第2話 同居人を拾った(イケメン視点)

 アイツ、変態か?

 それが少年に対する第一印象だった。触手の森に一人でぼんやりとしているなんて、それ以外に考えられない。

 あっという間に獲物を取り囲み、そのまま食料にされたり、獲物を弄んだりと容赦ないのが触手だ。そんなの子供でも知っている。だから、ここへ来るのはある程度戦闘のできる者でなければ危険なのだ。

 だが、目の前にいる少年が戦えるとは到底思えない。今だって、先程より意識はしっかりしたようだが、ここがどこだか分からないのか、焦ったように辺りを見渡し始めたのだ。触手が近づいて来ているのにも気づいていない。

 面倒だ、と思った。このまま立ち去れば、その面倒事に巻き込まれないで済む。自分は善人ではないと思うし、他人と関わるのが嫌でこんな辺鄙な場所に居る。けれど、子どもを見捨てるのは違うと思った。誰かに置き去りにされたのかもしれないし、何かとんでもないことに巻き込まれ困っているのかもしれない。

 そう考えるとそのまま去ることもできずに、樹上から少年を眺めていた。助けを求めるようなら、その後のことまでは保証できないが、この森からは助け出してやろうと。

 ようやく少年は触手に気づいたのか、助けを求めるようにあちこちに視線を向けた。背後にいる俺の存在には気づいていないようだ。


「だ、誰かたすけ……」


 助けを求める声が上がる。俺は状況把握までだいぶ時間がかかったなと思いながら、おい、と怠そうに声をかけた。助けようという気持ちが働いただけでも良しとしてほしい。本当は人助けなんて面倒なことするような人物じゃないんだ、俺は。


「オマエ、何者?」

「分かんない」


 半泣きの状態で助けを求めてきたそいつは、腰が抜けてるようで動けない。これは抱えていくしかないな、とため息を吐きつつ弓を構えた。

 幹にでかい牙付きの口があるが、あの触手はそんなに強くない。ほんの少しの魔力を込めて、幹の開いた口を狙う。あまり魔力を使いすぎると、食材が不味くなるしな。面倒だから少年を助けるついでに、食料調達もしてしまおう。俺はここに食料調達へ来たのだから。

 矢は命中し触手の動きが止まる。

 大喜びした少年が思いつく限りの言葉で感謝を伝えてくるが、オマエはもう少し周りをよく見ろ。触手に囲まれてるぞ。

 やはり子供だなと首を左右に振り、少年の背後を指差してやる。表情を固めた少年は、錆びついた扉のようにゆっくりと振り返り動きを止めた。十体ほどの触手に囲まれてるからな。まぁ、そうなるよな。

 悲痛な声で助けを求めた少年はそのまま気絶する。やっぱり抱えていくしかないのか、と俺は諦めて樹上から少年の元に飛び降りた。



 助けた少年を抱え、食料となる触手もしっかりと持ちながら帰宅する。

 触手の森から少し離れた場所にある丘の上。そこに俺の家がある。たまにはぐれの魔獣が出るが、魔獣の大きな群れに遭遇しない限り負ける気はしないのと、人付き合いが面倒で人の寄り付かない場所に家を建てた。やってくるのは単独で魔獣を狩ることができるような物好きだけだ。

 俺は扉を開けてから、そういえば、と家の惨状を思い出した。

 人が寄り付かない。それは人を雇うことができないということでもあり、家事全般が不得意である俺の家は壊滅していた。確か、来客用にと一部屋だけ物を突っ込んでいないところがあったはずだ。床にある物を踏み越え、奥にある部屋へと向かう。

 扉を開けると、床に積もった埃が扉の通った形通りに弧を描く。ほんの少しだけ考えたが、他の部屋よりはマシだろう。一度ここを使おうとした数少ない俺の友人は見た瞬間に、絶対寝ないわこんな部屋、と真夜中に森を抜け帰っていった。そこまで嫌か、このベッド。まぁ、今はここしか寝る場所がないのだから仕方がない。

 ベッドにかけてあった布を剥ぎ、窓を開けて枕や布団の埃を叩く。目の前が真っ白になるほどの埃が舞ったが、きっと大丈夫だ。触手の森で食われるよりマシなはずだ。

 少年を抱えたままこの動作をやってのけた俺は、気絶したままの少年をベッドに横たえた。

 助けたときはよく見ていなかったのとうす暗かったのもあって、濃い茶色だと思った髪は紫紺だった。これは面倒だと思う。実家にあった書物には、紫紺の髪を持つ者は跳ぶ者だと書いてあった。跳ぶ者とは、他の世界から垣根を跳びやってくるのだという。こことは違う常識を持ちやってくると言われている。

 確か見つけたら国に報告の義務があったようだったが、俺は面倒事から逃げてここに来た。わざわざそこに戻るなんて選択肢はない。

 けれど、少年が行きたいというのならば段取りだけはしてやってもいい。俺は絶対に行かないが。

 まぁ起きたら詳しい話を聞けばいいか、と俺は部屋を後にした。


 乱雑にものが散らばった廊下を越え、かろうじて空いている場所のある空間で箱を開ける。魔法で封をした箱から取り出すのは、先程狩った触手だ。

 口を射抜くと幹の部分は動かなくなるが、触手部分は別なのか切りとっても動くのだ。細い部分だけを切り、それを箱に入れて魔法で封をした状態で持ち帰る。ロープで縛っただけでは、動きを止めることができないからだ。

 魔力を使ってお湯を沸かし、それと固形スープを器に注ぎ、そこへ食べやすい長さに切った触手を突っ込み蓋をしめる。びちびちと蠢く緑色の触手は、熱湯に入れると動かなくなるのだ。植物だけに熱には弱いのだろう。

 ここで触手は主食になる。栄養価が高く味も癖がなくどんなスープに入れても美味い。街で売っている触手より、自分で狩ったものの方が美味いので俺は自分で狩る。

 冒険者が狩るときに、全力で魔力を注ぎ込むのが不味くなる原因だと思う。他人の魔力は基本的に不味いのだ。だが、駆け出しの冒険者や力量不足の者が狩るには少しばかり触手が強いため、どうしても戦力不足を補うために魔力を全力で使ってしまうのだろう。それが分かっていても駆け出し時期の収入源として丁度いいため、熟練者たちは駆け出しの者たちにその仕事を任せているのだ。

 そんなことを考えているうちに、器の中で蠢いていた触手がおとなしくなった。おそらく煮えたのだろう。そこへ干した肉を入れ、また蓋をしめる。肉がスープを吸って柔らかくなれば出来上がりだ。

 その時、少年を寝かせてきた部屋の方で音がした。目覚めたのかもしれない。迎えに行くか、と面倒くさがりの俺にしては珍しくすんなりと腰を上げた。


 扉を開けると、少年が驚いた表情で俺を見上げる。

 寝乱れている紫紺の髪に、タレ目は薄紫で澄んでいる。その表情は喜びに溢れていて、それでなくても華奢で背が低めなこともありすでに年齢よりも幼く見えていそうなのに、更に幼さが増す。

 素朴な雰囲気だが、髪色と目がそれを許さない。目を引かれる子どもだった。


 なんだ、目が覚めたのか、と言えば、少年は頭を下げながら何度も感謝の言葉を言う。

 食料調達のついでに助けただけだからな。特に難しいことではないし、何度も感謝されるとむず痒くて仕方がない。


「あんな所に突然現れるから、どんな変態かと思ったが……ただのガキか」

「僕、記憶がなくて。気づいたらあそこに」


 そうきたか。だが、本人が記憶喪失だと言っているのだから、俺の平穏を守るためにここは頷いておこう。

 ぼんやりしていたときは本当に危うくて意識が混濁しているようだったが、今は自分の状況を分かった上で、記憶喪失のフリをしている気がする。いや、それで良い。面倒事には関わり合いたくない。

 そのとき、くぅぅ、と悲痛な腹の虫が聞こえた。自分のではないから、目の前の少年のものだろう。可愛らしい音の虫を飼っている。くつり、と喉の奥で笑い少年に尋ねた。


「オマエも食うか?」


 恥ずかしそうに頷いたのを確認して、俺は触手を突っ込んだ器の元へと向かう。わっ、と何度も声が上がるが、乗り越えなくては辿り着かない。頑張れ、と心の中で応援する。

 そして、辿り着いた先で俺が言った言葉に、少年は首を傾げた。


「開けるとき気をつけろよ。中のやつが飛び出て来るかもしんねぇ」


 目の前に置かれた器の蓋を恐る恐る開けて、高速でしめた。手が震えている。ここで少しでも生きてきたなら、触手が主食なのは当たり前だ。初めて目にする幼子ではない限り驚くことではない。

 驚いたのは未知の食べ物を見たからか、本当に記憶がないからか。俺は確実に前者だと思う。

 まぁ、本人が言い出すまで待ってやろう。面倒事は心の底から嫌なのだ。避けることができるなら避けたい。


「熱湯をかけるとおとなしくなる」


 だから、気づかないフリをして自分の食べ物を用意し始める。見たことがないなら食べたこともないわけで。俺も一緒に食べなければ、ずっとあのままだろう。

 材料を突っ込んで活きのいい触手を蓋で抑えていると、少年は意を決したのか俯いていた顔を上げる。


「あの、僕たぶん行くところがないのでここに置いてもらえませんか? 自分がどんな人物かも分からないし、まだ何もできないお荷物だと思うんですけど、家事、洗濯、料理ならできると思うので!」


 お願いします、と頭を下げる少年に、俺はどうしたもんかと思案する。この可能性も考えてはいたが、家事ができるなら危険すぎるため一般人を雇えないという問題が解決する。記憶喪失という点に関しては、もう少しどうにか誤魔化せよとも思ったが、まぁいいか。

 報告の義務があるが、まずは保護しておくだけでもいいだろうし、俺は何も聞いてないし。本人が隠しているんだから知らないフリをしておこう。そうしよう。


「分かった」

「やった! じゃぁ、掃除からしようと思うんですけど、道具とかは……」

「お、できた。まずは食うか」


 置いてもらえると分かった途端、潤ませていた目を輝かせた少年に触手の入った器を指差す。少年の表情が分かりやすく固まる。


「い、いただきます」


 日常の癖は抜けない。今の言葉も食べる前の癖なのだろう。俺は知らないので、きっと跳ぶ者のいた世界特有なんだろうな。

 震えながら心底嫌そうに触手を口に運ぶ。そうだ、それでいい。どんなに嫌でも、これはここの主食だ。食うしかない。


「うっ……は?」

「どうだ? なかなかいい味だと思うんだが。お前が襲われていたものだとは思えないだろ」

「えっ、あいつ? あいつ、僕に食べられる運命だったなんて」


 うわー、なんて言いながら覚悟を決めたからなのか、それとも思っていたより口に合ったのか、固まっていたのが嘘のように食べ始める。

 ふわりと喜びに揺れる薄紫の瞳を見つめながら、面倒事はごめんだが、それを差し引いてもいい拾い物をしたかもしれないと思ったのだった。

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