その男、エックハルト=ルポルテ

 でこぼこした田舎道をお馬さんがゆっくりと進んでいます。

 馬車に乗ることなんて指で数えれる回数しか経験していないので、なんだかドキドキわくわくしているウータです。


 このドキドキはきっと、私の隣で足を揺らしている男性のせいだと考えています。

 どうやらこのお方は相当にいらいらしていらっしゃるようです。


 「今日は良く晴れた空模様ですね。これだとお馬さんも走り甲斐がありますね」


 「……」


 「あ、この教会では月に何度か合唱の練習をしてるんですよ」


 「……」


 「……ええ……本当に良い天気です……」


 「……」


 どうしましょう。


 会話になりません。

 こんなにも可愛らしい女の子が話しかけているというのに、この人は私を無視し続けています。

 私はちらりと横目で男の人を観察しました。

 座っている座高は私よりも高く、きっと高身長。

 スーツの下に来ているシャツはピチピチ気味で、きっと筋肉質な体型なのでしょう。

 私より片手の指の数以上は年上に見えます。

 街から田舎町を訪れたイケメン。

 そんな風であります。

 彼はジロジロと見ている私の視線も無視しました。

 馬の足音と馬車が揺れて鳴らす物音だけが聞こえてきます。


 「お前、クロッチのことは知ってるか?」


 おお、ようやくお口を開いてくれました。

 私は腰を浮かして姿勢を正しました。


 「あの! 私はウータ=ヒンデミットと言います。お前、なんていう名前ではありません」


 渾身の睨みを利かせてやりました。

 お前、なんて下品な口調は嫌いなのです。

 男性はちっと舌打ちをしてきました。


 「ヒンデミットなんて長い性で呼べるか。ウータ、で良いな?」


 私はにっこりと微笑みました。

 

 「貴方はなんというお名前なのですか?」


 互いに名乗り合う。

 これが親しくなる第一歩だと習いました。

 さあイケメンのお兄さん、名乗って下さい。


 「たくっ、エックハルト=ルポルテだ。長いんでエックで十分だよ」


 「エックハルトさん……ですか。え、え!? あのルポルテさん? ランディウムタイムス紙の?」


 興奮してしまった私の大声がキャビンの中で響いてしまいました。

 エックハルトさんは顔をあからさまにしかめています。


 「なんだ俺の名前を知ってるのか。へえ、新聞を読んでるのか。文字が読めるガキがこの町にもいるんだな」


 その言い方はそれはとても腹が立つ言い草でありました。

 嬉しい驚きが一気に憎悪へと変貌してしまいました。


 「今の発言はシミュレーに住む皆への侮辱ですよ。いくら王都に住んでいるからって小さな町を馬鹿にしないで下さい。ランディウム市民ってのは皆さんそういう思考をするのですか?」


 私の口から抗議の言葉がつらつらと出ていきました。

 言いたいことを全て言い、私はふんっと鼻息を鳴らして見せました。

 エックハルトさんは少し驚いたような表情をしました。

 この方は私のように感情が顔に出やすいのかもしれません。


 「悪かった。今のは失言だったな。ああ、全面的に謝罪するよ」


 そう言ってエックハルトさんは被っていた帽子を取って、謝罪の仕草をしてきました。

 うん、悪いことはしっかりと謝れるタイプの男性でした。

 私の怒りはあっさりとどこかへ消えて行きます。


 「ちゃんと学校があるんですよ。それより、私のパパが行きつけの商店でランディウムタイムス紙を買って来るんです。ママはもっと地元のことを扱う新聞にしてよって怒ってますけどね」


 「ああそう。ここだと……そうだな二日遅れってとこか?」


 「はい。今の私は怪盗セルンの予告状に夢中なんです」


 「見事に美術館から盗んでったぞ」


 「ああ! 言わないで……」


 どうですか。

 ちょっとした喧嘩と仲直りをすればほら、こんなにも会話が続いていきます。

 私とエックハルトさんはあっという間に親密になった……はずです。


 私はエックハルト=ルポルテという名前を一方的に存じ上げていました。

 ルルデン王国王都、ランディウム。

 国内随一の街には田舎町で、のほほんと暮らしている少女に数え切れない娯楽を与えてくれます。

 摩訶不思議な方法で盗みを働く怪盗、おぞましい殺人事件、劇場で上演される新作の演劇の概要、国民から愛される王女の動静。

 これらの情報はランディウムで発行された新聞紙が列車に揺られ、私たちに知らせてくれます。

 それら新聞記事の文末には必ず記者さんの署名が綴られています。

 エックハルト=ルポルテ。

 この名前は幾度となく目にしていた名前でした。


 「エックハルトさんの記事はたまに過激な時がありますよ」


 「はぁ……エックでいいって。時間の無駄だ。その方が売れるんだよ」


 「私はそうですねえ、パーナさんの文章が素敵だなって思います」


 「聞いてねえよ。偉そうに言うな」


 私はエックさんを勝手に熟練の新聞記者だと思っていました。

 ぶくぶくに太ってはいるものの鋭い嗅覚で記事になる事件を追うおじさん。

 そのように想像していました。

 それがなんと、こんなにも若くて素敵な容姿のお兄さんだったとは。

 ただ、そうですね、ちょっと……口が悪すぎる気がします。

 もっと紳士的な話し方というものを身につけて頂きたいです。


 私は乙女として上品にエックさんを見つめてみました。


 「なんだその顔は? 気持ち悪いから止めろ」


 見事に撃沈であります。

 こんなやり取りをしていると、馬車は目的地に到着しました。

 クロッチ邸の御屋敷は大きな門が既に開けっ放しでありました。


 「あれ? こんなに堂々と開いてるの始めて見ましたよ」


 馬車から降りた私はエックさんにそう伝えました。

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