皆さん、私が魔法使いであることは内緒にしてください! 新聞記者ウータの事件簿
雨水優
0件目の事件
全ての始まり
私はウータ=ヒンデミットと申します。
偉大なるルルデン王国の片隅に位置する田舎町に住んでいる少女です。
長閑な田舎町、シミュレーで生まれた私は、両親の願望通りにすくすくと元気いっぱいで男の子にも喧嘩で勝つような女の子へと成長しました。
今朝だって、同い年の男の子と揉めてしまい取っ組み合いをしてしまいました。
お父様にそのことがバレてしまい私は書斎に呼び出されました。
「いいかいウータ? どんなにむかつく相手がいたとしても魔法は使ってはいけないよ」
「お父様、分かっていますわ。魔法使いは絶滅したのですから。それに……私の魔法は危害を加える魔法じゃないわ」
「ああそうだ。150年前に魔法使いは絶滅したんだ。……表向きにはね」
「この会話を聞かれたら捕らえられちゃうのでしょ? お父様……、いやパパ、ごめんなさい。私、ちゃんと反省してるの。もうしばらくは手を出さないから許してよ」
私はおしとやかな反省モードを続けることに失敗しました。
普段の口調に戻ってしまいます。
パパはそれは深いため息をついて私のことをギロリと睨んでいます。
「えへっ。パパ大好き」
「たくっ……良い子だウータ。もういい行きなさい」
お説教は無事に短時間で終わりました。
私は身体を存分に動かしたいので、家を飛び出しました。
目的地なんかありません。
とりあえず、友人のエーニャのお家に行ってみようと思いました。
でも走り出してすぐに立ち止まってしまいました。
喧嘩をした相手と出会ってしまったからです。
「あっ……」
「おうウータ」
気まずい雰囲気です。
相手の男の子、アルはシミュレーの子どもたちのリーダーみたいな存在。
普段は頼りになる男子なのに、たまに女の子に意地悪をします。
今朝もそうでした。
私は許せなくて、うっかり飛びかかってしまいました。
「これ。悪かったよ。じゃあな」
「え、ちょっと!?」
アルは私に小さな紙袋を渡して、走り去って行きました。
乱暴な持ち方をしていたせいか紙袋はクシャクシャです。
袋の中は甘い香りが充満していました。
手作りのお菓子が入っていました。
「ははーん。アルも怒られたんだ」
お菓子を頬張りながら私はにやりとしました。
好い気味というやつです。
アルのお母さんが作ったはずのお菓子を平らげると、紙袋の底に一枚の紙切れがあることに気づきました。
手にとってみるとそれは手紙でした。
「汚い字……もっと丁寧に書きなさいよ……」
お菓子でベトベトになった指を舐めながら私はアルからの手紙を読み始めました。
乱雑な文字で喧嘩についての謝罪の言葉が書いてあります。
手紙を読み進むていく内に……私は悲しくなって涙を流しました。
『こいつ本当むかつく。ブサイク過ぎだろ。シミュレーから消えろよまじで。俺は悪くねーし』
「……ぐすっ……そんなこと……言わないでよ……」
涙が止まりません。
手紙の文字には、こんな悪口なんか書いてありません。
形だけの謝罪文が書いてあります。
でも、私にはアルの本心が読み取れてしまうのです。
だって私は魔法使いだから。
かつて世界中にうじゃうじゃいた魔法使いたちは争いに敗れて、処刑されました。
安心して! もう魔法使いたちに支配される時代ではないわ!
そういうことを高らかに宣言したのが、かの有名な魔法根絶宣言です。
しかし、世界中の人々は知りません。
魔法使いの一部は生き延びて姿を隠したことを。
そう。
ヒンデミット家も魔法使いの一族です。
私は魔法使いの女の子、ちょっと勝ち気で少し涙脆い魔法少女。
「はぁ……。もうっアルなんか嫌い!」
思う存分泣いた私は怒りがこみ上げてきました。
悲しみをぐずぐず引きずるような性格ではありません。
アルをぼこぼこに殴る妄想をしながら、改めて友人エーニャの家へと走り出します。
妄想の中の私は最強の魔女で、アルを氷漬けにして火炎魔法で溶かしています。
実際の私は……残念ながらそんな危なっかしい魔法なんか使えません。
一人の魔法使いは、生まれ持った一つの魔法しか使えない。
これが魔法使いの真相。
空を飛べる魔法使いは攻撃魔法は使えない。
手のひらに火を出せる魔法使いは銃弾を防ぐような魔法を使えない。
だから魔法使いたちは文明が発展した国々に負けたのです。
そんな魔法使いの赤ちゃんとして生まれた私も魔法を一個持ち合わせています。
描かれたものに込められた意志を読み取る魔法。
これが私の魔法です。
文字や絵といった作者が意図して描いたものには何らかの意志が込められているのです。
その意志が魔力を介して私に話しかけて来るのです。
さっきはアルの手書きの文字から悪意の意志を読み取ってしまいました。
普段は制御している魔法なのですが、意志が強すぎると勝手に私の脳内に侵入してしまいます。
「鍛錬が足らないのよ。でもどうすれば良いのかしら」
ブツブツ独り言を言いながら私は走っています。
両脇を畑に囲まれた狭い道、この先をずっと進むと駅があります。
駅からは王都まで走る蒸気列車が出ています。
そんな道に馬車が走っていました。
私にぶつからないように馬のスピードが遅くなりました。
御者が指示して馬は私の側で止まりました。
「誰? なんなの?」
私が首をかしげていると、御者が話しかけてきました。
「お嬢さん、クロッチ家はご存知かな?」
「え、はい。もう少し先をひだ……」
私が聞かれたことを丁寧に説明しようとしたのに、大きな音を立てて馬車のキャビンのドアが開きました。
「急いでるんだ! 乗れ! 案内しろ」
その声の主は若い男性でした。
この辺りの男性が滅多に着ないスーツ姿。
短髪の頭に帽子を乗せています。
程よく日に焼けた肌色は健康的な印象を与えてきます。
帽子の下には整った顔、キリッとした鋭い目が私を見つめていました。
「おい、早く乗れよ小娘」
「は、はい」
言われるがまま私は馬車に乗ってしまいました。
御者が鞭打って馬が走り出します。
これがエックさんとの出会いでした。
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