魔界動乱編

第七話 目が逢う瞬間(とき)

 魔王の国ニヴルヘイム、その入り口である樹海の前で俺たちは馬車を降り、今まさに出発しようとしていた。


 ヴィオラはというと、これでお別れとなる執事さんと幾つか言葉を交わしていた。


「一旦ここでお別れよ、じいや。……お父様とお母様は大丈夫だと思うけど、あの人達のコト、よろしく頼むわね」


「畏まりました、お嬢様。ヴィオレット家執事の名にかけて、必ずや……では、御然おさらばです。」


「ええ、元気でね。……今度会う時は神聖ヴィオランテ絶対無敵大帝国で、ね」


「はい、お嬢様も……ハッ!!」


 鞭を入れると、馬車は走り去っていった。

 少し寂しそうな顔で見送るヴィオラ。俺にはわからないことだが、色々あるのだろう。


「おい……ヴィオラ」


「何よ、別に寂しくなんか……」


「流石にそのネーミングはどうかと思うよ?」


 ぼかん。顔が爆ぜた。


「ふんっ、さっさと行くわよ!」


「ふぁい……」


 俺たちは森の中へ入っていった。


 これから俺たちのめくるめく大冒険が────



◆ ◆ ◆



「……迷った!!」


 始まらなかった。


「アスモデウス!? 道知ってるんじゃなかったのかよォ!!?」


『あっははは! 六十年も前の話だからねぇ! 木が生えすぎて道が無くなってしまったようだ! あはははは!!』


「笑ってんじゃないわよォ!!? どーすんのよこのままじゃ私たち全員干からびて死んじゃうんだけど!?」


「あ、俺不死身だから大丈夫だと思うぜ!!」


『私はもう死んで魂だけだからねぇ』


「我も不老不死じゃあー」


「あーもうやだコイツら!!!!」


 ヴィオラの胸の谷間の収納庫から魔王が顔を出している。流石魔王、首だけでも動こうと思えば動けるみたいだ。


『おや、これはこれは魔王様。宝物庫で眠っていた時ぶりですなぁ、貴女はすぐに眠ってしまわれたので六十年間退屈で仕方がありませんでしたよ』


「……アスモデウスか、時が経っても貴様は口が減らん奴じゃのう」


『ははは、口だけが取り柄なもので』


 うははははと魔族二人は笑い合っている。ヴィオラはキレた。


「いい加減にしてくださるゥ!? このままじゃあいつまで経っても目的が果たせないじゃないの!!」


「そう騒ぐでないわ小娘。……この先に魔族の気配がある。その者に案内させればよかろうて……」


「……確かですの?」


「ああ確かじゃ。全ての魔族は我の子のようなものじゃからのう、気配くらいならわからんでもない」


 そう言って、魔王は道なき道の先を目線で示した。


「じゃあ行こうぜ、ヴィオラ。ここは魔王を信用するしかねェよ」


「まぁ、そうね。……行きましょ」


 俺たちは再び歩き出した。

 ……あんまり怖くない魔族だといいなァ。あと女の子だともっといいなァ……。



◆ ◆ ◆



「あれかな」


「あれみたいね」


 歩くこと小一時間。道なき道を抜けるとそこには一軒の大きな館があった。


『ふむ、こんなところに館が……生きていた頃には無かった気がするが……』


「そうじゃのう。我も知らぬ……いや、あれは……」


 館の扉には、骨に巻きつく蛇の紋章があった。

 カーラには心当たりがあるようである。


「……ノイドシュランゲン家の紋、ラミア族か。」


「ラミア族?」


『下半身が蛇の魔族たちだねぇ。……生殖がじっくりねっとりしているのが特徴だよ、レオン』


「ほほーう? それは気になるじゃん??」


 じっくりねっとり……超エッチじゃん!!

 前々から魔族とのエッチには興味があったんだよね。人間とは違う種族とのアレコレって男なら一度は憧れると思うんだ。異類婚姻譚っていうの?


「馬鹿」


「あ痛ッ」


 ヴィオラに小突かれた。


「アホなこと言ってないでさっさと入るわよ。 ……ごめんくださーい!!」


 扉のノッカーをごんごんと打ち付けてヴィオラは呼びかける。

 数刻経った後、バタバタと音が聞こえ、ゆっくりと扉が開いた。


「……だ、誰ですかぁ……? こ、こんな時間にぃ……」


 扉を開けたのは……ん?

 目の前に現れたのは白いシャツに包まれた巨大な……おっぱい? え??? デカくね?? 顔は??


 ふと上を見上げると……顔があった。

 顔が髪で半分隠れてるけど、目の覚めるような可愛い女の子だった。……丸くてでっかいめがねがキュートだ!!!!! 身長とおっぱいがデッカい女の子、イエスだね!!


「え……? に、人間ん!? ど、どうしてここに人間がぁ!? ……あっ、嫌、殺さないでくださいぃ……!」


 女の子は俺とヴィオラを見るなり、後ずさりして床にへたり込んでしまった。

 そうか……まあ無理もないよな、一応敵だもんね。人間。……こういう時は。


「魔王様、お願いしますよ」


 俺は魔王の首を女の子に向けてとりなしてもらうことにした。


「おう……苦しゅうないラミアの娘、我はカーラ。魔王であるぞ?」


「えっ、えええええええぇ!? 首が喋ってるぅ!? え、魔王様!? なんで、あれ、肖像画にそっくり!? ……きゅう」


 女の子は気絶してしまった。


「あ、やべ……刺激が強すぎたかな」


「お馬鹿ッ!! なに気絶させてんのよ! そんなホラーじみた弁解があるかっ!!」


「ごめん……で、どうする? 家主が気絶してるけど」


「こうなったら入らせてもらうしかないでしょ!! 魔王様持ってなさい、私はこの女運ぶから!」


 図々しくもヴィオラはずかずかと家に入り、女の子を引きずって行った。

 俺が運んであげたかったなァ……。


 ふと目線を下に移すと、魔王がいじけていた。


「我を見て気絶せんでもよいではないか……ちょっと傷ついたぞ……」


「まぁまぁ、続きはあの子が起きたら話せばいいじゃんかよ」


 俺も続いて館へと足を踏み入れた。



◆ ◆ ◆



 図々しくも館の部屋という部屋を探し回り、食べ物のついでに見つけた寝室に女の子を寝かせて起きるのを待つことにした。


 ……うん、魔界の食べ物もけっこうイケるな!


「……ぅ、うぅん……」


「もぐもぐ……お、起きそうだぞヴィオラ」


「ぐァつぐァつ、そうみたいねぇ」


 二、三度呻くと女の子はゆっくり目を開き始め、こっちを一瞬見てすぐに目を逸らした。そしておずおずと上体を起こして伏し目がちに口を開いた。


「……ぁ、あのぅ、泥棒さんですよねぇ? なんでもあげるから殺さないでくださぁい……」


「あら、話が早いわね。じゃ、アンタを貰おうかしら」


「へ……? もしかして女の子が好きなタイプの泥棒さんですかぁ?」


「違ぁう!! ……魔王の城に行きたいのよ、ほらコレ」


 ヴィオラは再び魔王の首を女の子に見せた。やはりビクッと恐怖の顔をしたが、今度は気絶しなかった。


「私達は魔王様復活の為に動いているわ。だから城までの案内を頼みたいの。……アンタ、名前は?」


「れ、レヴィア・ノイドシュランゲンですぅ……」


「私はヴィオラよ、そしてこっちは……」


「レオンハルト・ノットガイルです。レオンと呼んでくれ、お嬢さん」


 俺はレヴィアと名乗った女の子の手を取って、できるだけ爽やかな顔でそう名乗った。

 こんなに可愛くて身長もおっぱいも何もかもデカい女の子、粉かけないとか男としてどうなのかって感じだ。……だって、ヴィオラよりデカいんだぜ? 乗り換え乗り換え。


(ちょっとレオンあんた何ナンパしてんのよこんな所で!!!!)


(うるせェな!! 誰に声かけようが俺の勝手だろうがよ!!)


「え、え、あ、は、はいぃ……よろしくお願いいたしますぅ?」


「いやしかし、君みたいに可愛い子に会えるなんて俺も運が良いな……もしかしてこれって運命かも?」


「ぇえ……? そんな、か、可愛いだなんてぇ……えへへぇ……あ、あれ? 眼鏡は……」


 うはぁ~~~~照れてる顔も可愛い~~~~!

 しかし、本当に可愛いな。特に目が綺麗だ。まるで翡翠みたいな……。


 俺はよくその目を見ようとレヴィアの顔を覗き込んだ。


「……ッ!! だめッッッ!! 目を見ないでッ!!」


「なんでさ、こんなにも……」


 あれ、おかしいな……あの綺麗な目を見てから……


「きれ……い……だ……」



────俺の意識は、そこで途絶えた。

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