5.小さな猛獣
「ねえ、グラン師? この剣、魔銀製よね。それも、かなりの純度とみるわ」
続くのは、知らぬ間に部屋の奥へと入っていたロクシオ。
壁に立てかけてある大剣の材質をノックして確かめていたらしい。
「……ご明察。そいつぁ、俺の家門、クルス家に代々伝わる家宝なンだ」
「ふぅん。これが家宝、ね」
「森を溶かしまくってた呪竜を切ったときに呪われちまってな。今じゃあ紙すら切れないナマクラさ。溶かせば少しは金になるって、何度も言われたが……どうにも踏ん切りがつかなくてな」
グランはロクシオの隣に腰を落とし、慈しむように大剣の腹を撫でた。
「魔道具店には?」
「もちろん行ったさ。だが、どいつも匙を投げた。魔法特性に損傷はなく、修理は鍛冶屋の領分だってな。ンな訳あるかってンだ! 鍛冶は、オレ達ドワーフの専売特許だぜ!」
「わかるわ。王都には、詐欺師みたいな魔道具店しかないもの」
「言うじゃねぇか。ひよっこが」
「どうかしら?」
ロクシオは袖口から短い杖を取り出し、不敵な笑みを浮かべた。
「呪われているのは、中に埋め込まれている朱のオーブで間違い無いわ」
「オーブだァ? なるほど、重心が若干前に寄っているのは、そいつの影響ってわけか。業物だってのに、妙だと思っていたンだ」
「重さで気付くだなんて……。それなりに実力はあるみたいね」
ロクシオは大剣に向かって杖を向け、呪文を紡ぎ始めた。
ヴェールを剥がすように黒い靄が立ち昇り、やがて魔銀の分厚い刃が透けていく。
刃先の内側に、確かに朱色のオーブが存在した。
「おぉ!」
得意気な笑みを浮かべたロクシオが、くるりと杖を回す。
術式がオーブの周りに円環を成すと、それを覆う黒い衣が剥がれ落ちた。
「――終わり。ほら、これが本当にナマクラかどうか、試してみなさい」
ロクシオの魔法で浮かび上がった大剣。
吸い込まれるようにそのグリップが、ゆっくりとグランの両手に収まっていく。
「手に馴染む……。前に持ったときは、力を吸い取られる感じがしたが……。まさか――」
足早に外へ出るとグランは、剣を下段に構えた。
確かめるように、軽く一振り。
刀身から剣閃が波状に放たれ、遙か遠くの大木を一刀両断した。
「こいつァいい! 完全に性能が戻ってやがるぜ。いや、呪竜を倒したとき以上じゃねぇか!」
天頂の満月を眺めながら、家宝の大剣を背に収めるグラン。
ガラガラという明るい笑い声が、夜空に響いた。
「もう一度お願いします、グラン先生。僕達を先生の弟子にして下さい」
「おねがい、せんせ」
「頭を下げるのなんて、これで最後よ」
力は、可能性は示した。
再びグランの前で横並びになると、三人は背筋を伸ばし、深々と頭を下げた。
一分が経ち、二分、三分。
高飛車なロクシオでさえ微動だにせず、ただグランの返答を待っている。
忙しなく顎髭を撫で、グランは逡巡していた。
三人には、大きすぎる借りが出来た。志だって立派だし、境遇にも共感できる。自身もドワーフであり、迫害されて生きてきた。
しかし、ここで弟子入りに応じることは、彼らを死地に送る決断に他ならない。
北大陸の恐ろしさを、グランは他の誰よりも知っているのだから。
「……よし」
ほうほうというフクロウの鳴き声をきっかけに、グランはゆっくりと口を開いた。
固辞の意を、決したのだ。
『ぎゅるるうるる……――!!』
が、ひどく間抜けな幼魔獣――腹の虫――のうなり声によって、その決心はひっくり返ってしまう。
咄嗟に顔を上げた三人の反応は様々だ。
片目を閉じて右手で後頭部を掻くアルク。
赤らむ頬に両手で風を送って、誤魔化そうとするロクシオ。
マリアリアはただでさえ締まりの無い顔を、へろりと溶かしていた。
「ば、バッカヤロウ! 食事を疎かにするとは、戦士としては三流以下だろぉ!!」
グランは声を荒げた。今日一番に。
「全員華奢なワケだぜ……。ったく! 死にに行く戦士は見過ごすが、腹を空かせたガキは放っておけねぇんだよ、俺は」
「先生、それじゃあ――」
「……け、計算通りよ。当然の帰結ね」
「いいの、せんせ?」
「最初の教えだ、よく聞け!」
グランは人差し指をぴっと立て、力強く言い放った。
「筋力も体力も、技術も精神も魔力も一切合切! 美味いメシと十分な睡眠から始まるンだ! 腹一杯食って、気が済むまで寝て、ぶっ倒れるまで訓練! ンで、腹一杯食ってまた泥のように眠る! それが俺のやり方だ!」
試すような目で三人を見据え、続ける。
「俺の弟子になるからには、身分もクソも関係ねぇぞ! 大部屋に雑魚寝して、鍋からメシをかっ喰らう。……坊ちゃん嬢ちゃんに出来るかァ? 嫌ならとっとと帰りっちまえ!」
「そ、そんなのって……」
アルクの目が潤む。
そら見た事かと、したり顔のグランが口を開こうとするが――
「最っっ高じゃないですか! 憧れの生活ですよ!!」
「いっぱい、寝られる、の?」
「ふぅん。なかなか魅力的じゃない」
グランの予想に反して、そこにあったのは今日一番で輝く六つの瞳。
どれもこれも、一点の曇りもない。
「ちっ! どこまでも変なヤツらだぜ」
とうとう観念したグランはたっぷりと息を吐き、首をゆっくりと左右に振った。
「これも、何かの縁……ってか」
呟き、続ける。
「俺を倒すまで、北大陸には行かせねぇ。それだけは絶対だ」
グランは、真剣な眼差しで三人を見つめた。
「絶対に、絶対に達成してみせるわ」
怖じ気づく者など、誰も居ない。
「ったく。いい根性してやがるぜ。……さぁ、中に入るぞ。今のお前達にぴったりの訓練があるんだ」
警戒を解いて見せる背中越しに聞こえる、賑やかな子ども達の声。
ささやかな空気の揺らぎが、何だかこそばゆい。
長く、並び立つ者が居ないグランにとってそれは、懐かしい感覚だった。
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