第7話 名付けの責任(イケメン視点)
「そりゃあ、拾ったもんに名前をつけるのは当たり前だろ」
「当たり前、なのか?」
魔獣肉を買い取ってくれる肉屋の親父が、肉の状態を確かめながら言う。
考え事をしながら猟っていたらいつもより多く捕れてしまったのをボヤいたら、相談に乗ってくれるというから話して今に至る。
「何を拾ったのか知らねぇが、生き物だったら名前をつければ愛着が湧くだろうし、自分がつけた名前を呼んだら寄ってくるんだぞ。可愛いじゃねぇか」
それにな、と続く。
「何者か分からないものに名前をつけることで、その存在をこの世に確定させる意味合いもある。魔獣でもなんだって、名もなきものは得体が知れないから怖いんだろう? だが、名付けてあれはこういうものだと定義すれば、少しはマシになる。名前のないもの、目に見えないもの、知らないものを大抵のやつは恐れるんだよ」
「そういうものか」
「なんだ、拾ったもんに名前もつけず、側に置いてたのか?」
「まぁ、必要なかったからな」
お互いに相手をするのが一人で、たまにもう一人増えるくらいの生活だ。名前がなくても問題はなかった。
だが、肉屋の親父から提供された情報を考えると、俺はあいつをこの世に確定させるのが嫌だったのかもしれない。
この世の理から外れた存在で、この世の外からやってきたものだ。得体が知れない者である。報告の義務があるけれど、したくないから無視をして、名前をつけずに保護をした。
名前がなく、まだこの世に確定していないから報告義務もない。そんなふうに、心のどこかで思っていたのかもしれなかった。
名付けて存在を確定させた瞬間から、俺には責任が生じる。今だって、保護した責任くらいは感じているが、それとはまた別の責任だ。
むぅ、と考え込んでいると、厳つく悪人面と言われる顔を綻ばせながら、肉屋の親父は言う。
「初めて人の親になるような反応だな」
「そんな予定はないが」
あってたまるか。基本的に人との関わり合いが煩わしくて、怖がって誰も来ない魔獣の住処付近に家を構えているというのに。
あぁ、でもアイツとの暮らしは悪くない。一緒にいても不快感がないやつは珍しい。
人の親になる予定はないが、確かにアイツはまだ子どもだ。けれど、子育てしてる感じはない。記憶はないと言いつつも、自分のことは自分でできるし、家事も問題ないのだ。
「名前か、どうしたもんか」
「ペットなんかだと食べ物の名前をつけるやつも多いがなぁ」
「――食うのか?」
「食わねぇよ! ほら、お菓子なんかを食べると幸せな気持ちになったりするだろ。ふわふわだからとか甘そうだからとか。そこから連想するんだろうなぁ」
なるほど。そういう付け方もあるのか。
肉屋の親父が言うには、同じような感覚で花の名前をつけたり、季節の名前をつけたりとあるらしい。名前をつけたことなどないから、そのような付け方があるのを知らなかった。
「まぁ、変な名前をつけると後々後悔することになるから、よく考えるんだな」
「責任重大だな」
違いねぇ、と豪快に笑う親父から硬貨の入った袋をもらい店を後にした。
話を聞けば聞くほど名付けとはこんなに難しいものなのか、と頭を抱える。関連するものをと考えても、あまり良いものが考えつかない。
出会ったときのことを思い返しても、脳裏に触手しか出てこない。だからといって、触手の名前をつければとても嫌な顔をして、最終的には泣かれると思う。
何か良いものはないものか。
ふと、空を見あげればそこには黄色い月がある。それを美味そうだなと思ったのは、ついこの間のことだ。今まではそんなことを思ったことはなかったが、アイツの作った目玉焼きというものが美味くて、ふと見上げた月がそれに似ていると思って声に出た。
「ツキ」
悪くないのではないか。
一人で暮らしていたときよりも、快適な生活が送れている今。暗くどんよりとした家を、じんわりと照らす月のようでもある。しかも、呼びやすい。
名付けて縛り付けてしまうことにまだ躊躇いはあるが、思いついた名前は悪くないと思う。
理由を聞かれたら、適当に誤魔化そう。家を明るく照らすようだなんて言ったら、しばらく揶揄われるに違いない。
俺は少しだけ軽くなった心と体で、家へと急ぐのだった。
イケメンと僕の食事事情 黒鉦サクヤ @neko39
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