ずっと友達でいたいから。

奔埜しおり

都合のいい解釈ができるのなら、こんな片思いをしているはずがない。

「吸血鬼ってさ、好きになった人の血、全部飲み干しちゃうって言うじゃん?」


 制服のボタンをかける自分の指を見つめながら、言葉を落とす。

 吸血行為後特有の首筋の痛みやめまいを無視して、身支度を整えていた。

 少しだけ開いたカーテンの隙間から、晴希はるきがこちらを向いたのが、視界の端でわかった。

 その手元は、手当用に使った道具をしまった棚の取っ手にかかっている。


「そういう話もあるね」


 静かな、探るような声。きっと、ここから続く言葉を、晴希はわかっている。

 わかっているうえで、きっと、そうでないといいと願っているに違いない。

 

 上履きの音が、放課後の保健室に響く。

 外のざわめきから切り離されたようなこの空間に、ずっといられたらいいのに、なんて。

 そんなこと、できるはずがない。

 できる人ならきっと、逃げようか、どうしようか、なんて考えてしまう訳がない。

 考えてしまう私は、臆病者だ。

 だから、彼に秘密を打ち明けられるくらいの、そして血をあげられるくらいの仲に収まり続けているのだろう。

 

 言い方を変えれば、晴希にとっての都合のいい存在であり続けているのだろう。

 

「……最近読んだ漫画に書いてあったから、本当かなーって、気になっちゃって」


 へへっといつも通り笑いながら、カーテンのこちら側まで戻って来た晴希を見上げる。

 目が合った瞬間、晴希はいつもの穏やかな笑みを浮かべた。

 一瞬。一瞬だけ、その表情が強張っていたように見えたのは、気のせいであってほしい。

 

「まあ、吸血鬼ひとによるんじゃない? たぶんさ」

「そう、なんだ。へえ……」


 じゃあ、晴希は?

 

 なんて、言う勇気は、今の私にはない。

 だって、それでうなずかれたら、つまり晴希にとっての私は、そういうことで。

 ああ、嫌だなあ、なんて痛む胸に無視しながら、ベッド横に置いておいたリボンを手に取る。

 

「で?」

「え?」


 うつむいてしまった私の視界に入るように、目の前にしゃがんだ晴希が覗き込んできた。

 お互いの息がかかりそうな距離に、思わず呼吸が止まる。

 

「で……って?」

「なんでそんなこと訊いたのかなって思って」

「なんとなく……?」


 そっと晴希から離れながら、答える。

 なんとなくかー、と軽やかな声に、曖昧に笑ってうなずいた。

 

「俺の場合は、吸血鬼って言っても、もう既に人間の血のほうが強いからなあ。昼間でも歩けるし、ニンニク料理だって食べられる。だからもし本当に、吸血鬼は好きな人の血を飲み干すんだとしても、俺には当てはまらないんじゃない?」


 やっぱり、お見通しだった。

 思わず、そっかあ、と返せば、晴希が柔らかに笑う。


「そろそろ保健委員の仕事に戻らないと。先生が会議から帰ってくる」

「確かに」


 晴希の手を借りて、立ち上がる。

 カーテンを開いて、保健室の真ん中にある机に向かい、椅子に腰かけた。

 保健委員の仕事、と言っても、もう既にすべて終わらせてある。

 あとは先生が帰ってくるまで、お留守番をしているだけだ。

 

「ああ、そうそう」


 向かいに腰かけた晴希が、私の首元に手を伸ばす。

 指が、ガーゼに触れた。

 また、呼吸が止まる。

 熱が顔に集中するのを感じて、とっさにうつむいた。


「吸血鬼って、独占欲とか、縄張り意識? みたいなのが強いみたいでさ。誰かが飲んだあとの人間の血は、飲まない、なんて話もあるみたいだよ」

「……え?」


 つまり、どういうこと?

 

 言いたいことがよくわからず、晴希を見上げる。

 わからなくていいよ、とどこか寂し気に彼は笑った。

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ずっと友達でいたいから。 奔埜しおり @bookmarkhonno

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