パブ『シチリア』での歓迎会

 「来た来た。ありがとう。はーいどうぞウーちゃん。貴女はこのレモネードジュースね。甘酸っぱくて美味しいのよ」

 

 「あ? 何だよお前、ビール飲めないのか? 労働者になったんだから酒飲めないんじゃ大変だぞ」

 

 「そうか。お嬢は俺の娘と三つしか違わないんだったな……」

 

 私を取り囲んで先輩方三名がパブ『シチリア』の喧騒に負けないように大声で話しています。

 皆さんこんばんは、ウータです。

 大人の世界足を踏み入れて、はや数日が経過しました。

 ルルデン王国王都ランディウムに越してきた私は、親元を離れひとり暮らし。という訳ではなく友人エーニャと下宿先で生活を共にしています。

 エーニャはランディウム大学の学生で、私はランディウムタイムス社で働く労働者であります。

 九月始めのこの時期、大学でのお勉強はまだ忙しくないらしくエーニャは優雅に朝を楽しむ生活をしています。

 一方の私は新聞記者としての第一歩を踏み出しており、朝早くに下宿を出て日が暮れてから帰る生活であります。

 明日はようやくお休みであります。

 私はエーニャにランディウム市内を案内して貰う予定を立てていました。

 そのことを楽しみに思いながら帰宅しようとしていたら、記者の先輩方にパブまで連行されてきたのです。

 

 「皆飲み物は揃ったな。じゃあパーナ、乾杯の音頭を頼む」

 

 私の横に座っている、この中で最も年長者であるロメオ=ハイルディーさんがジョッキを持ちながら言いました。

 ロメオさんは間もなく五十代になろうかという年齢の男性で、深く刻まれた皺は苦労を重ねた証のように思われます。

 元は茶色だったという髪の毛は白髪が増えてきて、いっそのことと思い黒色に染めたそうです。

 穏やかな性格の方で私が質問したことにそれは凄く丁寧に答えてくれます。

 

 「私ですか? ロメさんがやって下さいよ」

 

 大きな青色の瞳をぱちくりさせながら聞き直したのは私の正面に座るパーナ=ボイルさんであります。

 ランディウム市民を代表するかのような長い金髪と唇に塗ってある真っ赤な口紅がとても印象的な女性であります。

 パーナさんはエックハルトさんと同年代だと言い、正確な年齢は秘密だとおっしゃっていました。

 こっそりロメオさんに聞いてみると記者として入社したのはほぼ同時だそうですが、年齢はパーナさんがエックさんより二つ三つ年上のようです。

 彼女は同性の私から見ても魅力的な体つきでありました。

 

 「俺はあんたら二人の歓迎会でしたから遠慮しておくよ。この木偶の坊はしないだろうしな」

 

 ロメオさんはエックさんをちらりと見て言いました。

 エックさんは何も言いません。

 パーナさんの横に座っているエックハルトさんは私の記憶の中の姿からちゃんと四年分お年を取られていました。

 二十代中頃の青年であります。

 綺麗に散髪している赤毛は整髪油の香りを漂わせています。

 ジャケットを脱いでいてシャツの上ボタンを外しているので、鍛えていらっしゃる胸板がちらちらと見え隠れしていました。

 

 「そういうことなら私が音頭を取らせて貰うわ。はい、みんなジョッキを持って」

 

 私を含めた四人全員が各々のジョッキをテーブルの上に掲げます。

 

 「えー改めてウーちゃん。ようこそランディウムへ。カンパーイ!」

 

 パーナさんの挨拶で私の歓迎会は始まりました。

 ジョッキが合わさる音が響きました。

 三人はビールを、私はレモネードジュースを口に運びます。

 

 「くぅぅ美味いっ」

 

 「最高ね。やっぱ一人で飲むより美味しいわ」

 

 ロメオさんとパーナさんはジョッキの半分ほどを一気に飲んでしまいました。

 エックさんはゆっくりと味わうかのように飲んでいます。

 私もレモネードをごくりと飲みました。

 

 「わぁ。甘さの方が勝ってますね。飲みやすくて美味しい」

 

 「あら? 甘いのが好みなの? ウーちゃんはまだお子ちゃまなのね」

 

 「むうぅだからお子ちゃまって言わないでくださいよ」

 

 「だって可愛いんだもん。そうやってすぐ頬を膨らますんだから」

 

 パーナさんはケラケラと笑っています。

 働き出して数日、パーナさんは私のことをからかって楽しんでいるようです。

 私のことをウーちゃんと呼ぶことに決めたそうです。

 

 「で、どうだいお嬢。エックの下でやって行けそうかい?」

 

 ロメオさんがニコニコしたお顔で聞いてくれました。

 彼は私のことを何故かお嬢と呼びます。

 

 「もちろんです。私は今やる気に満ち溢れてますので」

 

 私は両手を胸の前に持っていき答えました。

 ハキハキと言いましたが、まだ私は新聞記者らしい仕事など一切していません。

 今日までにしたことは、記者としての心得や仕事を教わる座学とエックハルトさんに押し付けられる誰でも出来る雑用であります。

 

 「ロメさん、こいつまだ手伝いみたいなもんっすよ。とても記事なんか書かせられない」

 

 見透かしかのようにエックさんが言いました。

 前菜として頼んでいた野菜のピクルスを食べていらっしゃいます。

 

 「そりゃあそうだが……一週目を乗り切ったのは久々の人材だろ?」

 

 「ええそうよ。三人ぶり……くらい?」

 

 「どいつもこいつも使えないやつばっかだったろ。そういう奴らは早めに切るのが正解なんだよ」

 

 「じゃあウーちゃんは第一関門突破ってことだ。おめでとう」

 

 「え? え? どういうことですかぁ?」

 

 私は口々に話しているお三人の顔を見回しました。

 パーナさんとロメオさんは苦笑しながら説明して下さいました。

 

 私たち四人はエックハルト斑と呼ばれるグループです。

 ランディウムタイムス社は合計四つの斑があり、それぞれ取材と記事の作成をしています。

 エックさんは四人いる班長の一人であります。

 パパがランディウムタイムスを買い続けてくれたおかげで、私は数カ月前に紙面上に載っている募集広告を目にしました。

 面接と試験を経て私はランディウムタイムス社に採用されました。

 そしてエックハルト斑に振り分けられました。

 罵詈雑言を浴びせながら雑用の指示を出してくるエックハルトさん。

 私は一人になると文句を言いながら仕事をこなしていましたが、それ以前に雇われた数人はエックさんの指導に耐えられらくて逃げ出したということでした。

 

 「そうなんですか。その方々のおかげで私はここにいるんですね。お礼を言わなくちゃいけませんね」

 

 私もピクルスを食べながらそう言いました。

 逃げ出してくれてありがとう!と叫びたい気分であります。

 もしも先人が記者として働き続けていたら私はまだ田舎町で暮らしていたことでしょう。

 

 「ウーちゃんの良さはそのふてぶてしさよ。ふふ、独り言でエックの悪口を堂々と言えるんだから大したもんよ」

 

 「……聞いてたんですかパーナさん……」

 

 「ええばっちりと」

 

 目を細めてパーナさんは微笑んでいます。

 私はエックさんの方を見れません。

 

 「こりゃあ大物だ。お嬢大したもんだな」

 

 「なんて言ってたパーナ?」

 

 「あ、あのエックさん……」

 

 「ん? 内緒。女同士の秘密」

 

 エックさんは私とパーナさんを交互に睨みました。

 ため息をついてビールを飲み干しています。

 おかわりを頼もうと店員を呼びました。

 

 「お待たせしましたぁ。ご注文っすか?」

 

 やって来た店員さんは私と同い年くらいの女性です。

 綺麗な金髪に整ったお顔の少女であります。

 短いスカートに袖の短い白シャツ姿で露出した手足は細く真っ白な肌色であります。

 パーナさんがランディウムの大人の女性を代表するなら、この店員さんはランディウムの少女を代表するでしょう。

 彼女は追加のビールの注文を受けると私たちのテーブルを離れていきました。

 

 「あの様子だとそろそろだな」

 

 ロメオさんが店員さんの後ろ姿を見ながら言いました。

 

 「そうかも。良かったわねウーちゃん。素敵な物が見られるわよ」

 

 「シチリア名物だもんな」

 

 私は三人の言うことに首をかしげました。

 

 

 

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