7.修行は美味しく

「おわっ! っと、っと! ……これは、ナイフ?」

「正解だ。そいつで物を切るには、刀身に太陽神の加護を薄く纏わせる必要がある。分厚けりゃザクっといっちまうし、何より、途中で息切れしちまうはずさ」

「太陽神の加護を外に……。初めて聞く方法ですね」

「……繊細さと器用さ、集中力が肝要だぜ? あぁ、錆の匂いを食材に絶対うつすなよ。鉄くせぇメシなンざ食いたくねぇからよぉ。炭とは違って代わりはねぇんだ。慎重にな」


 力の強弱こそあれ、人は皆、生まれつき神の加護を持っている。

 種族によって異なり、ヒューマンは太陽神、ドワーフは地母神、エルフは風螺神、そして魔族は邪神といった具合だ。


「加護の応用を教えられる人間なんて、大陸にもそうはいねぇ。まずは一回、俺がやって見せて――……」

「こんな感じ……でしょうか?」


 アルクが手に持つ朱褐色の果物ナイフの刀身を、低空の三日月のような淡く黄色い光が覆った。


「ンなぁ!?」

「さっきの試合で、見せていただきましたから」

「ったく。才能ってのはいやになるぜ。……そいつを極めれば、木剣でも竜鱗を切れるようになるンだぜ」

「木剣……? そうか、聖剣!」

「そうだ。聖剣は世界樹の芯が素材だって話だからな。役に立つはずだぜ?」

「……」


 アルクは口を真一文字に結び、赤錆びまみれのナイフを凝視している。


「ムラが出ないように気をつけろよ。覆いの無いところに野菜が触っちまえば、錆の匂いが――……って、もう聞いてねぇか」


 手元に集中するアルクには、もはやグランのダミ声は届いていないようだ。


 加護やオーラの制御は高難易度。薄く纏わせるなら尚更だ。

 取りかかったばかりだというのにアルクの額にはもう、脂汗がにじみ出していた。


「せんせ、わたし、は?」

「ああ。舌を噛んじまいそうな名前の聖女様にはとっておきだ。よーく聞くんだぞ……マリアリア!」


 名前を呼ばれた秋桜色の聖女マリアリアは、両手の拳をぎゅっと握りしめて胸の前で構えた。


「ん!」


 ふんすと鼻息を荒く吐く様子は、気合いが外に漏れ出しているようで愛らしい。


「聖女って事はだ。マリアリアには当然、『眼』があるな?」

「うん、ある、よ。なんでも、みえる、の」

「俺の腰を視てくれたのも、その力か」

「とっても、痛そうだった、の。よかった、ね。せんせ」


 グランの腰をさすさすと撫でながら、マリアリアは満面の笑みを浮かべた。


「おうよ! おかげで絶好調だぜ! 今ならお前達三人にだって、指一本触れさせねぇ!」

「……ごめん、ね。せんせ。バビルス、さんに、きいてた、の。せんせ、の、じゃくてん」

「知ってるぜ。だが、気にする必要はねぇ。敵の情報収集も、弱点を突くのも戦士には必須のスキルだからよぉ」

「わたし、ね。まだ上手じゃない、の。うーんと近づかないと、みえない、から」


 修行を終えた聖職者には、真実を見通す『眼』があるといわれている。

 人の欲望や心理、言葉の真偽はもちろん体内をめぐる魔力や加護、果ては作物や食肉の栄養素といった、視覚化ができないものまで見通せるというのだ。


 その特性ゆえ、国の重要な審理では、聖職者が最終的な判断を下す。

 『眼』の使用には、限りある神聖力を多量に消費するし、人の欲望や悪意に常に触れているなど、常人に耐えられるものではない。ほとんどの聖職者は「正当」な「寄付」を得た時にしか『眼』を使わず、一度使えば一年は休暇を取るという。


 『眼』を使っていることが平常運転の聖女マリアリアは、感受性が強すぎる。

 口下手で感情の浮き沈みが少ないのも、自己防衛本能によるものだ。


「さっきも言ったが、メシはすべての礎だ。技術はまだまだだが、お前ら三人のポテンシャルはすげぇ。つまり、最上の素材を選んで、体力と魔力、精神を整えて毎日の訓練に臨む必要がある……わかるな?」

「うん! わたし、ね。ごはん、すきだ、よ」

「よぉし! ならば、マリアリアには食材の目利きをしてもらおう! すっげぇ罰が当たりそうな話をしているとは思うんだが……。確か、神官は肉食オッケーだよな?」

「うん。司教ちゃん、ね。お酒もお肉も、大好き、なんだ」

「……司教、ちゃん!? お、おう。そいつぁいい。安心したぜ」


 グランは、ほっと胸をなで下ろ……した。


「この家の地下には、どでかい氷室があってな。俺様が仕留めた、熟成真っ最中の鳥がずらっと並んでるのさ。そこで、だ。マリアリアのお『眼』鏡にかなう極上のものを二つ、選んできて欲しい」

「鳥さん? わたし、ね。初めて、たべる、よ!」

「そうかいそうかい。めちゃくちゃうまいぜ? ついでに、棚からハーブも探してもらおう。今日の料理に使うのは時草タイム薔薇草ローズマリー紫草セージの三種類だ」

「どれも、見たことない、よ?」


 棚にずらりと並ぶ、香辛料の入った瓶。素人目には、どれも同じに見える。

 マリアリアはぐるぐると眼を回していた。


「俺の心と食材をマリアリアの『眼』でよーく見れば分かるはずさ。食事ってのは、魔力や体力、活力の源だ。適切な料理は、病気だって吹っ飛ばしちまう!」

「すごい、ね」

「食材の品質は勿論だが、仲間や自分自身に何が必要なのか、しっかり観察して選ぶんだ。いいな?」

「うん! わたし、がんばる!」


 早速あらゆる角度からじろじろと、翡翠色の真ん丸な目で凝視されるグラン。

 それも、歴代最高の神聖力を持つと言われる聖女マリアリアの『眼』だ。心の内の内まで覗かれているようで、身の毛がよだつ。


「まな板の上の魚ってのは、こういう気分のなのかもなぁ……」


 グランは後ろ首に手を添え、眉をひそめるのだった。

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