ウータはランディウムに降り立つ
皆さん、こんにちは。
私、ウータ=ヒンデミットと申します。
私はただいま長時間の旅路でヘトヘトになって疲れています。
「ほら見てごらんよ」
蒸気列車の四人がけシートで相乗りしていた親子のお父様がお子様の少年へ話しかけています。
親子は窓を占領して外の景色を眺めました。
私も二人の隙間からどうにかして景色を見ようと頑張りました。
「すっげえ! あそこに国王たちが住んでいるだぁ。俺も泊まってみてえぇ」
少年は目を輝かせて言いました。
お父様は声を出して、私はくすくすと笑いました。
私たち、列車の乗客たちは高台にそびえ立つアッパー宮殿に出迎えられていました。
この宮殿は王室の方々の御住まいであります。
ルルデン王国は縦に長い島国です。
その一番下、大陸に最も近い場所に位置してのが王都ランディウムであります。
ランディウム市内もルルデン王国の縮小版といった形をしていて、北端にこの宮殿が建つ高台があります。
ですのでランディウムへ蒸気列車に揺られやって来る者は皆、アッパー宮殿に出迎えられられるのでした。
「さ、降りる準備でもしておこうか」
親子のお父様は立ち上がり、荷台に置いてある荷物を下ろし始めました。
「お嬢さんの分も下ろして良いかな?」
なんと!
お父様は紳士であられました。
私は上品に微笑み、お礼を述べます。
「ありがとうございます。乗車した時は一人でしたから大変でしたので助かります」
荷造りが下手だった私は大荷物でランディウムへやって来ました。
この親子は途中の駅で乗車してきました。
「失礼でなければどちらから来られたのですか?」
「ええ、シミュレーからです」
「それはそれは……随分な長旅でしたね。この荷物だと旅行ではないようですな」
「この度晴れてランディウム市民になるのですよ。へへへ、楽しみで仕方ないんです」
私の満面の笑みを見て、お父様はご立派な口ひげをさすりながら微笑んでくれました。
彼ら親子は観光でランディウムへ来たということでした。
列車が速度を落として、終点駅であるランディウム駅へ入っていきます。
蒸気列車の甲高い鳴き声は耳障りで不快でした。
列車がホームに止まると親子たちは降りていきました。
私は落ち着いて最後の方でホームへ降り立ちました。
「んぁー。疲れたぁ……」
両手一杯の荷物をホームに置いて、私は思いっきり背を伸ばしました。
ずっと硬い座席の上で座っていたので体中が痛くてたまりません。
荷物を抱えてホームからターミナルへと歩いて行きました。
「うわぁ凄い人数。エーニャはどこかしら?」
ターミナルは列車を待つ人、見送りに来た人、出迎えに来た人であふれかえっていました。
私は柱にもたれかかって行き交う人々を注意深く見ました。
今日、この時間にランディウム駅に到着することは事前に手紙を送って知らせてあります。
一年早くランディウムへ旅立った私の良き友人、エーニャが迎えに来ているはずなのです。
しかし中々エーニャを見つけることが出来ません。
「もぉー。こうなったら……」
三十分程探しても友人が見つけることが出来ないので、私は少しだけイライラしてしまいました。
恥じらいをいとも簡単に捨てられることはママ譲りの特技であります。
「エーニャ! 何処にいるの? ウータがやって来ましたよぉ」
私は大声で叫んでみました。
周囲の人々が笑いながら通り過ぎて行きますが気になどしません。
どうせ明日以降には忘れているでしょうから。
何度か叫ぶと、人混みの中から懐かしい大声が聞こえてきました。
「ばっかぁっ! 恥ずかしいから止めなさいって!」
声がした方を見ると、人混みをかき分けて近づいて来る友人の顔がありました。
お父さん似のキリッとした性格の強さが滲み出ている顔、艶のある赤髪が伸びています。
髪の毛の長さが記憶と違いましたが、それはお互い様のはずです。
「エーニャ!」
「はぁい、久しぶりねウータ」
ようやく出会えた私たちは再会を喜んでハグしました。
エーニャの体から嗅いだことのない香水の香りがしました。
「なんか臭いわ」
私は正直に言いました。
エーニャとは思ったことを言い合える仲であります。
「はぁ……これ今ランディウムで流行っているんだけど」
「そう。素敵な香りね。私も買おうっと」
「おい、ざけんな。それより髪の毛……ずいぶんバッサリ切ったんだ」
エーニャは私の顔をじっと見つめて言いました。
私たちがこうして会うのは一年ぶりでした。
私はこれまで茶色の髪の毛をずっと肩より長く維持していました。
エーニャの記憶の中の私はもっと長髪だと思います。
今の私はいわゆるショートカットという髪型でした。
「せっかくの新生活だから。思いきってみたの。どう? 似合ってるかしら?」
「ええ。とっても素敵よ。たぶん……歩いていたら女装した男の子だと思われるわよ」
笑いながらエーニャは言いました。
もちろんそれは冗談であります。
こうした会話を私たちは田舎町シミュレーでずっとしてきました。
今日からはまた、大都会ランディウムですることになるのです。
「馬車を探しましょうか。荷物だけ下宿に運んで貰って、私たちはお茶でもしましょうよ」
私の荷物を半分持ってエーニャは歩き出しました。
吹き抜けのターミナルに秋を感じる風が吹き込んできます。
私はエーニャの横に並んでこれから始まる新生活を想像して心を弾ませました。
未解決事件、ボルガン=クロッチ殺害事件から約四年の年月が経ちました。
私ウータ=ヒンデミット。
この度ミシュレーからはるばるランディウムへ引っ越して来ました。
来月、九月よりランディウムタイムス新聞社の記者になります。
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