瓜ふたつな珍客たちとコレットの魅惑のダンス

 パブ『シチリア』には小さなステージがありました。

 客席より一段高いその狭い舞台は、ただでさえ狭いというのにピアノが置かれています。

 ピアノの上には花瓶があり、綺麗なお花さんが生けられていました。

 

 「あのピアノはケイデンの奥さんがよく弾いてたんだよ」

 

 大盛り上がりな客たちの声に負けないよう私の耳元でロメオさんが言いました。

 

 「今日はいらっしゃらないのですね?」

 

 「ああいや……もう亡くなっているんだ」

 

 「あ……そうなのですか……」

 

 私は口を噤んでしまいました。

 仕事に戻ったケイデンさんを目で探してしまいますが見つかりませんでした。

 ロメオさんは優しい目つきでピアノを見つめています。

 きっとロメオさんはケイデンさん夫婦と親しかったのでしょう。

 花瓶とお花はその奥様へのものなのでしょう。

 

 「ようやく本日。ご指名されました。マシューと申します。皆様よろしく」

 

 コレットちゃんと共にステージに上がった青年がこの場にいる全員に向け挨拶しました。

 コレットちゃんがピアノを演奏出来る方を募ると数人が手を上げ、このマシューという方が見事に指名をされました。

 外れてしまった他の方々は分かりやすく落ち込んでいます。

 どうやらピアノの演奏者はコレットちゃんの気分次第で決まるようです。

 天井に吊らされたランプたちに照らされたシチリアは熱狂に包まれていました。

 ほとんどのお客が飲食を止め、ステージの二人に注目しています。

 

 「マシューくん派手によろしくぅ!」

 

 コレットちゃんが声を出すと、伴奏者マシューさんは立ったまま鍵盤を叩き始めました。

 

 「あのマシューさんという方は有名な音楽家なのですか?」

 

 王都ランディウムには様々な分野で才能を発揮している若者が集まると聞いています。

 私は目を輝かせて丁度目が合ってしまったエックさんに聞いてみました。

 

 「さあな。俺は知らねえな。パーナは?」

 

 「ううん。私は芸術には疎いからねえ」

 

 「そうですか……。じゃあ金の卵かもしれませんよ。今の内に目を付けといたら大物になった際にすぐインタビュー出来ますよ?」

 

 私の提案に先輩記者の三人は苦笑していました。

 エックさんに、お前が勝ってにしろ、と言われてしまいまいした。

 私は後でマシューさんに声をかけてみようかと思いましたが、彼のピアノの音を聞いている内に考えが変わってしまいました。

 頭に響き渡る音。

 教会で聞く音楽とは程遠い、乱暴な音。

 聞いたことのない音楽でした。

 きっと彼の自作の曲なのでしょう。

 

 「ふぅうう!」

 

 お客たちはその音楽に歓声を上げていました。

 コレットちゃんも体でリズムを取っています。

 短いスカートから伸びた白い足が小気味よく動いています。

 そして彼女はステージの前に出て、ピアノのメロディーに合わせて踊り始めました。

 お客の視線が全てマシューさんからコレットちゃんへ移ります。

 金髪をなびかせ、小さな体を全て使い彼女は踊っていました。

 それは貴族の方々の舞踏会では決して見ることの出来ない踊りでしょう。

 内に秘めている感情がだだ漏れでした。

 私って美しいでしょ、私だけを見なさい、さあ私を褒めなさい、そう言っているように思えました。

 観客たちが身振りと歓声でコレットちゃんのダンスを賞賛しました。

 私もいつの間にか立ち上がり、手拍子をしていました。

 シチリア名物、と言われるのに充分なショーです。

 

 「どう? 素敵でしょ?」

 

 パーナさんが私に囁いて聞いてきました。

 

 「とっても。でも……このピアノは邪魔ですね。頭がズキズキしてきます」

 

 「あらそう? 私は好みな音楽だけどなぁ」

 

 「俺も嫌いだな。あれは告白だろ。コレットのことが好きだって音が言い過ぎてるよ」

 

 エックさんがそう感想を述べられました。

 私はエックさんと音楽の感性が合うようで少し嬉しい気持ちになりました。

 

 「おい、コレット嬢に夢中なのも良いが、見てみろ。あの二人だろ。ケイデンが話してたのは」

 

 ロメオさんが私たちにそう言いました。

 そうでした。

 コレットちゃんたちのショーに興味津々だったせいで私はケイデンさんから聞いた謎をすっかり忘れていました。

 ロメオさんはパブの入り口側で左右の柱に別れて立っている二人の青年を指差しました。

 彼らはそれぞれウイスキーとビールを飲んでいて、席にはつかず柱にもたれてコレットちゃんのダンスを見ていました。

 私はケイデンさんの言葉を思い出します。

 

 「まあその……大したことじゃないんだがな。奇妙な客がいるんだよ。今んとこ害はねえようだからほっといているがな、なんか気持ち悪いんだよな」

 

 私が魔法で変わった客の存在を言い当てると、ケイデンさんはこのように白状しました。

 毎週金曜日の夜、コレットちゃんが踊り出す時間の前にやって来る客。

 そんな客は大勢いるそうですが、その珍客二名は特に気になるそうなのです。

 まず一杯分の飲み物しか頼まず、席にはつかないそうです。

 それがケイデンさんには不満なのだそうです。

 飲み物だけではお店の利益にならないからでしょう。

 

 「そんなにお金が無いのよ。きっと学生ね。うん。コレットちゃんに惚れているのよ」

 

 パーナさんはケイデンさんにこのように言っていました。

 次ケイデンさんが気になる点は、そのお二人がそっくりなことでした。

 

 「ありゃあどう考えても双子だよ。本当にそっくりなんだ。違いはそうだな……あごひげがあるかないかくらいさ」

 

 ケイデンさんはそう力説していました。

 双子かもしれないのに、その珍客二名は別々に来店してくるそうです。

 そしてケイデンさんはこの珍客たちが会話している所を見たことが無いというのです。

 

 「まあ……兄弟でも仲が悪いってのは良くあることだろ」

 

 エックさんはケイデンさんにそう言っていました。

 

 「仲悪いのに同じ店に来るか? パブなんざランディウムには数え切れないくらいあるのにか?」

 

 ロメオさんはエックさんにそう反論していました。

 

 「そんなもんでな、俺はコレットを娘のように思ってるから気になるんだ。なんというか……ただ恋愛対象なって目つきには思えないんだよな……俺の感でしかないが」

 

 最後にケイデンさんはそうおっしゃいました。

 その後すぐにコレットちゃんが伴奏者を募集したのでした。

 

 「それにしても本当っそっくりですね……」

 

 今、コレットちゃんを見据えている二人を交互に見て私は口を開きました。

 ステージはお店の奥にあります。

 珍客たちは入り口側に別れて立っているので、ステージからは一番遠くにそれぞれいます。

 私やコレットちゃんと同じくらいの年齢に思えました。

 二人とも服装はズボンにジャケット姿で、肉体労働者には見えません。

 学生、と言われれば納得出来ます。

 

 「うーん、スーンくんの方がかっこいいかな」

 

 パーナさんは珍客と、シチリアで働くもう一人の青年従業員、細身くんを比べてそう述べました。

 珍客二人は共に茶髪で細長いお顔をしていました。

 シチリアに入って右側の柱にいる方がお髭を蓄えています。

 目や口元はそっくりで確かに見分け方はお髭くらいしかありません。

 

 「ロメさんどう? あの二人の目はなんか感じるか?」

 

 「んー……別に悪意は感じないな。やっぱり色恋ざただろうな」

 

 「俺も同感っすね。ありゃあ悪巧み考えてる顔じゃない」

 

 私はエックさんとロメオさんのやり取りを不思議に思って聞いていました。

 そんな私の顔に気づいたパーナさんが説明してくれました。

 

 「長年記者してたらね、悪意ある顔が分かってくるのよ」

 

 「悪意……ですか?」

 

 「そうだよ。お嬢もその内気づくさ。政治家も貴族も犯罪者も、悪さしようってやつはみんな同じ目をしてるんだ。なんていうか……目に光がないな。そんな奴らが、身の潔白のために俺の取材受けようって言うんなら俺は内心で容赦せずに記事を書くよ」

 

 ロメオさんのお顔は柔らかいままでしたが、その言葉には記者としての誇りが詰まっていました。

 私は頷いて、しっかりとその言葉を頭の引き出しに仕舞いました。

 

 「ふぅううう! 愛しのコレットォー! マシューも良かったぞぉー!」

 

 大歓声が店内に響きました。

 コレットちゃんとマシューさんのショーが終わったのです。

 ステージを見てみると、コレットちゃんはマシューさんの手を取り歓声に応えていました。

 たぶんですがほとんどのお客さんはマシューさんに嫉妬しているのではないでしょうか。

 コレットちゃんたちはお辞儀をしてステージを降りました。

 私は視線を再び瓜ふたつの珍客に戻しました。

 あご髭がある方がビールを飲み干しています。

 空になったジョッキをカウンターまで持っていきケイデンさんに渡しました。

 そのまま素早くシチリアを出て行ってしまいました。

 もう一人の珍客には目もくれませんでした。

 あご髭のない珍客も出て行く珍客など興味ないように、誰もいないステージを見ていました。

 

 「おい、そんな気になるのかよ?」

 

 「え?」

 

 急にエックさんに声をかけられ、私ははっとしてしまいました。

 珍客を気にしていたのはもう私だけのようです。

 三人はテーブルの上の食事を平らげようとしていました。

 私の歓迎会もどうやらお開きの時間のようです。

 

 「良い機会だな。ウータ、お前この件追いかけてみろ。コレットの取り合いなのか、別に思惑があんのか。顛末が面白ければ記事になるかもな」

 

 エックさんは彼にしては微笑んだ、といった表情で言いました。

 

 「あ、良いじゃない。取材の練習にもなるわよ」

 

 「何事も経験だからな、お嬢」

 

 パーナさんとロメオさんがエックさんに同調しました。

 私は体が熱くなってきました。

 ようやく新聞記者らしい仕事が出来そうなのです。

 ただ一つ、気になる点がありました。

 

 「やらせて下さい! でも……あのその……ここに通う費用って……」

 

 「そりゃ自腹に決まってるだろ馬鹿」

 

 エックさんは冷たくおっしゃいました。

 

 

 

  

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