イケメンと僕の食事事情

黒鉦サクヤ

第1話 転生直後に触手エンドは勘弁して!

 青年は地を揺るがす衝撃を感じた瞬間、周りの崩壊した建物や土などと共に宙を舞った。

 警報などなかったし、こんなものが落ちてくるなんて聞いてない、と空に飛ばされた青年は悠長に考える。どのみちこのまま地に叩きつけられれば、命はない。

 さっき青年が見たのは、火の玉となった隕石がいくつも地上に降り注ぐ光景だった。

 終わりだな、と青年はこれまでの月日を思ったが、惰性で生きていたようなところもありこの世に未練はない。ただ、機械に支配された世界の、あまりにも呆気ない滅亡に笑いが出た。

 もし生き返るとしたら今度は科学ではなく魔法文明がいいと思いつつ、青年は体への衝撃を感じた瞬間、意識を手放した。



◆◇◆


 さて、ここはどこだろう。

 僕はさっき世界が滅亡する瞬間に立ち会い死んだはずだ。数十万個では足りないほどの隕石が降り注ぎ、一緒に巻き上げられた地上のものと共に叩きつけられブラックアウト。

 そして、今に至る。

 異世界転生というやつだろうか。

 赤ん坊から始まる異世界転生は考える時間が与えられるけど、今の自分はそれとは状況が異なる。僕の目の前に、見たことのないあやしい植物が枝らしきものをうねらせ迫ってきていた。絡み合っているため枝と根の判別がつかないそいつは、幹にできた鋭い牙付きの口からよだれを垂らしている。これはどちらの意味で食べられるんだろう。どっちにせよ、異世界転生した瞬間にモンスターによる触手エンドはつらい。

 けれど、今の僕は少年の姿で、武器も攻撃できる手段も持ちあわせていなかった。魔法のある世界に生まれたいと思ったけど、魔法が使えるのかどうかも分からない。


「だ、誰かたすけ……」


 微かな希望を胸に声をあげると、おい、と怠そうな声が上から降ってきた。見上げると、美青年が近くの枝に座りこちらを見ていた。

 銀髪を後ろで一つに結ったイケメンは、左目が垂れた前髪に隠れて見えないけど、空みたいに澄んだ青の瞳が美しい。見惚れてる場合じゃないんだけど、異世界に見惚れるほどの超絶美形がいるのは本当だった。


「オマエ、何者?」

「分かんない」


 この世界に来たばかりだから何もわかりませんね、と言いたいのを我慢し、庇護欲をかき立てるような仕草をしてみる。恥とか外聞とかそういうものは要らない。だって、僕はこの世界では子どもだし、食えもしないそんなものは捨てて良い。

 そう。今、僕はお子様だ。この人に助けて貰えなければ、触手エンドもしくは触手による捕食エンドが待っている。心の底から助けてほしい。

 涙を浮かべた切実な僕の願いが届いたのか、イケメンは心底面倒くさそうに深いため息を吐く。そして、枝の上から襲いかかる植物に狙いを定め、矢を放った。矢は幹にある口を射抜き、貫通する。刺さった音と速度には、そこまで威力があるようには思えなかった。何かしらの力が働いているとしか思えない。このイケメン、強いのかも。

 僕は助けてくれたイケメンに感謝を伝える。

 でも、イケメンが首を左右に振りながら、僕の後ろを無言で指差す。嫌な予感と共に振り返れば、先ほどと同じ触手が十体くらい湧いていた。

 なんで?

 ここは触手の森なのか。そんな森にいたこのイケメンも、その手の類のものが好きな変態なのか。

 勘弁してほしい。僕は許容量の限界を感じ、イケメンに助けてと呟きながら意識を失った。

 


 僕が目を覚ますと、そこは誰かの家の中だった。物は少なく、最低限のものしかない。ここは寝室で他にも部屋があるんだろう。

 幸いにも怪我はないみたいで、すぐに起き上がることができた。最後の記憶は十体の触手に遭遇したところで終わっている。生きているということは、触手エンドは免れたってことだ。イケメンに感謝だな。ここはおそらくイケメンの家だと思うけれど、本人が見当たらない。探しに行くか。

 ベッドを降り扉に近付くと、勢い良く目の前のそれが開く。


「なんだ、目が覚めたのか」


 イケメン再び、こんにちは。頭を下げながら、僕はお礼を告げる。本当に感謝している。


「助けてくれて、ありがとうございました」

「あんな所に突然現れるから、どんな変態かと思ったが……ただのガキか」

「僕、記憶がなくて。気づいたらあそこに」


 これがベストな答えだろう。嘘ではない。でも、そんなことよりイケメンが僕のことを変態だと思ってたことの方が信じられない。そもそもイケメンの方が変態だったのではないのか。どう見ても僕は必死に助けを求めてたと思うんだけれども。

 そのとき、くうぅぅ、と僕の腹から悲痛な音が鳴る。さっきから良い匂いがするのだ。


「オマエも食うか?」


 僕が頷くと、男は大股で歩き出す。廊下に出ると、家の中はとても荒れていた。僕がいた部屋は未使用だったに違いない。良い匂いのするところまで荷物の山を飛び越え、見失わないように慌ててイケメンの背を追いかけた。

 そして、やっとの思いでテーブルについた僕の目の前に、元の世界にあったカップ麺のようなものが置かれる。


「開けるとき気をつけろよ。中のやつが飛び出て来るかもしんねぇ」


 え、なにそれ、中身生きてるの? 恐る恐る開けると、見覚えのある触手が見えた。思わず蓋を閉じる。


「熱湯をかけるとおとなしくなる」


 本気で? あー、細いやつだけ入ってたから麺みたいな感じで食べるのか。

 これだけで僕は察した。この人の食生活はとてつもなくヤバい。勝手に名付けたあの触手の森には、きっと食糧調達に行っていたに違いない。でも、悪い人ではなさそうだから、落ち着くまではここにいさせてほしい。

 この世界での安全と食生活を天秤にかけ、僕は家事全般を請け負うのでここに置いて欲しいと懇願するのだった。

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