第五話 目覚めろ、その魂

「今度こそ我を殺せ。この魔王カーラを──完膚なきまでにのぅ。」


 カーラと名乗った魔王がこちらに協力する条件として提示したのは、自らの殺害

だった。


「へぇ……。それはどうしてですの? 不老不死であるならば、ずぅっと君臨し続けられるでしょうに……。私ならそうしますわ」


「小娘よ、貴様は不死の苦しみを知らぬ。……もう我は飽いたのよ。ならば最後に強者と心行くまで戦い、そして殺して欲しいのじゃ」


 ──不老不死、俺たち人間からすれば喉から手が出る程に欲しいモノ。


 それを実際に経験したカーラの苦しみだとかそういうものはわからないが、それを語る彼女の顔はひどく辛そうに見えた。


「────じゃから、我は今一度我の国に君臨することにした。貴様ら人間の国に混沌を巻き起こす。……さすれば、いつの日か我を殺す何者かがやって来るじゃろうて。ククッ、楽しみじゃのう、楽しみじゃのう。我を殺すのは誰かのぅ。また勇者あやつが来るかのう、新しい勇者が来るかのう。──はたまた」


 先ほどとは一転して、自らの夢を語る童女のように楽し気な顔で喋り始めたカーラの視線が、急に俺の方へと向けられる。


「そこな勇者の孫が……我を殺すかの?」


 その目は、──俺の思い違いかもしれないが──嘲りが込められているように感じた。なるほど、コイツは首だけになっても魔王なのだ。多分今の俺の力量を、俺の渇望を見透かしている。不老不死の絶対強者の眼力をもって、俺を見下しているのだ。


「なめんなよメスガキ魔王。──お前を殺すのはナイトハルトおじいちゃんでも、新しい勇者でも、他の誰かでもねェ。俺だ、俺が殺す。このレオンハルト・ノットガイルが、お望み通りお前を殺してやるよ。……精々俺の夢の踏み台になれや」


 それを見たヴィオラが小さくヒュウと口笛を吹く音が聞こえた。


 そうだ、俺は魔王を殺して勇者になる。

 その為にコイツが復活してくれるんなら、おあつらえ向きじゃねェか。


「おお怖や怖や……こんな首だけの年寄りに凄んで、何をするつもりなのかのぅ……。ま、期待せずに待っておるよレオンとやら。我にそんな口を利いた者は、それこそ数え切れぬからのぅ」


「ケッ、可愛いのは顔だけかよ」


 こちらの話がひと段落したところで、ヴィオラが口を開いた。


「じゃ、決まりね。このまま魔王国まで……ッ!?」


 突如、鍋の底を叩いたような金属音が鳴り響いた。それと同時に危険を察知した馭者が急にスピードを上げ、車内が少しく揺れる。


 すぐさまヴィオラは窓を開け、馬車の背後を見せるようにカーラの首を出した。


 おいおい、魔王の首を偵察に使うのかよ。


「おい小娘。不老不死とはいえ我魔王ぞ? 丁重に扱わぬか」


「使えるモンは使える時に使わなくっちゃ損でしてよ?」


 軽口を叩きあっていると、丁度カーラの眉間の位置に矢が軽快な音を立てて突き刺さる。容器が無かったら満点の弓射だったろう。


「で、何か見えまして?」


「騎兵が五というところじゃのう。」


「五? 舐められたものね? それとも余程の精鋭なのかしら? ……軍旗は?」


「三日月に狼じゃったのぅ」


「三日月に吠える狼ィ……!? 厄介なのが出て来たわねぇ」


「おい、なんだそりゃあ」


「帝国軍きっての魔術殺し、フルシュタッド隊の旗よ。魔術無効の鎧でもって、魔術の雨を突貫する脳筋部隊! 私と最ッ高に相性の悪い奴らよ!」


 なるほど。戦争において、魔法の打ち合いを無視できる部隊はそりゃ強いだろう。


「ま……やりようはあるわ。見てなさい。──【爆ぜよデトネィション】ッ!!」


 そう啖呵を切ったヴィオラは馬車の窓から顔と片腕を出すと、後方から迫る騎馬隊に向けて爆破魔法を放った。


 魔術を打ち消す鎧を装備しているのだから、無意味だろうと思っていたが……


 彼女の狙いは騎馬隊そのものではなく、その下。雄々しく駆ける騎馬の踏みしめる大地であった。


 耳を劈く轟音と共にそれが爆ぜると、土煙と爆音に驚いた騎馬が急停止、もしくは地面ごと騎馬が吹っ飛び騎兵は落馬し、その体を強く地面に打ち付けた。


「やりぃ!! 見さらせ脳筋ども! あんたらとはココの作りが違うのよっ!」


 ヴィオラはその光景を見て、人差し指で頭を小突きながら煽り散らかした。


 ────が、土煙の中をごう、と切り開くように一条の影が飛び出す。


 影はそのまま地面に降り立つと、事もなげに追跡を続けた。

 一際大きい鎧、構えるは三日月状の刃の付けられた大槍、一層肉付きの良い駿馬。まごうことなき歴戦の将の風格。


「────ちィッ!! やっぱ来てるわよ、ねぇ……!」


 ヴィオラは二度、三度と爆破魔法を打ち込むが、敵はその全てを正確に避けきってみせた。その人馬一体たる疾走には無駄なものは何一つあり得なかった。


「欠けた月のフルシュタッドォ!!!!」


 欠けた月のフルシュタッド、敵の将はそういう名前らしかった。


「クッソ……! どうする、爆破が当てられればどうにかなるってのに……!」


「おい、ヴィオラ」


「今考え中だから話しかけないでくれる?」


「俺が行く」


「だから……ってはぁ!? あんた正気!?」


「正気じゃないかもなぁ。でもよォ」


 そう、正気の沙汰じゃない。


 俺はただの落ちこぼれ、歴戦の戦士になんて逆立ちしたって勝てないかもしれない。

 でも、でもだ。あえてそんな不合理に身を任せなければ、俺が勇者になるなんてそれこそ土台無理な話なんじゃねェのか?


「正気じゃチャンスは掴めねェ気がするんだよ。……じゃあな!」


 俺は窓から身を乗り出すと、そこから一気に馬車の上へと駆け上る。

 びゅうびゅうと風が俺の足を止めるように吹き付けている。……カカッ、まいったな。

 どうにも足が前に進まないなァ……と思っていると、ヴィオラの声が聞こえた。


「レオン!」


 窓から上半身を出して、何やら複雑な顔をしている。


「なんだよ」


「……頑張んなさい!」


「へッ……あいよォ!」


 男の子のやる気を引き出すモンって色々あるよな。でもやっぱ、一番やる気が出るのは……女の子からの応援だよな?


「レオンハルト行きまアッす!!」


 剣を抜き、馬車を蹴って宙へ飛ぶ。


 俺の身体が、殺人的加速をもって爆走する騎兵────フルシュタッドへと近付いていく。


 対するフルシュタッドも、俺の接近を察知。手に持つ大槍を前へと構える。


 接敵まで三、二ィ……いちッッッ!!


 槍が俺目掛けて射出すべく照準を定めた。あの街の衛兵よりクソ速いこと請け合いだ。

 もうこれは運否天賦、俺の剣が奴の槍を受け流すことを祈る……



 ────なんてコト、俺がするわけないじゃん?



 俺は鞘を抜いて、眼前の敵へと投げつけた。

 鞘は俺より速く奴へと辿り着き、そのドタマにぶち当たる。


 その衝撃によって奴の首が天を仰ぎ、槍は空を突き刺した。


「獲っ……あぎゃッ!?」


 自然の摂理が、俺の身体を奴の身体と衝突させ、その衝撃でフルシュタッドを馬から叩き落す。ここまでは俺の作戦通り。


 ……問題はその部位だった。

 

 俺の股が奴の首を挟み込むようにぶつかったことで、俺の金の玉が悲鳴を上げたのである。


 俺とフルシュタッドは、荒野をゴロゴロと回転し、幾度目かの回転の後にお互いの身体が離れた。


「ンぉぉぉぉぉぉぉぉ……ッ! おッ、おッ、おァ~~~~ッ……」


 声にならない悲鳴が俺の口から湯水のように漏れ出す。


 これを読んでくれてるみんなは男性が多いと思うからわかると思うけど、股間を打つと痛いとかそんなレベルじゃねェんだ。


 それでも何とか立ち上がり、その場でぴょんぴょん跳ねる。上がった金玉の位置を戻して、痛みを和らげる運動~。


 ……さて、痛みが引いてきたところで奴の様子を見てみよう。

 死んでるかな? 死んでるといいなぁ。


 きょろきょろと辺りを見回すと、今にも立ち上がりそうなフルシュタッドの姿。

 ですよね。死んでませんよね。だって俺も生きてるもん。


「……驚いたぞ、貴様。あのような不合理をもって、己れを馬から下ろすとは」


「あん……?」


「だがそのような不合理いつまでも続くと思うな。この欠けた月のフルシュタッドの前でな」


 それだけ言うとフルシュタッドは得物を構えて臨戦態勢をとった。

 俺もそれに応じて剣を握り直して同じく構える。


「へッ、合理だか不合理だか知らねェが、俺はアンタをブチ殺さなきゃいけねェんでな……押し通らせてもらうぜ」


 刹那、俺は地面を蹴って駆け出した。ついでに砂を拾うのを忘れない。

 もちろん目潰し用。主人公なのにコスくて卑怯だと思うかい? 悪いね、俺はこれしか知らないんでな。


 そしてそのまま砂を奴の目に向けてシュー


「ってうおおッ!?」


 突如、突進と共にフルシュタッドが槍を突き出してきたので咄嗟に横っ飛びで回避して距離をとる。

 ……危なかったァ! 少しでも気づくのが遅れてたら死んでたぞおい。


「……ねェあんたさ、ちょっと空気読めないとか言われたコトない?」


「空気……? 小細工が得意ならばそれをする前に潰すのが合理だろうに」


「あぁー大体わかったよアンタの二つ名の意味」


 コイツ、めちゃ強くて有能なのに人間として大事なものが欠けてんだ。きっと。

 冗談が通じなくて宴とかの盛り上がりに水を差すタイプ。

 ……ってことは悪口じゃん! その二つ名!!


 ────仕切り直しだ。小細工が通じないなら正攻法で行くしかねェ!


 剣が槍に勝つには、懐に入るしかない。

 俺はできるだけ姿勢を低くして全速力で奴に向かって駆け出した。


 奴もそれは分かっているはず。何せ合理性の塊だ。素直に入れてくれるワケが無い。

 だが、それでもやらなくてはならない。骨の一本や二本は、覚悟しなきゃな!!


 走る俺に向けて刺突が来る。二回見た、目は慣れてる!!


「よっ……ぐあァッ!!?」


 回避……したと思ったらそのまま横薙ぎに振るわれた槍に吹っ飛ばされた。

 宙を舞う俺の身体は二、三回回転した後に地面に叩き付けられる。


「かッ……!」


 クソ、隙がねェ!


 ふらふらと立ち上がりながら俺は必死に打開策を考えた。──でも、無慈悲な程に何も思いつかない。


 どうする? どうする? どうする? 俺は勝たなくちゃいけないんだ。どうしても。


「なァ、その真性包茎みたいな鎧だけでも脱いでくれない? アンタすげえデカくて長いモノ持ってるのにもったいないよ?」


「……無駄口の多い奴だな。不合理極まりない。────来ないのならば、こちらから行くぞ」


 フルシュタッドが槍を構え、猛然と迫りくる。


 ────俺は、死を覚悟した。



◆◆◆


「はァーッ、はァーッ……」


「満身創痍だな。勝ち目が無いのなら、さっさとくたばれ。不合理だ」


 全身が痛む。あれから何度やっても奴の懐には入れなかった。

 あばら骨が何本かイカれている。切傷など数え切れない。打撲だって、全身にあるだろう。勝ち目だって未だ無い。


「まだァ……まだだ!!」


 ────俺は、勝たなきゃいけないんだよ!

 だって俺は、まだ何者にもなれていないのだから。


 まるで壊れた玩具のように俺は、奴へと幾度目かの突貫を始めた。


「そうか、では死ね」


 無慈悲にも槍は寸分の狂い無く放たれる。


 そしてそれは、容赦なく俺の身体を刺し貫いた。


「……ッああああああああああああ!?」


「随分手間をかけさせてくれたものだ」


 そう言ってフルシュタッドは槍を引き抜いた。 俺の身体は鮮血を吹き出しながら、地面に崩れ落ちる。


 腹に空いた穴から、血がどくどくと流れ出し、全身の体温が冷えていくのを感じる。

 

 ────俺は、こんなとこで死んじまうのかよ。


 クソ、クソ、クソ!! 俺はまだ、なんにもできてねェってのに!!

 もうこの際何でもいい!! 神様でも、それこそ悪魔でもいい!!

 ────俺を、勝たせてくれよ。その為ならなんだってくれてやる、なんだってしてやる! だから俺に────────


『……今、何でもすると言ったねぇ?』


 ────誰かの声が聞こえた。


 幻聴だと思った。死の直前に俺の脳みそが、都合のいい幻想を聴かせているのだと。


 だが、それでもいい。その幻聴が少しでも俺に何かしてくれるって言うなら──


「ああ……な、な……んでも、してやるよ!!」


 その時だった。俺の右の手の甲の痣が、光を放ち始めた。


「こ……れは……」


『契約は成立だ。────君を、勝たせてあげよう』



 俺の中の誰かの声は、そう言った。

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