シチリア店主ケイデンの疑問
店員の少女はコレット=ベイリーという名前であるとパーナさんは教えてくれました。
このパブ『シチリア』の看板娘だということです。
彼女はこれから特技を披露するだろう、とエックさんたちはおっしゃりました。
その特技が何なのかは教えてくれません。
「見ててご覧よ」
ロメオさんがタバコを吸いながら囁きました。
私は満席に近い店内を忙しそうに動き回っているコレットちゃんをしばらく観察してみました。
シチリアには三人の店員さんがいらっしゃいます。
髪の毛を剃りあげている大柄の強面男性、エックさんと同年代に思える細身の男性、そしてコレットちゃんであります。
客席をうろちょろしているのは細身の男性とコレットちゃんでした。
強面の男性は料理を用意したりしています。
ほとんどのお客さんがコレットちゃんを呼んで注文していました。
彼女に気づかれなかったテーブルが仕方ないといった様子で細身くんを呼び止めています。
「男の方というのは分かりやすいですね……」
私はこそっとパーナさんに言いました。
「ふふ、ここのお客の半分はコレット目当てなのよ。彼女がお店を辞めちゃったら多分すぐに潰れちゃうわ」
パーナさんはお芋のタルトを食べながら話しています。
私もそれを食べようと手に取ろうとしました。
その時ドンと私たちのテーブルが揺れたのです。
驚いて、見ると追加でエックさんが頼んだビールジョッキが運ばれてきていました。
「おいブン屋さんよお。いい加減なこと言うんじゃねえぞ」
ビールを運んできたのは大柄な髪を剃りあげた店員さんでした。
脅すような低い声で言い、パーナさんを見下ろしています。
「あらケイデンさん聞こえちゃったの? ごめんって」
「謝ることは無えだろ。事実をこいつに伝えただけなんだから」
私を指差しながらエックさんがパーナさんを擁護しています。
ロメオさんは苦笑しながら空のジョッキを大柄男に渡しています。
「エックハルトお前モテないだろ」
「ほっとけ」
「すごーいケイデンさん正解よ。探偵みたーい」
「うるせえなパーナ。誰でも分かるだろそんくらい。たくっ……そこのお嬢ちゃんは新入りか?」
ギロリと大柄男は私のことを見つめてきました。
その迫力に思わず椅子から立ち上がってしまいました。
「は、はじめましてウータ=ヒンデミットと申します」
自己紹介をしてお辞儀をしても大柄男の目つきは変化がありません。
どうやら睨んでいる訳ではなく、そもそもの目つきが睨んでいるように見える方のようです。
大柄男はケイデン=ジラルディという名前でいらっしゃいました。
ケイデンさんはシチリアの店主だと名乗りました。
年齢は三十五歳で二人のお子さんがいるそうです。
「よろしくなウータ。こいつらはウチの常連だからお前さんもよく来ることになるよ」
「ここは安くて飯の味も悪くはないからな」
「エックハルト……てめえは素直に褒められねのか? まあ良いやコレットのダンスを見てやってくれよウータ」
「待ってくれケイデン。ええとそうだな、温かいスープを頼むよ」
ケイデンさんはロメオさんの注文を伝票に書いて、戻ろうとしました。
「ダンス? 踊るのですかあの子は?」
「そうよ。すっごい情熱なの。それがコレットの特技よ」
パーナさんの言葉を聞いて、私はもう一度コレットちゃんの姿を探しました。
彼女はまだ忙しそうに働いています。
踊りを見れるのはまだ時間がかかりそうに思えます。
そういうことならば、と私は良いことを思いつきました。
「ケイデンさんちょっと待って下さい」
背中に語りかけて私はシチリア店主を呼び戻しました。
「何だよ。レモネードのおかわりかい?」
「いいえ。あの、私の特技も披露しようかと思って」
私はにっこり笑って皆さんを見回しました。
パーナさんが目を大きくさせています。
「なになに? ウーちゃん何してくれるのよ?」
「えへへ、ケイデンさんの考えていることを当ててみますよ」
「はあ。何言ってんだか」
ケイデンさんはため息をついて私を今度は本当に睨んできました。
やはり怖いお顔であります。
しかし、怯む訳には行きません。
今夜は私の歓迎会であります。
私のことを良く知って貰わねばいけないのです。
お酒は飲んでいませんが、パブの雰囲気で私も気分が高揚していました。
「お嬢やってご覧よ。退屈なショーだったらエックが怒るぞぉ」
ロメオさんがこの場を楽しむように言いました。
その言葉で私は少し緊張してしまいます。
四人が私に注目しています。
「では……これお借りしますね」
私はケイデンさんが持っていた伝票を手に取りました。
ロメオさんが頼んだスープの注文が書かれています。
私は自分の魔法を使うつもりです。
文字や絵からその人の意識を読み取ることが出来る魔法。
普段の私は意図的にこの魔法を制御しています。
そうでないと手書きの文章を読む度に私の頭が混乱してしまうのです。
でも今夜だけは特別に良いや、そう思って私は魔力を開放しました。
伝票に書かれたケイデンさんの文字を読むと彼の低い声が、私にだけ聞こえてきました。
前半は私たちに対する文句ばかりでした。
気になったのは最後の部分でした。
『それにしても……また珍客ども来てやがるな。もっと飲み食いしやがれ。利益が上がんねえだろ』
伝票を書いている際、ケイデンさんはこんなことを考えていたのです。
文字にはその人の意識が込められているのです。
「おーいウーちゃん。大丈夫なの?」
「あっ……」
私ははっとしました。
パーナさんが私の顔の前で手をひらひらと振っていました。
魔法を使っている際、私は動きがぴたっと止まってしまうのです。
皆さんが私に注目していました。
「変わったお客さんがいらしているのですか?」
私の言葉にケイデンさんは両目を見開きました。
「なっ……!?」
「へえ。その様子だと本当に当てたみたいだな」
エックさんがニヤリと笑って言いました。
「お嬢こそ探偵じゃないか。どんなトリックだろうか」
「すごーいウーちゃん! ね、ね、ケイデンさんどうしたのよ?」
「い、いや……その」
驚いている様子のケイデンさんをパーナさんが問い詰めていきました。
ほろ酔いのお三人は私を魔法使いだと疑いもしません。
それはそうです。
魔法使いがまだ生存していると思う人間などいないからです。
私が恐れている魔法摘発の制度も長い間執行されていません。
私自身、家族以外の魔法使いに会ったこともないのです。
「実はだな……」
観念したケイデンさんは私たちにとある疑問を語ってくれました。
それはちょっとした謎があるお話で、私はあれこれ考えたくなりました。
疑問を全て聞き、四人で意見を出し合っていると遠くからコレットちゃんの大声が飛んで来ました。
「踊っちゃおうかなぁっ! ピアノ弾ける人いるぅ!?」
透き通った声でした。
他のお客さん、ほとんど男性客が歓声を上げました。
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