第八話 涙はお前にゃ似合わない

 次に俺が目を覚ました時、目に映った景色は────


「ごっ、ごべんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!!!!」


 レヴィアの迫真の土下座姿だった。


「あの、これは……どういう……」


 頭を抱えたヴィオラはやれやれといった風に俺にこう言った。


「あんた……石になってたのよ」


「……へ?」



◆ ◆ ◆



 ヴィオラから聞いたところによると、レヴィアちゃんの目を見た俺はガチのマジで石になっていたらしい。

 なんでも彼女はラミア族の中に突然現れた特異体質であり、石化の邪眼を持っているそうで、レヴィアちゃんはもしもの為の常備薬で石化を解除してくれたそうだ。


「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ! わ、わたし眼鏡が無いと目が合った人を石にしちゃうんですぅ……!」


「いいよ別に! 顔上げてよ!! もう治してくれたんだからさ、もう気にしてないって!」


「ほ、ほんとですかぁ……? えぐっ、えぐっ……ありがとうございますぅ……ゔああああああん」


 再び泣き出してしまったレヴィアに弱ってしまったので、助けを求めてヴィオラらの方を見る。


 するとヴィオラは何やら考え事をしながらブツブツ言っているし、カーラは眉間にシワを寄せて難しい顔をしていた。


「……のう、レヴィアとやら。ぬしの祖先は……バジリスクの奴めかの……?」


「えぐっ、ふぇ? そ、そうですけど……」


「で、あるか……そうか、そうか……」


「魔王様、バジリスクってのは?」


「ああ……我と血を分けた……最初の魔族じゃ。……もう一万年も前になるかのう……」


 一万年、気の遠くなるような時間をカーラは過ごしてきたらしい。


「まぁ年寄りの昔話は置いておくがのう、レヴィアよ。お主のそれはあやつの、バジリスクの石化の邪眼じゃ。……血が薄まるにつれ失われたと聞いていたが、不思議なこともあるもんじゃのう」


「は、はえぇ……そう、なんですかぁ……」


「……しかし最初の魔族と同じ能力が発現したのなら、なぜお主はこんなところにおる? この様な力、魔王軍が放っておかんじゃろうに。」


 魔王が問いかけると、レヴィアは少しびくりと身体を震わせる。

 そしてその魔王の言を聞きつけて、ヴィオラが賛同するように口を開いた。


「私も同じ事を考えてましたわ。私の知る限り、ここ数百年の魔族との戦いで『石化した』という報告は一つもありませんの。つまりこのレヴィアは戦場に現れていないという事ですわ」


「それが何か問題なのかよ……?」


「別に? ただ不可解ってだけ。六十年前に魔王様が首を刎ねられてから魔王軍の戦力は見るからに減少の一途をたどってる。悪く言えば末期状態よ。……まぁ戦いに向いてそうな性格はしてなさそうだけど、それでも末期状態の軍隊が強力な、言わば人間兵器を放っておくのかしらって話よ」


 言うだけ言ってヴィオラはつかつかとレヴィアに歩み寄り問いかけた。

 圧が強いのでレヴィアは怯えたような顔でヴィオラを見上げている、不憫だ。


「で、どうなのよ」


「そ、それはぁ……お、おば様がぁ……」


 レヴィアが口を開きかけたその時、玄関の扉が叩かれる音が館に鳴り響いた。


「……誰かしらね」


「た、たぶんおば様ですぅ。ここに来る人はあの人しかいませんからぁ……」


 そう言うとレヴィアは客人を迎えるために部屋を出ていった。


 ────少し経つと、階下から何やら怒鳴り声が聞こえる。

 そしてその怒鳴り声はドスドスという大きな足音と共にこちらへ近づいてきて、蹴破るように扉を開けた。


「カーラ様だと!? 前々から馬鹿だ馬鹿だと思っていたがとうと────う……」


 入ってきたのはやはり魔族だった。しかも女、ラッキーである。

 彼女は青みがかった長い黒髪をポニーテールに纏め、日に焼けたような小麦色の肌は幾重にも古傷が刻まれており、それを露出が多い鎧で包んでいた。さらにトカゲのような太い尻尾が生えている、何とも武人然とした釣り目の美女であった。

 そして、バストは豊満であった。超ラッキーである。


 青筋を立てながら扉を開けた彼女の顔は、魔王の首を見て一瞬固まった。

 そしてわなわな震えだし、バッと魔王に駆け寄って跪いた。


「……本当にカーラ様なので御座いますか……?」


「応ともさ。こんなぷりちーな生首、我以外におるのかのぅ?」


「この物言い……本物だ……」


 それで判断できるんだ。


「お前は……そうか、マリナか。久しいのぅ、また向う傷が増えたか?」


 この傷だらけの女魔族はマリナという名らしい。


「な、名前で呼ぶのはお止めください……お久しゅうございます」


「ククッ、そうじゃったそうじゃった。しかしせっかく可愛らしい名前じゃのに、勿体ないのう」


「お戯れはお止しください……おや、貴様たちがカーラ様の首を持って来てくれたようだな」


 女魔族は俺たちに気づくと、こちらに歩み寄ってきた。


「私はマリナ・ヒンメルグラス・ベーゼン・カデンツァヴナ・グレモリー・ゾーネンシュリーム。ゾーネンシュリームと呼んでくれ。一応ではあるが魔王軍十傑集を名乗らせて頂いている」


 こいつも十傑集か……! アスモデウスとは大分タイプが違うようだけれども。


「ご丁寧にどうも。俺はレオンで、あっちが……」


「ヴィオランテ・ヴァイオレント・ヴィオレットと申しますわ。ヴィオラとお呼びくださいませ、ゾーネンシュリーム閣下」


「レオンにヴィオラだな? 人間とはいえカーラ様を連れ戻してくれた事に感謝する。……本当は我らが取り戻して差し上げたかったものだから、悔しいがな。──そうだ、明日にはなってしまうが迎えを寄越そう」


 嫌に友好的だな……と俺の猜疑心が目を覚ます。

 横目でちらりとヴィオラを見ると彼女も同じ気持ちだったようで、ゾーネンシュリームへと疑問を投げかけた。


「……随分と親切にしてくださいますのねぇ? てっきり首だけ盗られて取って食われると思っておりましたわ」


 ヴィオラの棘々しい物言いにもゾーネンシュリームは動じず、からからと笑って返してみせた。


「ははは! まぁ、そう思われるのも仕方がないな! 実際そういう輩もいないわけではないから、無理もない。──だが」


 ゾーネンシュリームはその爬虫類が如き鋭い目で俺たちを見据えて言う。


「私は強い奴が好きだ。貴様らがそれなりに修羅場を潜って来たのは見ればわかる。特に目がいい、貴様ら二人とも。────ギラつく獣の如き、野心を感じる目だ」


「お褒めに預り恐悦至極ですわ。……では獣らしく浅ましく、閣下にお願いがあるのですけれど」


 そう言うとヴィオラは言われた通りのギラついた目でゾーネンシュリームを睨み返した。


「ほう、聞くだけ聞いてやろう」


「そこのレヴィアさんを貰いたいのですが」


「え、えぇ!?? 私を!!?」


 レヴィアの名を聞いた途端、ゾーネンシュリームの眉間にシワが寄る。


「……何故だ? 姪は魔族とはいえ、何もできないただの引きこもりのクズだ。貴様らの足を引っ張るだけ────」


「石化の邪眼」


「ッ!?」


「彼女の邪眼、アレは素晴らしいですわ。私の手にかかればきっと強大な戦力に──」


「レヴィアッ!! お前”眼”を使ったのかッ!!?」


 突如、ゾーネンシュリームは激昂しレヴィアの胸ぐらを掴んだ。


「ち、ちがッ、おば様、わざとじゃなくてぇ……!」


「使ったんだな!? この……大馬鹿者が!」


「きゃっ」


 ゾーネンシュリームの平手が飛ぶ。レヴィアは床へ倒れこんだ。

 頬は赤く腫れ、その瞳には涙が滲む。


「ごめんなさいっ! ごめんなさいぃ……!」


「何の為にお前をここに住ませたと思ってる!? なのにお前は……ッ!」


 ゾーネンシュリームは尚も怒りの収まらない様子で、拳を振り上げレヴィアに迫る。


 ────もう見てられない!


「止めろッ!!!」


 自然と俺の身体は二人の間に躍り出ていた。


「れ、レオンさん……」


「邪魔をするな人間! これは家庭の問題だ、貴様は関係ない!!」


「うるせェ!! 家庭の事情だか何だか知らねェけどよ、レヴィアちゃん泣いてるじゃねェか!! これ以上やるってんなら……」


「ほう、これ以上なんだ?」


「俺が相手になってやるってんだよ!!」


 啖呵を切った。切ってしまった。

 俺はクズだけれども、女の子がこれ以上殴られてるのは見てられなかった。

 ちょっと気になる女の子の前でカッコつけたかったのもあるけどよ……でも、一番は──


 勇者おじいちゃんなら絶対ここで立ち向うだろッてコトだ!!!!


「ハ──私も舐められたものだな」


 ゾーネンシュリームはそう呟くと、静かに怒りを燃やしているのか目を見開いて威嚇のような笑みを浮かべる。その身体には、燃える炎のような魔力が立ち昇っていた。


「この”高貴なる血”のゾーネンシュリーム……こう真っ向から喧嘩を売られては、買わなければ名が廃るというものだ!」


 燃える闘気が飛ばされる。


 あぁ、怖いなぁ……足が震えちまうよ。でもよ、ここで退いちゃあ……勇者じゃねェよなァ!


 俺は腰に差した剣に手をかけようとした。が、


「止めい!!」


 カーラによって俺たちの衝突は静止された。

 声とその眼力のみで俺たちの動きは固まったように動けなくされてしまう。


「のう、貴様ら。魔王カーラの御前であるぞ? 控えぬか大馬鹿者め」


「……止めないで頂きたい。これは私の……」


 それを言い終わらぬうちに、さらにカーラは圧を強めた。


と、我は言うたぞ」


「……ッ!! 申し訳……ございません……」


 圧に屈したゾーネンシュリームは、魔力を収めた。それを見て俺も剣から手を離す。


「本日は帰らせていただきます。お迎えは、明朝に。」


 不満げな様子でゾーネンシュリームは部屋から出ていこうとする。

 出ていく前に、彼女はレヴィアに声をかけた。


「……カーラ様に粗相の無いようにしろ」


「は、はい……わかりました」


「ではな、また来る」


 ゾーネンシュリームはレヴィアの方を一瞥もせずに部屋を出た。


 その去り際に


「────あんな眼さえ持って生まれてこなければ」


 と小さく溢したのを、俺は聞き逃さなかった。



◆ ◆ ◆



 明朝の迎えを待つため、俺たちは館に泊まることになった。

 ヴィオラは早々に寝てしまったが、俺はどうにも寝付けなくて所在なく館をぶらぶらしていた。


 すると、ベランダに出て外を眺めるレヴィアの姿が目についた。


「レヴィアちゃん」


「……あ、レオンさん。……さっきはありがとうございましたぁ」


「いいってことよ……叔母さんと、仲悪いのか?」


 俺が聞くと、レヴィアは悲しげに目を伏せて笑った。


「悪い人じゃ……ないんですよ? ただ、ちょっと真面目で、短気なだけなんですぅ……」


「そっか」


「わたし、こんな眼だから……昔からいじめられてて。いつもおば様に守ってもらってたんですぅ」


 彼女は、眼鏡の奥に光る綺麗な目に涙を浮かべながら言った。


「だから……だから、ちょっとでいいから、おば様の役に立ちたいなぁ……!」


「……そっか」


「あはは……何言ってるんですかねぇ、わたし。こんな迷惑な眼で、そんなこと無理ですよねぇ……」


「それは違うぜ、レヴィアちゃん」


「……え?」


 俺は彼女の眼を真っ直ぐ見据えながら言う。


「迷惑な眼なんかじゃない。……君の眼はとってもキレイだし、使い方を間違えなきゃ強い力になる! だから、生まれ持ったその眼を悪く言わないでくれよ」


 俺は、そう言いながらある決断をした。


「じゃあな、お休み。俺はやること思い出したんで、もう行くぜ」


 思い立ったら吉日だ。俺はレヴィアにお休みを言って、ベランダから出ようとした。


「れ、レオンさん!!」


「ん?」


「あ、ありがとうございましたぁ。そ、そのぅ、キレイな眼って言ってくれたの、嬉しかったですぅ……はじめてです、眼を褒められたの」


 最早彼女の眼から涙は消え失せ、少し顔を赤くして俺に微笑んでくれた。


「……あいよ!」



◆ ◆ ◆



 ────明朝。


 昨夜の言葉通り、ゾーネンシュリームは迎えにやってきた。

 ワイバーンの馬車を館の前に停めるとその中から彼女は出て来た。


 俺は扉の前の階段から腰を上げ、吸っていた煙草を靴底で消してゾーネンシュリームへと相対する。


「待ってましたよォ? ゾーネンシュリーム閣下ァ」


「……何の用だ。レオンハルト」


 俺は剣を抜き、ゾーネンシュリームに突き付けた。


「不肖レオンハルト・ノットガイル!! ……閣下に喧嘩売らせて頂きまァす!!!」

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