第5話 外出禁止令
僕はイケメンに外出禁止を言い渡された。
この家は小高い丘の上にあるんだけれど、少し下ると触手の森があるし、反対側には結構深い森がある。そっちには地球にいた狼や熊に似た魔獣がいるそうだ。家の近くまで来ることはなかったんだけれど、今日は近くに来ているからおとなしくしておけってことらしい。僕に外出禁止を伝えてから、イケメンは魔獣狩りに出かけた。やったー、今日のご馳走はお肉で決定だ。
僕の行動範囲は庭まで出るのは安全上問題なし、とされていて、庭では魔法の勉強をしたり洗濯物を干したりしていた。
せめて、火くらいは自分で起こしたい。その一心でせっせと練習をしていたんだけれど、魔法のない世界から来た僕には少し難易度が高い。アニメぐらいすぐに使いこなせるようになるのが理想だけれど、それは夢のまた夢でしかない。
ただ、イケメン曰く、僕にも魔力はあるらしいから練習次第らしい。だから毎日コツコツと練習している。目指せ、指パッチンで火起こしだ!
はぁ、と僕は机に突っ伏しながらため息を吐く。昨日、いい感じのところまでできたから、今日こそはと思ったのにな。今日も練習はしたいけれど、家の中でやるのはまだ怖い。暴走したら家が燃える。駄目絶対。
そんな訳でやることがないので暇だ。
ここへ来たときに足の踏み場がないほど汚かった家の中は、何日もかけてとことん綺麗にして、今はものが散乱することはない。僕の布団だけではなくイケメンの布団も干してフカフカにしてあるし、洗濯したいけれど外に干せないから今日はお休みだ。
窓を開けるなと言われてるから、煙が出そうな料理もやめておきたい。少しだけなら開けても、と窓辺に近づくと壁に何かがブチ当たる音がした。
何が当たったんだろう。見たい気がするけれど、窓を開けた瞬間、そいつが顔面にヒットなんてのはゴメンだ。
そもそも、魔獣にとって窓なんてすぐ破壊できる代物なんじゃないのかな。今はたまたま壁にブチ当たったから壊れなかったけれど、窓に当たったら壊れることもあるんじゃないかと思う。そこで前にイケメンから言われたことを思い出した。
「あ、まずい。完全に忘れてた……」
優雅にお茶を飲んでいる場合ではなかった。外出禁止って言われたら、窓のない地下でイケメンの帰りを待て、と言われていたのだった。
そうだよね、窓なんてあってないようなもんだよね。
「避難しないと、とおっ!」
遠くの部屋で窓が割れる音と、大きく重いものが床に落ちた音がした。これは最悪の事態なのでは。
すぐに廊下の壁に激突するような音が聞こえ、あちこちから破壊音がする。また壊滅した部屋を掃除するのかという思いが過ぎったが、今はそれどころじゃない。
声を出さないように息を殺し、床にある地下室の扉まで這っていく。まだ音は遠い。間に合うはず。
そのとき、ふと視線を感じて外を見ると、人型の何かと目があった。人のような姿をしているけど、腹にでかい口がある。目は糸のように細く弧を描き、ニタリと笑っている。あれは獲物を見つけたと思っているに違いない。
あれ? 人型って基本的に知性があって一番まずいタイプでは?
僕が走って床の扉に手をかけるのと、窓を壊してそいつが侵入し、遠くの部屋からここまで何かが走ってくるのはほぼ同時だった。地下室に入り込むのが間に合わない。
「いやだ!」
せっかく触手から助けてもらって、ここで暮らせるようになったのに。助けてもらった二人に、これから恩返しする予定だったのに、という考えが浮かぶ。まだこれからなのに、と思った瞬間。体からブワッと何かが出ていく感覚がした。体の力が抜け目の前が真っ白になって倒れそうになるのを、反射で床に手をついて免れた。目を瞑った瞬間、目の前で何かが切り裂かれる音と床に飛び散る音がする。
すべての音が止まった。
荒い魔獣の息遣いや、暴れるような音も聞こえない。
恐るおそる目を開く。その場の惨状に、ひっ、と喉の奥で声が詰まった。奥の部屋からやってきた魔獣と人型の魔獣は鋭いもので細かく切り刻まれていた。
たぶん、これは僕がやったんだ。
体の力が抜けるほど急速に失われたのは魔力で、それが僕の命を救い、魔獣の命を奪った。
体の震えが止まらない。助かりたいと思ったし、魔法も使えるようになりたいと思った。けれど、こんな切羽詰まった状況で後先も考えず無意識に使ってしまったのと、破壊力もあったのが怖くてならない。
でも、このままここにいてはいけない。家の中はめちゃくちゃだし、魔獣の死体に寄ってくるものもいるかもしれない。地下室に行かないと。
僕は震えながら地下室への扉を開く。なかなか力が入らなくて開けるのに苦労したけれど、もう一度あれを打てるかと言われても、無意識にできただけだから分からない。必死に地下室に逃げ込み、僕は毛布にくるまり部屋の隅で膝を抱えて俯いた。
どのくらいそうしていたんだろう。陽の光もないから、どのくらい時間が経ったのか分からない。薄暗い地下室で、僕はイケメンが戻ってくるのを待っていた。彼が怪我をしたりすることはないだろうと信じているけれど、それでも無事に戻ってくるまで心配だ。心配というより、僕が心細くてたまらないから早く帰ってきてほしい。こんな時も自分のことしか考えないなと、少し自分が嫌になる。
ざりっと、頭上で砂を踏む音がした。帰ってきたのかもしれない。立ち上がりすぐに扉を開けようとしたけど、動きを止める。本当にイケメンかまだ分からない。さっき人型の魔獣がいたじゃないか。あいつは少しだけど知能があるから、なにかあれば考えて答えを出す。
音を立ててはいけない。やっぱりここで言われたとおり、おとなしく待っていよう。戻ってきたら、上の惨状を見てすぐに来てくれると思うから。
そう思ってしばらく扉を見上げていたけれど、その扉が開くことはなかった。開けなくて良かった、と小さくため息を吐く。何者かが侵入したのだろう。この地下室への扉は元々分かりにくいし、色々飛び散っている今の状況では見つからないはずだ。
「早く戻ってこないかな」
中身は大人でも体に心が引っ張られているのかもしれない。心細くて泣きそうになる。
そのうち、僕は疲れて眠ってしまったようだった。
物音がして扉が開き、そこから差し込む光が眩しくて目を細める。朝になったんだろうか。逆光でそこにいるのが誰か分からない。不安で声が出ない。
「怪我はないか」
「な、ないっ! そっちも怪我は?」
「してない」
良かった、と僕は安心して泣いてしまった。二人とも怪我しなかった。
イケメンが降りてきて、泣きじゃくる僕の頭をポンポンと軽く叩く。
「ずいぶん派手に暴れたな」
「ごめん。地下室に隠れろって言われてたこと忘れていて、降りようとしたときに人型の何かと目があったら窓破られて」
気づいたら切り裂いてた、と正直に話したら、よくやった、と褒められた。褒められることなんてないんだけど。でも、魔法が無意識にだけど使えたことは良かったのかも。
「もしかしたら火より風の方が使いやすいのかもな。そっちを先に習得したほうがいい」
「分かった。そうする。ねぇ、ところでもう近くにいなくなったの?」
「あぁ、おそらくオマエが倒した人型のやつが原因だな。そいつともう一体いた同じ型のやつから逃げるように、魔獣が騒いでいたみたいだ。突然変異だろうな」
なにそれ。僕とイケメンで一体ずつ倒したってこと?
じゃあ、最初に頭上で砂を踏んだような音がしたのはそいつだったのかもしれない。
「こわっ……」
思わず呟いてしまう。扉を開けなくて本当に良かった。
よし、飯にするか、とイケメンが僕に手を差し出す。僕はその手を取って立ち上がると頷いた。
「お腹空いたけど、お肉の気分じゃないや」
さっき床に散らばってたものを思い出して、顔が歪む。でも、ここは異世界だった。肉を食べないとしたら、すぐに食べられるものは主食である触手しかない。
「また触手か……」
「嫌ならお前の初手柄を食べるという手も……」
「やだやだ、絶対やだ! あいつ、顔気持ち悪かったもん」
イケメンが床をさす指を、クイっと自分の手で隠す。
くつくつとイケメンが喉奥で笑うのを、歯ぎしりをして堪える。あんなの誰が食べるか! 呪われそうだし!
異世界で暮らすのは本当に大変だ、と僕は改めて思うのだった。
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