とぐろを巻く
私はようやく気付いたのである。
ここは簡単に襲われる世界なのだと。
そして断片的な記憶も当てにはならなかった。私はあんな鷹も蜘蛛もご存じないわけだ。つまるところ、奴らがどういう存在なのかも分からない。どういう特性を持つのかも分からない。
あと何体、ああした生物がいるのかも分からない。
空にも地上にも安全はなく、あるのはこの身ひとつ。私はそういう状況に立たされている。ここでも、私のあきらめの早さは生きてくる。私は直ぐに嘆くのを諦めたのだ。実際にそうなっているのだから仕方がない。やれることをやるしかないのである。幸か不幸か、私はそうした反骨精神を漲らせた。戦うことも辞さない覚悟を持ち、周囲の探索を開始した。
とはいえ、私は何処に向かえば良いのだろうか。
この森の中には、先のような生物がひしめき合っているとする。では人間のいるところに向かえば安全なのかと問われると、むしろ先のような生物と似たり寄ったりの風貌をしている私は、人間にとっての外敵に相当するのではないだろうか。私にその意思がないとはいえ、それが人間には伝わらない。「シャー」と言って伝わるわけがない。
安住の地を探す道のりは、最初の段階で
呑気に空を飛んでいる場合ではなかった。では、日々奴らとの闘争に明け暮れ、ここを定住の場所と定めるのは、その優雅な性分から我慢ならなかった。私は大きな屋敷に住み、メイドの淹れた紅茶に舌鼓を打ちながら、ボンヤリと窓の外を眺めるような、深窓の令嬢であるはずだ。
今はたまたま蛇になっているだけだ。
私が悩んでいる隙に、空が茜色に染まってきた。
都会にいても森にいても、変わらずに夜はやってくるのだろう。夜は誰かにとっての好機だ。私がそれに該当するかどうかは、短い蛇生だから判断つかないけど、誰かが活発になるのは間違いない。
より一層気を付けなければならなかった。
考えても仕方がないのだから(今日だけで何度同じことを思っただろう)とりあえずは寝床となる拠点を作ることにした。
私は暫く徘徊していると、小さな湖を見つけて、その傍に古びた小屋があることに気が付いた。
古びたというよりは、ほとんど原型を留めていないほどの劣悪な状態だった。屋根がなく、壁がところどころ穴あきになっていて、戸は離れたところでバラバラになっている。おおよそ小屋とは言えない状態ではあったものの、人間を自称する私にとっては馴染みある物件だった。
そもそも私が拠点と呼べるのは、明確に家の形をしたものだけである。傍に湖があることも後押しして、私はここに居座ることに決めた。
その頃にはスッカリ夜だった。
小屋の中には家具の残骸が転がっていたものの、どれも機能は損なわれている。そもそも手足がないのだから人間用に作られた家具を使うことが出来ない。それよりも衛生的に悪質過ぎる方が気になった。
部屋の端に大きな蜘蛛の巣が張っている。
壁になっている木は腐食して溶け、あちこちが埃と砂にまみれている。植物が外観を包み、その忘れ去られた姿は、どこか悲しみを帯びている。私は辛うじて姿を保っているベッドの上でとぐろを巻いた。
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