第十話 メロスのように -LONELY WAY-
────マリナ・ヒンメルグラス・ベーゼン・カデンツァヴナ・グレモリー・ゾーネンシュリームは魔界の貴族の一人娘として生まれた。
1000年続く名家の待望の跡継ぎの誕生に家中は歓喜の渦に包まれた。
が、しかし! その歓喜はすぐに失われることになる!
産まれた赤ん坊、その腰にはその家の魔族的特徴にはそぐわない尻尾が生えていたのだ!
そう、彼女は母親の不倫によって出来た不義の仔だったのである。
マリナと名付けられたその娘の実の父親は当時圧倒的暴力で魔王と覇を争った邪竜ゾーネンシュリーム。
ゾーネンシュリームとは魔界の言語において「太陽を覆いつくす者」を意味する!
家中の者たちはマリナと母親を放逐することを考えたが、それよりも邪竜の報復を恐れた。暴虐の代名詞たるその邪竜の身内に害をなすことは死を意味したからだ。
結果、彼女と母親は家に残されることとなったがその待遇は冷遇そのものであった。
母親と共に屋敷の離れに軟禁されたマリナは忌み子として徹底的かつ陰湿、そして秘密裏の虐待を受けて育つ。しかし彼女は一切折れなかった。自分には最強の竜の血が流れていることを知っていたからだ。
母は毎夜のように邪竜ゾーネンシュリームの強さと素晴らしさを彼女に寝物語として語った。マリナは寝る前のその時間が大好きだった。幼い彼女にとってその話は心の拠り所であったし、成長するにつれそれは彼女の誇りとなっていった。
しかし、受難は突然やってくるものだ。
ある日、魔界中をとある報せが駆け巡った!
「邪竜ゾーネンシュリーム敗死せり!」
かつて魔王と対をなした暴力の化身が、あろうことか人間に負けて死んだというのである!
これ幸いと家中の者たちはマリナと母親への虐待を激化させた。
邪竜は失墜した、ならば彼らの恐れるものはもう何も無いと同然だからだ。
しかしそれでもマリナは折れなかった。身体は十分に成長していたし、彼女にとっての家庭という逆境は、逆に彼女を強くしていた。
が、母は彼女のように強くは無かった。
母は寝室で首を括って死んでいた。
したためられていた遺書には「強く生きて」というマリナへの愛の言葉と、邪竜への愛が綴られていた。
マリナは遺書を読むと遺体と共にそれを燃やし、静かに涙を流した。
確かに自分は愛されていたのだと。彼女にはそれだけで充分だった。
しかし同時に悲しかった。力がある自分だけが生き残り、力のない母はそれ故に死んだと思ったからである。
────その夜、マリナは戸籍上の父親をはじめとする家中の全員を皆殺しにする。母親が死んだ今、彼女が抵抗をしない理由はどこにも無かった!
邪竜は死んだ。が、その力はその子に受け継がれたのだ!!
そして、マリナは父親の名であるゾーネンシュリームの名を名乗るようになった。
一つは強く生きろという母の言葉に報いるため!
もう一つは父の名誉のため!!
強さを求める彼女は返り血に濡れたその身そのまま魔王軍の門を叩いた!
自分より強い者、自分より賢い者、自分の生まれを蔑む者!
その全てを血の滲むような努力と、たぐい稀なる潜在能力で打ち負かした彼女は魔王の目に留まるようになりそしてついに!
魔王軍十傑集、高貴なる血のゾーネンシュリームが誕生したのである!!
◆ ◆ ◆
「
ゾーネンシュリームが叫ぶと彼女の周りの魔力オーラが身体に沿って何らかの形を形成し始めた。
「どどどどうなるんだよコレ!」
『知っているから答えよう、彼女の魔道は【竜の具現】だ。竜のできることは大体できるようになる。……幸いな事に巨大化とかはしないがね、それでも強力だよ』
「……勝てんの?」
『……知らない事には答えられないなぁ』
「ダメじゃん!!」
俺達がそんな話をしているうちに、ゾーネンシュリームを覆う魔力は彼女が元々着ている鎧をさらに棘々しくした様なフォルムへと固まってゆき、頭には顔の上半分を覆う竜の頭の様な兜が装着された。
「我が道は覇道なりて──! 【
彼女の道の名が告げられると、それと同時に衝撃波が発生し、吹き飛ばされそうになる。
余りの衝撃に踏ん張るのが精一杯だ。そしてつい眼をつぶってしまったその刹那────俺の腹に突き刺すような痛みが走る。
「がはッ!?」
ゾーネンシュリームの貫手が、俺の腹を貫いていた。
「これでどうやっても逃げれまい……ッ! 消し炭にしてやるぞレオンハルトォ!!」
そう叫んだゾーネンシュリームの口に炎の塊のようなものが現れる。
竜の具現とアスモデウスは言っていた。であればそれは竜の吐息の予兆であることは必定だ……!
(どうにかならねェのかよ!)
『この状態ではどうにもならない! 大丈夫だ、君は不死身なのだから死にはしない。……死ぬ気で耐えたまえ』
(やっぱそうなるよなァ!!)
「消え失せろッッッ!!」
ゾーネンシュリームの口から、最早光線と言うべき勢いの炎の
肉が焼ける臭いが一瞬したと思ったその刹那に、俺の意識は途絶えた。
◆ ◆ ◆
『……オン……レオン! 起きたまえ!』
「はッ」
アスモデウスの呼びかける声で俺は意識を取り戻した。
うわ……マジで死なねェんだ……俺。自分のコトながらちょっと引くわ……。
『目が覚めたかい? 全身が炭化していたからねぇ、回復に時間がかかったようだ……っと、そのままで聞きたまえ。勝算ができたぞ。』
(勝算だァ……?)
『ああ、彼女は魔道の反動で魔力が枯渇し疲弊している。今なら彼女はちょっと強い魔族程度だ、君でもいい勝負ができるだろうよ……』
(いい勝負て、それのどこが勝算なんだよ)
『話は最後まで聞きたまえよ。そこで、ここにもう一要素加われば君に勝ち目があるだろうということだ。それは……』
(それは……?)
『君も辿り着くコトだ……! 私の勃起魔法のその先へ、君だけの魔法を……いや』
そこでアスモデウスは一拍間を空けて言った。
『君の”勃起”を見せてくれッッッ』
(俺の……勃起を!?)
『そうだッ』
いや……確かに服が焼けて身体だけ再生してっから今全裸だけれども……!
『私は特に努力しなかったが……魔法とは本来型にハマったものでは無いんだ! 自らのイメージを具現化させる奇跡の業なのだ! ……故に勃起魔法は、盾ではない。君が望むなら矛にだってなるんだ』
(……矛)
『既に君は最強の盾を持っている! 私が完成させた! ……今ここで編み出すそれは最強とは程遠いだろう……けれど、けれどね』
いつになく熱っぽい口調でアスモデウスは言う。
『私は見たいよ。いつか君が……最初の矛と盾を揃えるところを。だから、故に、今ここで、彼女に……一発ブチ込んでやれ!』
……俺に、こんだけ言ってくれるのか。
ここまで言ってもらってやらないんじゃあ……男が、男がすたるよなァ!?
立ち上がろうとすると全身が痛ェ。でもよ、立たなきゃよ。
「よっしゃ……じゃあやるか」
やるかッつっても具体的には何もわかんねェ。後で聞こう。
でもやんなきゃならねェコトは分かってる。
────アイツの顔面に一発、カマしたらァ。
◆ ◆ ◆
だいぶ吹っ飛ばされたおかげでレヴィアちゃんの館とは距離がある。ゾーネンシュリームはまだそこについてないはずだ……その前にやる。
「……で、何をイメージすればいいんだ?」
『私が勃起魔法を編み出した時は……勃起したちんぽ、そして出してもすぐに回復するちんぽを強くイメージしたね』
そんなんでいいんだ……魔法のイメージ。でもまあ火ィ点けるときは火のイメージするもんな……そう思えばまぁそうなのかも。
『こと勃起魔法というモノに限れば、イメージするものはちんぽに関することならなんでもいい。……攻撃に転ずるというのなら、射精とかどうだろうか』
ごめんなみんな、これでも真面目な話してんだ。
「なるほどな……遠距離攻撃か?」
『そうとは限らないよ、イメージを凝り固まらせてはダメだ。もっと自由に考えたまえ、射精そのものだけでなくそこから連想するんだ。発射、爆発、放出……色々あるよ』
なるほどな……しかし爆発、爆発かぁ……そういえば、俺の近くに、爆発を使う女がいたっけな……。
「……あ、思いついたかもしんねぇ」
俺は今思いついたイメージを固めつつ、ゾーネンシュリームに追いつくべく森を駆け抜けるのであった。
……全裸で。
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