第3話 異世界闇鍋パーティー

 この世界に少年として転生してから一ヶ月ほど経つと、触手ヌードルの見目のヤバさにも味にも慣れてしまった。あいつらは、熱湯かけるとおとなしくなる。これ、大事。見た目はだいぶ駄目な感じだけど、食べると美味しいので栄養のために食べますとも!


 僕はこの世界に来てから、精神的にとても鍛えられたと思う。触手エンドを迎えるところをイケメンに助けられたってところだけでもすごいけど、食生活のヤバさに順応してしまってるところもすごいと思う。イケメンよ、食生活がヤバい人だって思ってごめん。これは、この世界の食材が駄目だった。


 そして、そんなイケメンとの共同生活も特に問題なく過ごしている。食料調達はイケメンがしてくれるので、僕はイケメンが苦手らしい掃除洗濯料理などの家事をこなす。腐敗した家の中も気合いを入れて片付けたし、背が低いこと以外は家事をするのに不自由はない。水は遠くに汲みにいかなきゃいけないのかなと思ったけど、魔導具というものが日常生活を支えていて、蛇口をひねれば水が出る。基本的に僕が暮らしていた世界とあまりが変わりない。魔法を使えたり、触手が襲ってきたりするけどね!



「ハァイ、鍋パーティーしましょ」


 ある日、そう言いながら訪ねてきたのは、転生前の言い方だと真っ赤な髪をドレッドヘアにした、ノリの良いラテン系の性別は男のお姉さんだ。食生活が残念なイケメンの友達である。顔が整ってて綺麗だから、女の人にしては少し低い声を聞くまではイケメンの彼女が来たと思った。そのスタイルが似合ってるし良い人なんだけど、イケメンの彼氏でも彼女でもないらしい。イケメン、あの顔でずっと独り身なんだって。まあ、ゲテモノ食いだし僕が通された部屋以外、家の中ぐっちゃぐちゃだったもんな。僕ぐらいじゃないと、あの状態の家に一緒に住んだりしないよな、きっと。

 そうそう。この間、初めてお姉さんが訪ねてきたときは、可愛いってもみくちゃにされて大変だった。でも、食べるものだけじゃなく、着るものにも無頓着なイケメンよりも頼りになる。替えの服や下着なんかもぜんぶ用意してくれた。ぼくがもっとまともにこの世界で生きられるようになったら、必ずお礼するからね!


 ただ、この人も残念イケメンの仲間なので、食材に関しては信用してない。

 以前、これ美味しいのよ、とゼラチン状のものに包まれた食べものを渡されたんだけど、でっかいカエルの卵にしか見えなかった。中でも、卵の中にいる奴と何度も目が合ったのは、気づかなかったことにしたいナンバーワンだ。あれは怖かった。でも、美味しいのがとても悔しい。見た目はどう見ても食材じゃないのに、絶品なのはずるい。だって、甘すぎず爽やかで風味の良い、高級ゼリーのような味がしたんだ。動いてるのを見てしまったから、スプーンをいれるのにとても勇気が必要だったけど。



 そんなわけで、僕は鍋パーティーと聞いても期待値低めで、ヤッター、と棒読みで呟いておく。だって、締めはこれよねー、って鍋に触手突っ込まれそうだし。僕は学習したんだ。この世界の食生活、味はともかく見た目に期待しちゃだめだ。

 軽く現実逃避していると、お姉さんにイケメンの所在を聞かれる。


「あ、さっき肉が食いたいなって出ていったから、肉を調達しに行ったと思う」

「よし、頼もうと思ってたから好都合。じゃあ、肉はあいつに任せて、私たちは他の具材を用意しましょ」


 まぁ、肉って言っても魔物の肉なんだけどね。でも処理の仕方で肉の味と体内に残る魔力量が変わるのか、買ってきたものとは雲泥の差だ。イケメンの持ってくる肉が一番美味しいので、肉に関しては心配していない。あと、元がどんな魔物なのかは聞かないことにしている。知らないほうがいいことも、世の中にはあるよね。



 さて、お姉さんが持ってきた具材は、とかごの蓋を開け、中身を確認して僕はそっと蓋をしめた。

 普段見てる怪しげな食材に輪をかけて怪しそうなものが入っている。モゾモゾと動く根っこは、かの有名なマンドラゴラじゃないんですか?

 なんか色々と無造作に突っ込んであるけどいいの、それ。百歩譲って栄養価も高いって聞くから食べるのはいいけど、マンドラゴラは動かない状態にして持ってきてほしい。触手もだけど、鍋から脱走するような食材は勘弁して。

 転生前の世界にもあった闇鍋。それをも超える闇鍋パーティーが、僕の目の前で開催されようとしていた。


 しかし、居候である僕に拒否権はないので、『具材』だと持ち込まれたものを、無言で鍋に突っ込んでいる。具材というからにはすべて食べられるはずなんだけど、活きが良いからなのか目が合ったり、腕に巻き付いてきたりするのをやめてほしい。もう、鍋に入れている時点で心が折れそうだ。

 それでもめげずに突っ込んでいると、イケメンが肉を片手に帰ってきた。変なものが集まる鍋の中身だけど、流石に肉はいつものだよね、って思ったら、今日に限って現物まんまを持ち帰ってきた。おぉう、なにその七色に光る肌を持つ赤子に見えるなにか。


「それ、なに? さらってきたの?」

「獲った。こいつは骨が軟骨だから丸ごとぜんぶ食えるぞ」

「え、人の子じゃ……」

「七色の肌だが」


 いや、それは分かる。分かるけど、見た目が赤子なんだよ、それ。せめて分からないようにして持ってきてほしかった。


「……よし、調理は任せた」

「ぶつ切りにするだけだが、まぁいい。魔物の中でも高級の部類だぞ、こいつは」

「そうねぇ。街で売れば良い値がつくわね。でーもー! 今日は私たちでいただきましょ!」


 とろとろして美味しいのよねー、と盛り上がるお姉さんとイケメンにそれは任せて、僕はせっせと葉物を入れていく。

 考えたら負けだ。見た目グロテスクな闇鍋も、最高に美味しいものに違いないのだから。味覚だけは確かなんだよな、あの人たち。



 まともな見た目の食事を作りたくても、具材が怪しいものばかりなので今ある僕の技術ではどうにもならない。見た目に完璧さは求めないって決めたけど、やはり前世の見た目も味も美味しい食事が恋しい。もう少し月日が経てば、見目の良い料理を作れるようになるだろうか。


 そんなことを思いつつ、出来上がった鍋を三人で囲む。出汁も出てて、とても美味しい。最高の出来だ、と言うお姉さんの言葉に大きく頷く。

 ただ、大きな目玉がこっち見てたり、タコ足吸盤の目玉版でビッチリ目玉が付いてるようなやつがなければ、少しは落ち着いて食べられると思う。すんごい見られてるんだけど、あの目玉はまるごと食えるっていう魔物のものかなぁ?

 あまりにも怖いので、こっそりイケメンの器に入れておいた。何も言われなかったから、きっと大丈夫。美味しいと思うよ!


 予想通り、最後の締めはこれ、と触手を鍋にぶち込んでいるところへ、疑問を投げかける。


「ねぇ、一度聞いてみたかったんだけど、見た目が不気味な素材まんまじゃない食材ってあるの?」

「あるわよ」

「あるな」


 二人同時に声を揃えて言う。

 なんですと? それなら、なんでそういうものを僕は見たことがないんだろう。ここに来てからの食事で、そんなものはなかった。やっぱり、このゲテモノマニアな二人の好み?


「街では素材を魔法で加工して色を変えたり、可愛い形にしたりする魔法調理が流行ってるけど、アレってあんまり美味しくないのよね」

「不要な魔力が混ざって不味くなる」


 あぁ、無理な加工を施すと、不味くなるパターンか。

 この二人が作る料理は、見た目の良さと味の良さを天秤にかけて、味の良さをとったということか。


「ねぇ、それってプロの作る料理も美味しくないの?」

「不味いな。家で作る触手ヌードルの方が美味いぞ」


 そのレベルで不味いのは嫌だな。どうやら僕も二人に染まってきたみたいだ。見目と味なら味をとってしまう。

 いつか見目も味も良い料理を作りたいという僕の夢は、儚く消えた。プロでも不味い魔法調理に、素人が手を出しちゃいけない。転生チートなんてものは僕にないので、口に入るものは美味しければいいことにしよう。

 でも、やっぱり慣れはしたけれど見た目がよくないんだよね、触手ヌードル。自分の器に盛られたそれを眺め、僕はこっそり溜息を吐くのだった。

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