6.はじめての共同作業
一目で、グランの料理に対するこだわりが分かる空間だ。
何段もある作り付けの棚には、色とりどりのハーブや香辛料が込められた瓶がずらり。
壁のフックにはスキレットや調理道具が隙間無くぶら下がっており、部屋のサイズは不釣り合いに大きい調理台の天板は、こだわりのヒバ。
その片隅には、同じ木材を柄に使った用途別の包丁が、几帳面に包丁スタンドに収められていた。
「まずは魔法使い……なんていったか? あぁ、確か……ロクシオ!」
グランは、挟んで向かいに立つとんがり帽子の魔法使い――ロクシオ――の漆黒の瞳を、真っ直ぐに見つめて声を張った。
「……は、はい」
慣れない呼び捨て。加え、「黒眼と目が合うと呪われる」という風説を気にするロクシオは、これまで人とまともに目を合わせたことがない。
そんなロクシオにとって、グランの声と眼差しは、二連撃の強烈な不意打ちである。
彼女は頬を染めて目を逸らし、知らずにもじもじと、腹の前で人差し指の腹を摺り合わせていた。
「あぁ? 顔が赤いが、熱でもあんのかぁ? ロクシオ」
額に伸びるグランの手を反射的に払い、ロクシオは切り返す。
「だ、大丈夫よ! ほら、グラン師、私に課題があるんでしょ? それを早く出しなさいよ! 一瞬で終わらせて、私の実力を理解させてあげるわ!」
「くっく……。そっちの方がらしいぜ、ロクシオ。ああ、課題だったな。ロクシオには、さっきの手合わせで俺様の美しいケツに火をつけた魔法を使ってもらう」
「火魔法ですって!? そんなの今更ね。私の、一番の得意魔法なんだから」
ロクシオは、すんと鼻を鳴らした。
「知ってるさ。さっきも妙に乱発してやがったからな。課題は、火魔法を使って、たっぷりと炭を熾す事だ」
「炭ってあの、黒い……?」
「それ以外にあるか? 炭は、納屋の木箱に入ってる。俺が冬に焼いた、樫の上物だ。モノが悪いって言い訳は通用しねぇぜ」
「ふぅん……。残念だけど、私には炭の違いなんか分からないわ。だけどグラン師、私の火魔法で炭に火を付けるなんて無理よ。強力過ぎて、全部灰になっちゃうわ」
夜の闇よりも深い黒の長髪を掻き上げ、ロクシオは堂々と言い放つ。
「それだ。俺は見抜いてたんだぜ? ロクシオ、お前は魔法の出力コントロールが苦手……いや、それどころか、全く出来ないって事をな」
グランは、そんなロクシオの鼻先に人差し指を突きつけた。
「な、何がおかしいのよ! 魔法は常に全出力でぶっ放すものでしょ! 私が魔法で華麗に魔王を倒すのよ! 制御の必要なんて少しも無いわ!」
「はっは! なぁるほどな。ギルドやローグが、お前の訓練を俺に投げやがったワケもわかるぜ」
「グラン師!? おじいさまを知っているの?」
「ああ。昔な、一緒に組んでやんちゃしたもんさ。ローグのジジイ、年甲斐もなく無茶苦茶しやがるんだぜ。何度ケツを拭ってやったかわからねぇ」
仲間の名を出せば、駆け出しの頃の記憶が蘇る。
グランは口元に手をあて、愉悦に笑った。
「その話、面白そうね。また今度聞かせなさい」
「いいぜ。なら約束だ、ロクシオ。お前が魔力の制御を覚えて、一端の魔法使いになったら、奴の失敗談を嫌というほど聞かせてやる」
「……何だってやるわ」
「その意気だぜ。いいかァ? 炭を灰にしない程度に出力を制御するんだ。お前だって知ってンだろ? 魔力は全開にするのが一番簡単だってことくらいな」
「むぅうう……」
図星を指されたロクシオは、口を真一文字に結び、ぱたぱたと可愛らしく地団駄を踏んだ。
尖った耳先まで真っ赤に染めて。
「そう気負うな。失敗しても構わねぇ。灰は灰で、畑の肥やしになるンだ。失敗なんてこれっぽっちも恐れず、思い切ってやればいい。何度でもだ」
「きっと、家まで燃えちゃうわ……」
「かっか! 安心しな。外に地獄の煉獄にも耐える赤熱煉瓦で組んだ、俺様特製のファイヤーピットがあるンだ。そこで思う存分ぶっ放せばいい!」
「……そう。だったら天才の私には簡単なことよ。一発で決めてやるわ」
「そうかいそうかい。期待してるぜ、ロクシオよぉ!」
挑発的なグランの言葉に一瞬顔をしかめるロクシオ。
納屋の位置を確認し、両手に樫の長杖を。防寒と耐火の魔法術式が刻まれた群青のローブを羽織って、無言のまま家の外へと飛び出していった。
「ロクちゃん、すなお。あんなの、はじめて、ね。アル君?」
「うん。驚いたよ。言い方一つでああも変わるのか」
「ンな難しい事じゃねぇ。単に腹が減ってるってことさ! よーし……次は王子様、アルクに課題だ」
「待ってました! 先生、よろしくお願いします!」
調理台に両手を突き、ぐいっと身体を乗り出すアルク。
揺らめくランプの下にあっても映えるその空色の瞳からは、「生きる」という強力な意志が伝わってくる。
「なるほど、『勇者』……か。いい目をしてやがる。よぉし、アルク! てめぇには
「えぇ!? 野菜の皮を剥くだけ……ですか?」
「かっか! ンなわけねぇだろぉ! 課題だって言ったろ? ……だが、こいつを使ってもらう」
グランは、触れただけでぱらぱら砕ける赤サビの塊を、ゴミ箱から取り出す。
「――いい具合だ」
ふっと息を吹きかけて付着した埃だけ飛ばすと、無造作にその塊をアルクに向かって放り投げた。
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