入学式の内容は全くと言ってイイほど覚えていない。まぁ、特に覚えておかなければいけないようなことなど、ないとは思うけど。






 入学式が終わり、一年三組の教室へと戻ってきた僕。ちなみにだが、あのメガネ女子も同じ教室にいる。僕と彼女はクラスメイトだったのだ。・・・まぁ、なんとなく、そんな気はしていたが。


 入学式のあとには担任からの短めの話があり、やがて下校となる。しかし僕は教室に残っていた。


 そう、メガネ女子と話をするためだ。


 ホームルームの前、メガネ女子は言っていた。自身の推理───いや、予想を披露していた。








「結論から言おう。容疑者は、この三組の生徒ではない。彼女は自分のクラスへと戻っていったのだ」


 メガネ女子は左の人差指で己の側頭部をトンットンッと軽く小突いたあと、言った。そして左手を下げ、続ける。


「容疑者はこのクラスに友達がいて、会いに来ていたのだろう。そうして会話に花を咲かせていたのだろう。しかし自分のクラスの友達から連絡が入ったことにより、彼女は急いで自らの教室へと戻っていったのだ。おそらくだが、担任が早めに到着したと思われる。だから容疑者は急いでいたのだろう。そこから考えられることは、彼女は権威に弱い生徒だということだ。ホームルームまではまだ多少の時間があるにもかかわらず、律儀に戻っていったのだからね。つまりは、担任の目を気にしているのだろう」


 そのように説明を終えたメガネ女子は、得意満面といった様子だった。








 時は戻り、下校時間となった教室にて、メガネ女子と対峙した僕は言う。


「たしかにあのコは、このクラスじゃなかった。だけど急いでた理由は、キミの言ったとおりとは限らないよね?」


 メガネ女子の推理のとおり───いや、予想どおり、容疑者は三組の生徒ではなかった。ホームルームのときには、この教室内にいなかったのだ。そして勿論、入学式が終わったあとにも。


「では他に、どんな理由が?」


 冷ややかな眼差しを向けてきたメガネ女子。その視線に対抗するためにも、是非ともなにかを言い返したいところだが、僕の頭の中には有効なすべが思い浮かばない。そんな僕の様子を見て、メガネ女子は提案してくる。


「ふむ。では本人に確かめに行こう」


 え? 本人に確かめる? どうやって?


 僕が疑問に思う中、メガネ女子は教室から出ていった。そんな彼女のあとを、僕は慌てて追う。


 そうして僕たちは、階段へと向かった。






 一年生の教室は、一組から五組は三階、六組から十組は四階にある。更には九組と十組は、特別進学クラス───略して、特進クラス───となっている。


 あのとき───つまりはホームルームが始まる前のとき、メガネ女子は言っていた。容疑者は階段へと向かっていった、と。そして僕の耳には、そんな容疑者の足音が伝わっていた。


 そのことから、容疑者は六組から十組の生徒である可能性が高い。メガネ女子が言うように、自分のクラスへと戻るために階段を利用したのならば。


 とはいえ、容疑者がどのクラスに在籍しているのかまでは分からない。更には、すでに下校している可能性も充分にあるのだ。となると、もう彼女を見つけ出すことは不可能かもしれない。






 やがて辿り着いたのは、一年七組の教室の前。その出入り口から中を覗くと、そこには十数人の生徒がいた。彼ら彼女らは、数人の集まりを作っていたり、一人でいたりと様々だ。


 そんな中、容疑者───つまりは、あの女子生徒もいた。下校のときを迎えているにもかかわらず、彼女は着席している。帰路に着くこともなく、一人でスマホを弄っている。誰かを待っているのだろうか。


 そんな容疑者の姿を発見したメガネ女子は躊躇うこともなく、教室内へとズカズカと押し入る。僕は余所よそのクラスに入ることを躊躇するタイプだが、彼女はそうではないようだ。


 しかしまぁ、これまでの態度や口調からすれば、それは当然のことのようにも思える。中に入らずにモジモジとしていたら、僕は意外に思っていただろう。そんなギャップを見せつけられたら、【ギャップ萌え】してしまっていたかもしれない。強気な女子の弱い部分を見てしまっていたら、ときめいていたかもしれない。


 ズカズカと押し入るメガネ女子のあとを追い、そそくさと教室内に入る僕。そうして僕たちは、容疑者の前に立った。


「聞きたいことがある」


 まるで捜査官のような言い回しで、メガネ女子が告げた。すると容疑者はメガネ女子の顔を見上げ、目を丸くする。


「え? な、なに?」


 そうして僕とメガネ女子は、本人の口から事の真相を聞き出すことになるのだった。








 容疑者が話した内容は、メガネ女子の予想と合致していた。見事なまでに、一致していた。走り去った理由は勿論のこと、陸上競技の経験者であることまでもが、メガネ女子の言うとおりだった。








「どうだい? これで満足かな?」


 勝ち誇るような顔をしたメガネ女子。僕は悔しいながらも負けを認めるしかなかった。悔しさに打ちひしがれる僕が白旗を上げようとしたそのとき、容疑者がおもむろに口を開く。


「・・・もうイイの、美織みおり?」


「うむ、もう大丈夫だ」


 容疑者からの問い掛けに答えたあと、メガネ女子はニコリと笑った。そのやり取りに、僕は叫ぶ。


「なっ!? キミたち、知り合いなの!?」


「うむ。幼馴染だ」


 平然と言ってのけたメガネ女子。その顔は全く悪びれていない。そんな表情を見た僕は、再び叫ぶ。


「や、八百長だ! こんなの八百長だよ! 知り合いだったなんて、しかも幼馴染だなんて! キミは最初から、全部分かってたんだろ!」


 そういえばメガネ女子は、迷うことなく、この一年七組の教室の前へとやってきた。そんな彼女に僕はついてきた。階段を昇って四階へと着いた際、彼女は真っ直ぐに右側を目指したのだ。


 右側には六組と七組の教室があり、左側には八組以降の教室がある。つまり、右側には二つの教室、左側には三つの教室。確率論に頼るなら、左側に進んだ方が容疑者がいる可能性が高い。それなのにメガネ女子は、右側へと進んだ。可能性が低い方へと進んだのだ。


 そのことは、メガネ女子が容疑者のクラスを知っていた───ということを示している。だから彼女は、最初から全てを知っていたに違いないのだ。



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