名探偵・早杉冥沙は許さない

風宮 翠霞

前編 名探偵はロリコンではない

「この写真の小娘一人を殺すだけで、報酬ほうしゅうが三億……だと?」


「ええ……名前はアンジュ・ノクターン、年は七。長年英国マフィアの中でもトップの勢力を誇る【アイリッシュ・ノクターン】の首領ボス、クラウス・ノクターンのたった一人の愛娘です」


暗いバーの個室。

男が二人、二枚の写真と数枚の書類を挟んで難しい顔を突き合わせていた。


「だからと言って、三億とは……なにか難しい条件が?」


「条件は事故死、又は自殺に見せかける事のみ。護衛ごえいは一人という、極一般的な暗殺依頼となんら変わりはありません。ですが……」


『極一般的な暗殺依頼』という言葉が微塵みじんも一般的ではないというツッコミは、同じ穴のムジナである彼らの間では起きなかった。


「『ですが』なんだ?」


ただ淡々と、疑問を処理して依頼を受けるかどうかの判断をする。

彼らが生きるのは、それが出来ないのであれば生きられない世界だ。


「そのたった一人の護衛が問題なのですよ。男の名は『早杉はやすぎ冥沙めいさ』。かつて日本で『史上最悪の探偵』と呼ばれた男です」


「……彼は自殺したのではなかったのか?」


ウォッカを口に含んでいた男が、思わずといったように聞き返した。

今目の前の男が放ったは、それ程までに彼らのような存在にとって注目度が高く、忌み嫌われているものだからだ。


「彼……早杉は、四年前に忽然こつぜんと表舞台から姿を消し、しばらくは『自殺したのだ』とか『殺されたのだ』とかいう様々なうわさが広がりましたが、実際のところは不明。というのが今までの情報だったのですが、一年ほど前に英国でアンジェの護衛をやっているという情報が入りましてね?調べてみると本当にいるではありませんか……。

ちなみに、彼がアンジェの護衛になったと思われるここ二、三年ほどの英国での殺し屋の減り方は異常です。恐らくは彼のせいかと思われます」


「ふぅん……『死神探偵』の名はただの噂じゃなかったんだな」


『死神探偵』。それも彼の呼び名だ。

担当する事件の犯人がことごとく自殺……又は事故死してしまう事から付けられた名。


「彼が護衛としてついている今、ターゲットが幼い事や報酬が良い事を加味しても、かなり厳しい依頼になるでしょう……受けますか?」


本来ならば依頼をすすめる立場である男すらも、難しい顔をしていた。

誰だって、顔見知りを死地に送るのは気が進まないものだ。


「……受けるよ。三億あれば、俺はこの世界から足を洗えるからな……。詳しい資料の手配だけは頼めるか?」


だが、男は受けた。

クソみたいな世界を抜ける為に、リスクを取る選択をしたのだ。


「……かしこまりました。ご武運をお祈りしております」


暗いバーの個室。

男二人が酒の入ったグラスを合わせる、カツンッという音だけがそこに残っていた。







「いや、だーかーらー!!誤解ごかいなんですよ!!俺はロリコンじゃないですって!!」


小学校の前で、俺は英国イギリスの警官に必死で弁明をしていた。

じょうの護衛の為に見張っていただけにも関わらず、何故かロリコン疑惑ぎわくをかけられている今の状況は非常にまずい……。

いや、いざとなったら兄貴に頼めば良いが……。


「ロリコンはみんなそう言うんだよ。はぁ……じゃあ、百歩ゆずってあなたがロリコンじゃなかったとして、なんで小学校のぞいてたの?」


あきれたような目で見てくる警官に、最早殺意すら湧き始めた。

というか、警察の方にも兄貴が話を通してるはずだから、コイツ新人か?

なんで一人で行動してんだよ。警察はツーマンセルが基本だろ!?


折角こうならない為に、兄貴に言われて紺色の三ツ揃えのスーツを着て、その上に黒いロングコートを羽織った、クソ真面目な格好をしたって言うのに……クソ警官が。


「護衛ですよ、お嬢の護衛!!何もやましい事はないの!!」


そう、やましい事はない。だから、頼むからもう離してくれないかなぁ……!?

お嬢が出て来ちまう……!!


お嬢に疑われて、変な目で見られるようになったら俺は死ねる自信があるっ……!!


「ふぅん?お嬢って誰?」


「いやぁ……それは……」


マジかぁ……そりゃ簡単には納得しねぇよなぁ……言うか?

でも、言ったら兄貴に迷惑かかるしなぁ……正体隠して学校生活楽しんでるお嬢にも迷惑になるし……。


「言えないの?全く……下手な嘘つくからだよ。ほら、詳しい話は署で聞くから」


「え?いや、ホント、ちょっと待って下さいって!?」


うがー!!もう誰でも良いから俺を助けろ!!


「あれ〜?メイサさん、なんかやったんすか?

それともまたロリコンと間違われて連行されそうになってます?」


俺が腕を引っ張る警官と、公務執行妨害こうむしっこうぼうがいにならない程度に格闘かくとうしながら心の中で助けを求める叫びを上げたちょうどその時、いかにも帰宅中のサラリーマンですといったような、黒いスーツ姿の地味な青年が俺に声をかけてきた。


「なんもやってねぇ……ロリコンと間違われて連行されそうになってるの!!

おいアレク、すぐに俺を助けろ!!もうすぐお嬢の帰宅時間なんだよっ!!」


「はいはい、全くお嬢様命のメイサさんは面倒臭いっすねぇ……こっちは僕がなんとかしますんで、早くお嬢様のとこに行ってあげて下さいな」


仕方ないなぁ。とでも言うように笑いながらそう言うアレク……アレキサンダーには多少イラッとするが、彼の助けがないとお嬢の元に行く事が出来ないのも事実。


「感謝する」


一言だけ残して、俺はその場をさっさとおさらばする事にした。


「え、ちょっ、待て!!」


「まぁまぁ、新人さ〜ん、ちょっと落ち着きなさいな?僕とお話ししましょ?

大丈夫っす、悪いようにはしないんで〜」


さすが兄貴おすみ付きの天才詐欺師さぎし

人を会話で引き込む手腕しゅわんには目を見張るものがあるな。


「お嬢が学校を出るまであと三十秒……大丈夫、間に合う!!」


俺はアレクから目線を外し、慣れないスーツに四苦八苦しながら校門に向かって走り出した。







「メイサ、ただいま!!」


同年代の子と比べても少し高めの甘い声……お嬢の声を耳が捉えた瞬間、息苦しくてネクタイを緩めようとしていた事とか、今の今まで新人警官に絡まれてイライラしていた事とかが全部どうでも良くなり、俺の心の全てをお嬢が支配する。


「お嬢、お帰りなさい!!荷物持ちますね〜、今日は学校楽しかったですか?」


バターブロンドのサラサラとした髪をポニーテールにしていて、ナイトグリーンの目をキラキラと輝かせるお嬢の姿。しかもその整った顔には、俺に向けた満面の笑みが浮かんでいる……うん、今日も眼福である。俺の頬が緩むのも、仕方のない事だ。


ようやくこの春に小学生になっても身長が俺の腰に届くかどうかほどしかない、まだまだ小さなお嬢の目線に合わせるように屈んで話を聞く。


「うん!!あのね、今日はマリアと遊んだの!!」


マリア……マリア・モンスールの事か。あそこは確か兄貴の傘下の家だったな。

お嬢になんかあったら家ごと潰されるのもわかってるだろうし、危険はないだろう。


「良かったですねぇ、お嬢」


そこまで考えてからお嬢にレスポンスするまでの時間は、わずかコンマ五秒ほど。

お嬢の差し出したリュックサックを手に取り、ニコニコと笑って返事をしてやれば、お嬢も可愛らしい笑窪えくぼを深めて俺を見る。


「うん!!……そういえば、メイサ今日はいつもと違う格好なんだね!!」


ふわぁ〜……可愛い。うちのお嬢、マジ可愛い。超絶可愛い。

うん。アンジュの名前の通り、やっぱ天使だな。

服装気にかけてくれるとか、感動で涙出そう……。


まさか誰も、この子が世間で「悪魔」と恐れられている男のたった一人の愛娘だとは思わないだろうな……。


「イメチェンです。かっこいいですか?」


最近警察がうるさくて、少しでも声掛けされる回数を減らす為だとか……そんな事はお嬢に間違っても言う訳にはいかないため、イメチェンと誤魔化ごまかす。


「いつものメイサもカッコいいけど、今日はもっとカッコいいよ!!」


「……あ、そうすか?」


うん……。なんか嬉しすぎて、なんか反応がおかしくなった。


「……お嬢、そろそろ行きましょうか」


「うん!!今日はお父さんにも学校のお話聞いてもらうんだ〜!!」


楽しそうに今日この後の予定を話すお嬢に適度に相槌あいづちを打ちながら、何故かこちらを恨みがましく見てくる新人警官に目を向けて、アレクに合図をしてから屋敷にお嬢を送る。


「メイサ、また晩ごはんでね!!」


「はい、また後で」


英国「最強」で「最恐」と名高い兄貴……お嬢の父親のところに送り終わったら、俺のが始まる。


「人を呪わば穴二つ、人を狙えば穴三つ、人を殺せば穴四つ!!

お嬢を殺そうとした奴らに、死神からの報いを……ね♪」

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