後編 名探偵は不合格者を逃さない

(ミスした!!ミスしてしまった!!)


男は焦っていた。

いつもの依頼なら、多少ミスをしても取り返すことが出来ただろう。


だが、今回はダメなのだ。

今回だけは、絶対に失敗してはいけなかったのだ。


撤退てったいだ。なんとしても『死神』が来る前に逃げなければ!!)


男はすぐに最善手さいぜんしゅを選び、足早に立ち去ろうとした。


「急いでどこに行くんですか?サラリーマンさん?」


だが、あまりに遅すぎた。本来は、協力者が役割を果たせていないと気がついた時点でその場を立ち去るべきだったのだ。


(ああ、終わりか)


『死神』が、男の肩を叩いてニッコリとわらった。







「ふぅん、実業家をやってるの?俺と同じくらいの歳なのにすごいなぁ」


「いやぁ、そうでもないっすよ〜?警察官として、いつも僕らを守ってくれてる君の方が凄いじゃないっすか〜」


稀代きたいの詐欺師であるアレキサンダーは、そのスキルを発揮して仲良くなった新人警官を怖可愛こわかわいい先輩さんの要望通りに、ある廃墟はいきょへと誘導ゆうどうする道すがら思う。


探偵などという職につく人間に、ろくな奴はいないと。


それは例えば、殺された人間の霊と対話して事件を解決する『霊媒れいばい探偵』として名をせる、年端としはもいかない少女探偵の事であり……死体を美しいと言い、その事件を起こした犯人のファンを自称して解決する意思すらなく事件を解決する『狂人探偵』として生きるイカれたジジイの事でもあった。


だが、世界でも有名な探偵の中で最もイカれてるのはメイサだと、アレキサンダーは考えている。


自身の定めた“価値”。

それがない者の命を、一切の躊躇ちゅうちょなく目的の為に奪えるという狂った倫理観。


十歳になる時には既に数いる探偵の中でも頭角を表しており、『事件を未然に防ぐ』などという前代未聞の才能を開花させてからは要人警護に重宝された、世界に名をとどろかせるまごう事なき天才探偵で、日本で『史上最悪の探偵』『死神探偵』などと呼ばれた事で自ら表舞台を去ったが、日本を飛び出した先の英国イギリスよわい十四にして英国マフィアのお嬢様の護衛に抜擢ばってきされ、十八歳になった今ではたった一人でお嬢様に差し向けられる殺し屋を完璧に排除する首領ボス懐刀ふところがたなとなるという経歴。


そんな華々しい経歴を持ちながら一人の少女を守る為の影に徹する事が出来る、微塵もマトモな倫理観を持ち合わせない人間を、イカれてると言わずになんと言おうか?


そして、今はそんな男がマフィアの首領の弟分となっているのだ。

敵対する人間からしたら悪夢でしかないだろう。


思ってもいない言葉を貼り付けた笑顔で紡ぐその裏で、アレキサンダーは冷静に彼の運命を想ってあわれむ。


「遅かったじゃあないか、新人警官……いや、殺し屋に金で買われた偽警官さん。と言うべきかな?」


そう……メイサにロリコン容疑をかける事でお嬢様から引き離そうと画策した、新人警官に成り済ました殺人鬼とか。

あるいは……メイサの足元に崩れ落ちている殺し屋とか。


彼らにとって、アレキサンダーにとって怖くはあるがイジリ甲斐のある可愛い先輩であるメイサは、まさに『死神』のようだろう。


まぁ、なんであれうちの可愛い可愛いお嬢様に手を出そうとした彼らが既に詰んでいる事を、アレキサンダーは知っていた。







「まずおかしいと思ったのは、偽物。お前の格好と声掛けのやり方だ」


俺は、目の前で脱力したように崩れ落ちている殺し屋の腹をゲシッ。ゲシッ。と蹴りながら、アレクが連れて来た偽警官を指差して言った。


「ここ最近警察がうるさいのは、警官に成り済ました殺人鬼が出たからだ。そして、成り済まし対策として警察官への拳銃けんじゅうの所持および声掛け時の警察手帳提示を義務付けている……なのにお前は拳銃所持もしていなければ警察手帳の提示もしなかった」


俺が偽警官というか今話題の殺人鬼に向かって言ってるうちに、俺のとなりまで来ていたアレクからソッと殺し屋を蹴るのを止められたので、仕方無しにやめてやる。

そもそも、殺し屋のくせに詐欺師のアレクに庇われるとか、アホすぎて笑うんだが?


「そ、それは俺が勤める所にはまだ知らせが届いてなくてっ……!!」


みにくく言い逃れしようとする男には、お嬢に向けている瞳とは全く違う、絶対零度の瞳を向けてその手は使えないとわからせる。


「お前は制服のバッジを見る限りはスコットランドヤードの者だ。

英国警察の本部に勤める人間が、変更点を知らされていないなんて有り得ない」


故に、お前は偽物だと思った。

俺はそう告げる。まぁ、確信を持てたのはコイツと揉み合っている時にバッジを間近で見た時だから、それまでは確信が出来ずに神経を使う事になったが。


「成り済ましの殺人鬼……つまりお前が今までに殺した二人は、どちらもマフィアの人間。大方、お嬢を狙ったこの殺し屋と俺を狙ったお前で利害が一致したとかで協力関係になったんだろう?」


「……」


ふんっ!!全く、とてもとてもとっても!!……くだらない。

警察官だろうが、殺人鬼だろうが、なんだろうが、俺をお嬢から離す事など出来る訳がないだろうが……この馬鹿めっ!!


ふぅ……殺人鬼の殺し方はトリックも何もないシンプルな絞殺こうさつ

下調べが甘い、所詮しょせん三流の殺人者には用はないのだ。

それに、お嬢狙いではなかったので殺し屋のターンが終わるまでは放置でいく。


「次にお前だ、サラリーマン風殺し屋。お前に至っては、最早もはや存在を描写する価値も無い」


「……」


「チッ、めんどくせぇなぁ」


「メイサさん、何やったんすか?」


起きる気配のない殺し屋の様子を見て、何をしたのかといぶかしげに見てくるアレクに目を逸らしながら答える。


「べっつにぃ?……俺にナイフ向けてきやがったから、仕方なくステップオーバー・トーホールド・ウィズ・フェイスロックをちょっとだけかけただけだよ。それだけでこんな昏倒こんとうするとか、軟弱なんじゃくすぎねぇか?くっそ、それでも殺し屋かよ」


「えっげつない八つ当たりっすね……」


苦笑いしながら一人呟くアレクを無視して、持っていたペットボトルの水をかける事で殺し屋を起こす。相手はお嬢を狙った殺し屋。慈悲は無い。


「ゲホッ、ゴホッ……この、死神が……」


うん、元気そうで何より。


「そこの殺人鬼も酷かったが、お前も酷い。

殺人鬼が俺をお嬢から引き離し、その隙に通りがかりのサラリーマンを装ってこの傘に付いている毒針でお嬢に毒を注入、そのまま立ち去る。そんな手口でお嬢を病死に見せようとしたようだが……甘い。甘いなぁ?もっと考えろよアホ。

そもそも、今日みたいに晴天で予報でも雨は降らないと言ってる日に傘持ってるとか『ぜひ自分を怪しんで下さい!!』と言ってるようなもんだろ?」


「……」


「なんとか言えよ馬鹿」


「……何を言っても、死神の前では無意味だろう……?」


「フハッ、まぁ、その通りだがな?」


よくわかってるではないか。俺は、動機も何も興味が無い。

何故なら、存在するのはお嬢を狙ったという純然じゅんぜんたる事実のみだからだ。


「じゃあ、お前ら二人に試験結果を言い渡そう。まずは偽警官殺人鬼ことマンガス・モンシューレン。お前はお嬢を狙っていないが、お嬢を狙った殺し屋と結果的に協力関係を結んだ。また、トリックも無いシンプルな絞殺などという手口は全くもって俺が。よってお前は不合格だ。死ね」


「ヒィッ!?嫌だっ!!俺はまだ、マリアを殺した奴を殺せてな゛、ぐぅ……」


俺は静かに。極めて静かに告げて、偽警官殺人鬼を地蔵背負いで絞殺した。


「知らないよ。お嬢を傷つけたかもしれない罪を、思い知れ」


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九月二十三日 十五時二十七分/英国・ロンドンにて

マンガス・モンシューレン

【死因】自身の持っていたロープで、殺人を犯した自責の念に駆られて首吊り自殺。


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「次にサラリーマン風殺し屋ことウィリアム・マッケンリー。お前が考えたトリックはとてもぬるい。微塵も。そして何よりお前はお嬢を殺そうとした。総評……お前は不合格だ。自身の罪によって、死ね」


「っ!?……ああ」


俺が名前を知っている事に驚いたようだったが、逃げようとした殺人鬼とは違って、諦めたように微笑んだ殺し屋の心臓に向かって、彼が持っていた毒針付きの傘を突き出す。彼は穏やかな顔で、逝った。


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九月二十三日 十五時三十三分/英国・ロンドンにて

ウィリアム・マッケンリー

【死因】出張先で殺人犯に誘拐され、監禁先の廃墟で鉄筋に押し潰されたショックにより心臓が止まって死亡。


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ついさっきまでメイサが二人の男を殺す様子を見ながら、明日の新聞に載るであろう記事を考えていたアレキサンダーは、その思考によって仕事脳になってしまった頭を切り替えて背伸びをした。


「終わったぁぁ!!マズイ……時間をかけ過ぎた」


「わぁ、大変ですねぇ〜」


お嬢様から離れる必要がある仕事が終わり、廃墟から出た瞬間にメイサが呟いた言葉は、詐欺師にあるまじき棒読みで慣れたものだと受け流す。


「圧倒的にお嬢成分が足りない……。死ぬ、お嬢不足で死ぬ」


「人間はお嬢様不足じゃ死にませんよぉ〜」


「ああ〜〜……お嬢〜……アレク、帰るぞ。もう頭使いたくないから、お前が責任を持って俺を兄貴の屋敷まで導け」


「うぇ〜?まぁいいですけどぉ……今度メシおごってくださいねぇ?」


「気が向いたらな」


予想通りでしかないメイサの言葉にため息を吐きながらも、アレキサンダーは七歳下の青年の手を引いて歩き出した。

この青年はアレキサンダーよりもデカいが、信頼する人間の前では子供っぽいのだ。


それは多分、『事件を未然に防ぐ』などという稀有けうな才能を持ってしまった故に子供でいられなかった反動なのだろうとアレキサンダーとクラウスは考えている。


彼が事件のトリックを未然に暴いた相手は、その時点ではまだ犯罪者ではないため罪には問えない。例え相手が殺しを生業なりわいとするプロでも、過去の犯罪の証拠がなければ捕まえられない。そのまま放っておいたらまた別の方法で誰かを殺そうとするという事がわかっていても証拠が残っている犯罪を犯していない以上、警察は不可侵不干渉を貫かざるを得ない。

それを、探偵として幼い頃から活躍していたメイサは痛いほど実感してしまった。


だから、彼は犯罪だとわかっていても手を赤く染めたのだ。

トリックを突き止めた相手を、完璧な状態に仕上げた相手のトリックを使って殺す。

それこそが、彼が担当した事件……彼が防いだ事件の犯人が必ず死ぬ理由だった。


「才能があるっていうのも、中々に大変な事だよなぁ……」


彼と同じく“持つ者”であるアレキサンダーは、空に向かって一人呟いた。







「才能があるっていうのも、中々に大変な事だよなぁ……」


アレクの呟きが聞こえて、俺は少し笑った。本当に、その通りだ。

俺が求めていたのは、ずっと生きる理由と守るべき人という二つだけだった。

表舞台を去って英国へと渡ったのは、日本でその二つを見つけられなかったからだ。


守って、守って、守って、守って守って守って守って守って守って守って守って……その先にあるのが、『史上最悪の探偵』そして『死神探偵』という評価なら……何を守るべきなのか、俺はわからなくなってしまったのだ。


なんとなく来てみた英国でもやっぱりその二つは見つからなくて、もう自殺でもするかと思っていた時だった。


『しけた顔してんなぁ?少年。なんだってこんな寂れた橋の上にいるんだよ?』


兄貴と呼んでる赤の他人……お嬢の父であるクラウス・ノクターンと出会ったのは。


『……うっせ。見知らぬオッサンに話す訳ねぇだろ?』


『凹むよ?』


『勝手に凹めば?どうせ美少年の俺の体目当てだろ?』


『ブッブー!!俺には美人な嫁さんと可愛い娘チャンがいるからお前なんか必要ありませんがぁ〜??』


『ケッ、じゃあサッサと失せろよ』


『なぁ、少年……メイサ・ハヤスギ。俺が今まで出会った中で一番の探偵であるお前に、頼みたい仕事があるんだが……』


『……なんで俺の名前を知ってるかは知らねぇが……いいぜ、それ受けてやるよ。

オッサンは面白そうな予感がするからな。クラウス・ノクターンって、ここら一帯を取り仕切るマフィアのボスの名前だろ?』


小一時間ほどお互いに顔も知らない相手と言い合いをして、最後の最後にお互い自分の名前や身分を明かして話した。

勝手に俺が五十代だと思っていたオッサンは老け顔なだけで当時まだ三十歳だと後で知って、せめて兄貴にしろと言われて兄貴呼びが定着する事になる。


あの時兄貴が求めていたのは、マフィアの跡取りであり弁慶べんけいの泣き所でもあるために常時命を狙われ続けるお嬢を守る事が出来る、腕が立って信頼できる護衛だった。


お嬢がいなければ、多分俺は兄貴と出会わずに死んでいた。お嬢は俺の恩人なのだ。

だから、俺はお嬢を守る。どんな手を使っても……今は、それが俺の目的だ。







「はいメイサさん、着きましたよぉ〜」


「ん。ありがと」


回想をしているうちに、屋敷に着いたようだった。


アレクの手を離して、俺は早足で玄関へと向かう。


「おかえり!!メイサ!!」


ああ、やっぱりお嬢は可愛いし暖かいし癒されるなぁ……。


「只今帰りました、お嬢!!」


俺は、一生をかけてお嬢を守って見せますからね!!


俺は、屋敷から出てきたお嬢を抱えてクルクルと回しながら……改めて兄貴とお嬢にそう誓った。

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名探偵・早杉冥沙は許さない ❄️風宮 翠霞❄️ @7320

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