ランディウム警視庁シルヴァン警部とウータの魔法発現条件

 皆さんこんにちは。

 夢だった仕事にありつけたものの、日々罵られているウータです。

 

 「遅えぞ。一日の時間ってのは決まってるんだよ。さっさと歩け」

 

 石畳の歩道をブーツの靴底でしっかりと踏みしめ、私は大通りをせっせと歩いています。

 前を行くエックハルトさんは私に歩調を合わせるつもりなど皆無のようです。

 乙女に男性が手を取るのが紳士なのでは、と文句の一つでも言いたいのですがぐっと我慢して早歩きに変えました。

 

 文句の代わりに秘技、乙女のお願いをしてみることにします。

 

 「エックさん、あのぅ……馬車を使いませんかぁ?」

 

 「馬鹿かお前は。記者は足を使うんだ。靴を毎月二足は買い換えるんだよ」

 

 「そんな……」

 

 見事に撃沈であります。

 私がランディウムタイムス社で働き出して、二週目になりました。

 今朝は煉瓦造りの本社でエック斑の会議があり、終わるとすぐにエックさんは私を連れて外に出ました。

 行き先は王都ランディウムの治安を守っている場所であります。

 

 ルルデン王国王都ランディウムは縦長の楕円の形をしています。

 上、北の位置には宮殿や政府施設が集まっています。

 楕円の中に十字架を描いたように縦と横にメインストリートが走っています。

 その大通り同士がぶつかる辺り、そこら一帯が商業や金融の中心地で栄えていました。

 ランディウムタイムス社も中心地の外れにひっそりと佇んでいます。

 

 ランディウム警視庁は、北側エリアと中心地の中間くらいの場所にありました。

 

 「ちっ、やっぱ遅かったじゃねえか。見ろ最後尾だ」

 

 四階建てのランディウム警視庁の一階、広い玄関横の部屋に入るなりエックさんは悪態をついて見せました。

 部屋には人がたくさん集まっていました。

 長机と椅子がきれいに並べられており皆さん座っていらっしゃいます。

 煙草の煙が充満していて目が痛いです。

 

 「これ……皆さん記者なのですか?」

 

 「ああ。ライバル社の奴もいればフリーの記者もいるよ。月曜日の朝は警視庁の記者クラブで会見があるんだ。覚えておけ」

 

 「は、はい」

 

 私とエックさんは最後尾の空いている席に座りました。

 私たちを入れて二十人以上は集まっていました。

 確かに皆さん記者のようです。

 机の上に手帳とペンを置いていらっしゃいます。

 私も肩掛け鞄を下ろし、手帳を開いて置きました。

 

 「エックさんは鞄を持ち歩かないのですか?」

 

 スーツのズボンから手帳を取り出す姿を見ながら私は質問しました。

 

 「ん、ああ。いざって時に鞄なんざ持ってたら走れねえだろ」

 

 いざって時、がどんな時か私には分かりません。

 とりあえず優しく微笑んでみました。

 エックさんは私を無視して部屋の前方をじっと見ていました。

 

 やがて前方のドアが開き、それは目に焼き付く男性が登場しました。

 

 「やあやあ諸君。ご機嫌よう。相変わらず煙草くさいな。そんなに記者って仕事はストレスが貯まるのかい?」

 

 「あんた等よりはマシだよ」

 

 記者の一人の言葉にどっと笑いが起こりました。

 私は男性の容姿に目が釘付けになっていました。

 

 遠くからでも分かる端正な顔立ち。

 それを隠すかのように黒縁の眼鏡をかけています。

 女性のように長い髪の毛を後ろで一つにくくっていました。

 彼の髪の毛は銀髪であります。

 長身で、灰色のスーツをこの場の誰よりも着こなして直立しています。

 

 王子みたい。

 それが私の第一印象でした。

 

 「それでは定例会見を始めさせて貰うよ」

 

 銀髪の男性が警視庁の方というのは一目瞭然でした。

 記者クラブに向けてランディウムで起きた事件について語っていきました。

 

 「という訳で目下犯人グループを捜索中で……」

 

 「なんだよ。要は進捗なしってことじゃねえか……。おい、俺はちょっとトイレ行ってくるからお前が後は聞いておけ」

 

 「え、ちょっとエックさん……!?」

 

 会見の途中でエックさんは退室してしまいました。

 エックさんが立ち上がった時、銀髪の刑事さんはちらりと彼を見ていました。

 結局エックさんは会見が終わるまでには戻って来ませんでした。

 ぞろぞろと退室していく記者たちに流されてしまい、私は玄関ロビーの掲示板の前でエックさんを待つことにしました。

 警察署内をうろちょろするのも躊躇われたので、何となく掲示板に貼られたポスターやチラシを眺めます。

 

 『魔法研究会員募集中。君も歴史を学ぼう』

 

 『ルルデン劇団随時団員求む!』

 

 『夜の一人歩きにはご注意を』

 

 『ランディウム美術館よりお知らせ。サーボン展開催中』

 

 どれもカーボンペーパーを使った複製物のポスターやチラシでありました。

 試しに私は一枚のポスターに手を触れてみます。

 思った通り、当たり前ですが私の魔法は発動しません。

 ほっとしました。

 

 私の魔法、文字や絵から作者の声を聞き取る、は原本そのものでないと意味がありません。

 送られて来た手紙や、伝言を書いておいた紙きれに触れることで魔法が使えます。

 活版印刷技術を使って作られる新聞や本、この掲示板に貼られたようなポスターに触れたとて声は聞こえません。

 

 全てを手書きで作っていた時代に生まれなくて本当に良かった。

 私は心の底からそう思っています。

 意志の声が聞こえることは良いことばかりでは無いのですから。

 

 「演劇にご興味がお有りですか?」

 

 「きゃっ!?」

 

 突然背後から声が飛んで来て私は飛び跳ねるように驚いてしまいました。

 振り返って見ると、なんとあの銀長髪の刑事さんが立っておられました。

 

 「すみません、驚かせてしまったようですね」

 

 にこやかな笑顔を浮かべていて敵意はありませんよ、と手をひらひらと振って見せています。

 

 「すみません私、ぼけーっとしちゃってました」

 

 「そうですね。迷子の子どものような顔をしてましたよ。エックハルトと一緒にいた方ですね?」

 

 銀髪刑事さんは一歩前に出てきました。

 私と並ぶと彼の身長の高さが際立ってしまいます。

 爽やかな香水の香りがほんのりありました。

 

 「えっと……私、ウータ=ヒンデミットと申します。ランディウムタイムス社でエックさんの部下……です」

 

 「どうもウータさん。シルヴァンです。階級は警部あります。以後お見知りおきを」

 

 刑事さん、シルヴァン警部は私に握手を求めてきました。

 彼の手は女性のように綺麗で、爪まで手入れをしているようでした。

 彼は私の横に並び掲示板を見ました。

 

 「何を熱心に見ていたのですか? 魔法研究会にでも入りたいのですか?」

 

 「あ、いやそんなことないです。でも……良いのですか? 警察がこんな魔法に関するポスターを貼ってしまっても」

 

 私は思っていたことを聞いてみました。

 魔法使いは迫害されている存在です。

 

 「ふ、大丈夫ですよ。この団体は偏屈な学者の集まりでして。ただ魔法が支配していた時代の研究をしているだけです。王国に対する反逆意志など皆無です」

 

 「もしも……事件の犯人が魔法使いだった時は……裁判などしないのですよね?」

 

 「そうです。魔法摘発制度が優先されるはず……かな。私はまだそんな事例に出くわしていないものでね」

 

 シルヴァン警部は掲示板から目を移し、私の顔を見つめてきました。

 何故そんなことを聞くのか、といった風で私の真意を探っているように思えます。

 私は動揺しないよう気をつけて微笑んでみました。

 

 「素敵な笑顔ですよ。まるで太陽のようです。是非ともエックハルトを照らしてやって貰いたいです」

 

 そう言ってシルヴァン警部も微笑み返してきました。

 誰よりもコミュニケーションが取りやすい人だと思いました。

 もしかすると意図的にそうしていて、容疑者に口を割らす技術にしているのかもしれません。

 

 「シルヴァン警部はエックさんと仲がよろしいのですか?」

 

 私は彼の口ぶりからそのように感じていました。

 

 「ええ親友……とでも言っておきますか」

 

 驚きました。

 あんな無愛想の塊のようなエックさんに親友がいたとは。

 私が口を開けて固まっていると、またしても背後から声が飛んできました。

 

 「馬鹿言うなシルヴァン。悪友の間違いだろうが」

 

 エックさんです。

 彼は盛大に革靴の足音を鳴らして近づいて来ました。

 

 「酷いなエックハルト。せっかくウータ嬢に俺たちの絆を説明しようとしていたというのに」

 

 「エックさんおかえりなさい。えらく長いお手洗いでしたね」

 

 私が少し嫌味を言ってみると、エックさんは私の頭を叩きました。

 

 「トイレなんか嘘に決まってんだろ。こいつの話を聞く必要が無えって判断して散歩してたんだよ。丁度いい雑用係が出来たしな」

 

 「痛ぁい……女性を殴るなんて最低ですよ!」

 

 「そうだぞエックハルト。そんなんだから俺と違ってモテないんだ」

 

 「っち、お前ら気が合いそうじゃねえか」

 

 エックさんは私とシルヴァン警部を交互に見て言いました。

 シルヴァン警部はエックさんを放って、彼との関係を私に説明してくれました。

 

 エックさんとシルヴァン警部は子どもの頃からの幼なじみだというのです。

 私と友人エーニャのような関係のようです。

 

 「つまりは親友。そうだろエックハルト?」

 

 「だから悪友だ。親友なら喧嘩はしないだろ。俺たちがこれまで何回ぶつかってきたと思ってる?」

 

 「ふん、いつも三日もすれば元通りじゃないか。仲が良いほどぶつかり合うんだよ。俺と兄者の関係はお前も良く知っているだろ」

 

 「五歳の頃から一言も口を聞いて無いんだったけ?」

 

 「えっ!? そんな……」

 

 「おっと……ウータ嬢の前でする話では無かったですね」

 

 「別に構わないだろ」

 

 シルヴァン警部の告白に驚いている私にエックさんが教えてくれました。

 シルヴァン警部には二つ上のお兄様がいて赤子の頃から相性悪かったそうです。

 彼が五歳の時、兄弟はとうとう大喧嘩をしてしまい今日まで一切会話をしていないというのです。

 

 「お恥ずかしい話です」

 

 シルヴァン警部は短く一言だけ発しました。

 私は王子のような容姿をしているシルヴァン警部の人間らしい話を聞けて親近感が湧きました。

 完璧な人間などいないんだと改めて思えました。

 

 そして、彼のエピソードが私の頭の片隅にあるものを刺激していました。

 

 「エックさん、やっぱりあの双子も仲が悪いんですよ。目を合わしたくないくらい嫌い合っているんです」

 

 私はピンと来て、自信満々に言いました。

 

 「あん? ああ……あのシチリアの話か。なんだよ、まだ気になっているのか」

 

 エックさんの言葉に私は唖然としてしまいます。

 

 「何言っているんですかぁ!? エックさんが私にこの件追ってみろって言ったじゃないですかぁ!?」

 

 「あーそうだっけ? あん時、酔ってたからな。そうか。そうだったかもな。良いよ好きにしろ」

 

 「もうぅっ!」

 

 私は頬を膨らまして怒りを表現しました。

 

 「悪かったよ。すまん。適当なことは言わないように気をつける。でもな、仲が悪いんならなおさら同じ店には来ねえだろ」

 

 「あっ……」

 

 エックさんの指摘は同意するしかありませんでした。

 

 「おいおい何の話だ? 面白そうだな。俺にも聞かせろエックハルト。そうだな、一時間ばかしは大丈夫だろ。ウータ嬢、珈琲ハウスにでも行きませんか? 私がご馳走しますよ」

 

 「わぁ! ありがとうございます」

 

 「めんどくせえな……」

 

 「さあ行くぞエックハルト」

 

 シルヴァン警部はエックさんの肩を掴んで歩き出します。

 私も彼らの後に続きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

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皆さん、私が魔法使いであることは内緒にしてください! 新聞記者ウータの事件簿 雨水優 @you10628

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