終 清少納言、居候になる
あれだけ丹念にビリビリにしたというのに、そりゃもう子犬のイタズラのごとくビリビリにして捨てたというのに、僕がなにやら変なエッセイの公募で佳作をもらったというのはすぐに家族の知るところとなった。
僕が学校に行っている隙に、母さんが部屋の掃除に入り、不自然に破られた手紙を見つけ、全て並べて解読したのだという。さすがミステリ作家、やることが探偵だ。
それを聞いた父さんは「タビトのおごりで祝勝会しようよ」という、父親としてどうなのかというコメントを発して母さんに叱られていた。しかももらったのは図書カードだ、回転寿司では使えない。
母さんは「ちょっといいお夕飯にしよっか」と言ってなにやら見たことのない缶詰をどこからか買ってきた。フォアグラペーストとある。このクソ田舎のどこで売っているのだろう。
ちょうどその日は清少納言が現代に適応できたかどうかのテストの日で、フォアグラペーストやチーズを乗せたクラッカーを食べ、父さんと母さんと僕の3人で待っていたら、清少納言が帰ってきた。
玄関を開ける音でマロがすっ飛んでいき、清少納言にスリスリしている。なお我が家の玄関の鍵は日中、玄関先に置かれている枯れかけたシャコバサボテンの鉢の下に隠してある。夜は家の中に入れる感じだ。
「ただいまあ……」
清少納言の声はくたびれきっていた。
「清少納言さん! どうだった!?」
「合格した……でも情報過多で疲れた……もう寝ていい? あっでもお腹も空いてるな……なんそれ、おいしそー」
結局清少納言はフォアグラペーストのクラッカーとチーズのクラッカーを食べ、父さんが珍しく買ってきたワインをグビグビして、そのあとパッタリとソファで寝てしまった。
寒そうなので毛布をかけて、リビングのエアコンをつける。
外は次第に春めいてきた。クロッカスやフクジュソウが顔を出している。
次の朝、なんとなく早く目が覚めて、早い時間に茶の間に行くと、清少納言が「フォアグラ食べてみた」なるエッセイを執筆していた。
「おはよータビト。なんか賞獲ったって珠子さんが言ってたよ。おめでと」
「それはみんなには秘密で」
「なんで?」
「趣味としてやることにした。もしそれを誰かが読んでくれたらそれでヨシ。お金になったら大感謝」
「そっか。いいんじゃない?」
母さんが台所でぬか床をかき混ぜながら声をかけてきた。
「そうだタビト、清少納言さん、身分証明書とか戸籍とか手に入ってもうちで暮らしたいって。いい?」
「うん。清少納言さんがいなくなったら寂しいよ。マロも寂しいよな?」
「うなおー」
こうして父さんの承諾を得ないまま、清少納言は我が家に居候することが決定した。
◇◇◇◇
清少納言が我が家に居候するようになって、かれこれ6年ほど経った。
僕は医療機器工場に勤めている。思ったよりずっとやりがいがあって楽しい仕事だ。給料もクソ田舎の高卒だと思うとずいぶんいい仕事なのだと思う。
高校は、清少納言が現れる前に考えた志望校でなく、キッチリ勉強してもうちょっといいところに行った。そこは大学に進学する生徒が多いのだが、先生たちは柔軟に就職希望にも対応してくれた。
なお中学の「初老ジャパン」であるが、なんだかんだ僕らが思っているよりずいぶん若かったらしく、結局僕たちが卒業したあとも学校にいたし、なんなら3年生のときは担任だった。
人生というのは、それほど悲観しなくていいものなのかもしれないな、と僕は思う。
いつものみんなであるが、ゴリ山田は1発で県立の美大に合格し、いまは油絵を学んでいるらしい。
西園寺は高校を卒業したら大学……と思いきや、なにやら世界を放浪し、屋台メシでしょっちゅう腹を壊しているらしい。
政子ちゃんは京大に進学した。すごいなあと思う。政子ちゃんの家族はまた別のところに引っ越したので、もう会うこともなかろう。
ヨボヨボになったマロと、父さんが「だってマロきゅんがヨボヨボおじいちゃんになって寂しいじゃん……?」と言って拾ってきた黒猫のトドは、いつも仲良く昼寝をしている。ときどきトドが暴れて大変なことになるのだが、そういうときマロは「やめなさい」とトドをたしなめてくれる。
さて、クソ田舎では冬だと晴れ着どころでない天気なので成人式は夏だ。「囲む会」で一杯やろうや、という話になって、成人式が終わったあとに僕の家に集合した。ゴリ山田は相変わらずゴツいものの芸術の香りのする風貌になっており、西園寺は見事に日焼けしていた。
「さすがに政子ちゃんは来ない……か」
かつての「囲む会」のグループチャットで連絡を取っていたのだが、政子ちゃんからはなんの連絡もなかったし、既読もついていなかった。
スマホをしまう。清少納言がみんなにビールを注いでくれた。西園寺の海外で屋台のご飯を食べて腹を壊した話や、ゴリ山田の美大にはヤバいやつしかいない話、僕の働く工場の意外なやりがいの話をして盛り上がっていると、全員のスマホが鳴った。
「これから行っていい? 集合場所はタビトさんのお家だよね」
一同は色めき立った。清少納言に政子ちゃんがくるよ、と言ったら、「よっしゃ。新刊の感想聞かなきゃ」とガッツポーズをした。
清少納言は切れ味鋭いエッセイストとして、最近本を出した。僕もnoteでときどきエッセイを書いているが、まあそれはそこそこ読まれている、という感じだ。それで充分だ。
政子ちゃんにウェルカムのスタンプをそれぞれ送る。
そうだ、政子ちゃんが来たら、中学のころちょっと好きだったことを話そう。そう思っていたらきれいなフォーマルスタイルの政子ちゃんが玄関チャイムを鳴らした。
僕より先に清少納言が飛んでいく。僕らも急いで玄関に向かう。
「お久しぶりです清少納言さん! これお土産の生八ツ橋です!」
(おわり)
清少納言、令和に立つ 金澤流都 @kanezya
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