35 清少納言、入れ知恵される

 無神経な分筆業者1号2号3号にブチ切れて、マロ歯ぎしり事件について書いたものを、応募要項もろくに読まずに中学生向けエッセイコンテストにぶち込んでから時間が経ち、3月になった。


 冬のクソ田舎は堪える寒さだ。寝る時、布団から出ている顔が寒いから毛布をかぶると顔が暑くてとてもとてもまともに寝ていられない。僕の部屋にはファンヒーターがあるだけでエアコンはない。押し入れに、夏の間使う窓用エアコンが入っているわけだがこいつは冷風しか出ない。果たして本当に春はくるのか。


 学校では初老ジャパンが今年度を最後に定年退職するらしいぞ、という噂が飛び交っていた。初老ジャパン、なんだかんだいい先生だったのでみんな好きだったのだ。成績の悪い生徒がいれば、わからないところを懇切丁寧に教えてくれたし、ゆるい授業はとても楽しかった。

 もう一人同じ学年の別のクラスを担当している「紅スズメ」というあだ名の、真っ赤な口紅を塗った国語教師もいるのだが、そっちはどうも評判が芳しくない。


 3月になってもクソ田舎は寒い。僕はぼんやりと、学校の図書室で銀河英雄伝説を借りて読む人をやっていた。だいぶぼろっちいが面白いのは間違いないし、市立図書館に行く勇気はあんまりない。というか図書館のカードは清少納言に渡しっぱなしだ。


 もうすぐ東京では桜の便り……というころ、僕が家に帰ってくると手紙が2通ばかし郵便受けに突っ込まれていた。

 1通は父さん宛。もう1通は僕宛だ。まさか清少納言、市立図書館の本を延滞しているのではあるまいな……と思ったらなにやら学習塾の名前が書かれている。おそらく勧誘のダイレクトメールだろう。


 父さんに手紙を渡す。「重要なお知らせです。すぐ中をご確認ください」と書いてあって、父さんはリビングのペン立てに突っ込まれていたペーパーナイフで手紙の封を切った。


「えーと……現代適合テスト……を、3月に……行います。現代適応テストを……受ける対象者は……1人で試験会場まで……ふむ。清少納言さんが1人で県庁所在地まで行かなきゃいけないみたいだ」


 父さんは手紙を持って清少納言のところに向かった。僕は僕で、ダイレクトメールらしき手紙を改めて見る。この辺には展開してない学習塾だな。なんだろう。「大事なお知らせです」って書いてあるな。

 とりあえず「塾で勉強して難関校突破!」みたいなのだったら捨てればいいのだ。僕は高望みしないことに定評がある。封筒を開けることにした。


 開けてみると、なにやら厚めの紙が入っている。なにかの台紙のようだ。開くと5000円分の図書カードが入っていた。な、なにごとだ????

 なにやらヤバいことが起きている気がして、中身を封筒に戻し、封筒をリュックに隠して自分の部屋に向かう。部屋のドアに内側から鍵をかけて、あらためて手紙を確認する。


「比野旅人さま この度は『中学生の叫びエッセイコンテスト』にご応募いただきありがとうございます。あなたの作品は佳作に入選いたしましたので、賞品の図書カード5000円分をお送りいたします。これからもたくさん本を読んで、素敵な文章を書き続けてください」


 ウソだろ。

 なんであんなのが佳作になるんだ。というか佳作というのがまたリアルだ。大賞を獲れないあたり、いかにも父さん母さんの下位互換という感じがする。きっと応募総数も少なかったのだろう。

 とりあえず図書券はリュックに入れっぱなしになっているベリベリするタイプの財布にしまった。バレたらえらい騒ぎになるぞ。僕はとりあえず封筒と台紙をビリビリに破いてゴミ箱に捨てた。


 ふつうの中学生にとって5000円は大金だ。何を買おう。まあ買えるのは本だけなのだが。

 大金とはいえ漫画のまとめ買いには及ばないし、そんなに羽振りのいい行動をしたらすぐバレる。ちょっとずつ小出しにするしかなかろう。


「タビト? ヨーグルトケーキ出来てるけど食べない?」


「あーごめん、いまいく!」


 母さんに呼ばれたので、リュックを部屋に放置して、僕はリビングに向かった。清少納言と父さんが難しい顔をしながらヨーグルトケーキをぱくついている。ブルーベリーソースがかかっていて、たいそうおいしそうだ。


「タビト、部屋でなにしてたの?」


「僕宛ての手紙が来てたから開けてた。なんのことはない学習塾の勧誘だった」


「タビトは高望みしないものねえ、無理に勉強するより心穏やかに過ごしたいんだっけ?」


「うん」


「それはよくない」


 何故か清少納言が強い口調で言った。眉間にシワが寄りっぱなしだ。


「タビトは勉強して、いい学校とやらに入るべきだと思う。正直この時代の学校の仕組みはよくわからないけど、努力するというのはとても大事だと思う」


 清少納言にお説教されているらしい。清少納言は続ける。


「タビトは強くて賢い。だからもうちょっと、人生高望みしてもいいと思う」


「でも……」


 僕が口ごもると、清少納言は眉を吊り上げた。


「でも、でも、って言ってたら年寄りみたいになっちゃうよ。タビトはできる子なんだから、いろんなことに挑戦して、傷を負って、その上にかさぶたが張って、剥がれたらそこは強くなってるはず。ちょっと難しいところに挑戦してみるべきだと思う。仮に失敗してももう一回だけ試験受けられるんでしょ?」


 父さんに入れ知恵されたに違いない。僕のことはまだ当分いいのだ、それより清少納言は1人で県庁所在地まで行けるのか。そう言うと清少納言は何故かマロをヨシヨシしてごまかした。そして一方的なヨシヨシを好まないマロに手をガリガリと噛まれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る