プラキドール・ドミネーション

雨後野 たけのこ

第1話

 名前は久澄恒矢。

 年齢は十六歳。

 身長一七〇センチ、体重五八キロの標準体型。

 顔立ちはわざわざ褒めるほどではなく、また取り立てて貶すほどでもない。つまり普通。

 頭の出来もそれなり。テストは受けるたびに中間からやや上位層のあたりを行ったり来たり。

 性格は基本的に穏やか。社交性も低くはなく、友達はそこそこいた。

 家族構成は両親がすでに亡く、兄と妹が一人ずつ。

 趣味は映画鑑賞、特技は水泳…………


 …………


 …………



***


「うーん……」


 俺は一枚のメモを眺めながらうなった。

 

「どうですか? 何か思い出しましたか?」


 そんな俺を隣から見て問いを投げかけてくるのは、一人の少女だ。

 小柄で、丸い目が特徴的な、愛らしい顔立ちの少女。

 はっきりと美少女と言える。

 こんな子にされた質問には、できれば望む答えを返してやりたい。

 しかし、しばらくうなった後で俺は首を振るしか無かった。


「……いや、全然」


「そうですか……」


 少女が下を向いて残念そうに言う。

 どうも悪いことをしている気になってくる。

 いや、実際、悪いことは起きているのだが、それが俺の責任なのかどうか分からない。


 何しろ、俺は記憶を失っているらしいのだから。


***


 どうやら何か大変なことが起きたらしいぞ、と察したのは、今朝起きた時だ。

 目を覚ますと、白を基調とした部屋の中だった。

 その雰囲気で、自分が病院にいることを理解する。

 困惑しながらも起き上がろうとすると、腕に突っ張りを感じたので、そちらを見た。

 針が刺さっている。針の底部からチューブが伸びて、点滴スタンドに繋がっていた。


(これ、勝手に抜いたらまずいよな……?) 


 それに、いきなり起きると点滴スタンドが引っ張られて倒れるかもしれない。

 そう思ってゆっくりと体を起こしてみようとしたところ、病室のドアが開いた。


「恒兄さん!?」


 直後に叫び声。

 そして、一人の少女が俺のベッドに駆け寄ったかと思うと、いきなり俺の胸に顔を埋めてきた。


「!?」


 俺が困惑していると、少女が顔を上げる。

 その目尻には涙が浮かんでいた。


「……ああ、良かった……目を覚ましたんですね!

 兄さん!」


 そのセリフを聞いたとき、俺を強烈な違和感が襲った。

 兄さん、と言うのは言葉通りに受け取れば、自分の兄に使う言葉だ。

 つまりこの少女は、俺の妹ということになる。


 だが……俺はこの少女の顔に、まったく見覚えがなかった。


 町ですれ違っただけでも記憶に残りそうなかわいらしい顔立ちをした美少女だ。

 それが妹だと言うなら、覚えていないなんてことはありえない。


(病室を間違えたのかな?)


 それが一番ありそうだ。

 この子の兄はこの病院の別の部屋にいて、寝たきりだったりするのだろう。

 そして、たまたま起き上がった俺を見て、自分の兄と勘違いして部屋に駆け込んだ。

 その線が強い。


(……とりあえず、落ち着くまで待つか)


 俺は胸に顔を埋める少女の髪を眺めながらそう思った。

 今は興奮状態で気づいていないが、よく俺の顔を見ればすぐに間違いに気付くはず。

 しかしこの子の本当の兄も羨ましいな、こんな可愛い子が妹にいて。

 『コウ兄さん』とか言ってたっけ。

 じゃあ本当に人違いだ。だって俺の名前は……


(…………?)


 俺の……名前は?


(…………あれ?)


 名前は…………何だ?


(……思い出せない……!?)


 ふつう、人が自分の名前を忘れることなどあり得るだろうか。


(……記憶喪失?)


 その四文字が俺の頭を支配する。

 

(いや、いや、いや……そんな馬鹿な)


 だって俺はここが病院だって知っている。

 日本の歴代内閣総理大臣だって言えるし、今まで観てきた映画の数も、どの劇場で見たかも、分かる。

 ベッドサイドモニターに映る心電図。その表示の意味を俺は知っているし、調度品の名前を全て言うことも出来る。

 

 知識はある。

 でも、


(知識しかない……)


 おかしい。

 たとえば俺が映画を見た時の記憶。

 そこで何を聞き、何を感じたか。

 それを思い出すことはできる……


 ……ただし、紙に書かれた記録のような形で。

 自分の経験なのに、まるで自分ではない誰かの日記を読んでいるかのような思い出しかただ。


 そのうえ、


(誰と一緒にいたとか……そういう記憶が一切無い……)


 人間関係に関しては、その記録すら残っていない。

 親の顔が思い出せない。

 兄妹の顔が思い出せない。

 友人の顔が思い出せない。

 

(俺は、何だ?)


 俺は、この世界においてどういう立場の人間だった?

 答えが知りたい。

 俺は目の前の少女に問いかける。


「俺は……誰だ?」


***


 そして、話は今に戻る。


 俺が自分の記憶が無い、と告げると、少女は困惑したような表情を浮かべていたが、どうやら俺が本気でそう言っていると分かると、血相を変えて部屋を飛び出していった。

 そして、少女は数分して部屋に戻ってきたが、その時は多くの大人達を引き連れていた。

 大人達の多くは白衣を着ていた。どうも医者であるらしい。

 彼らが俺を囲み、様々な質問をしてきた。

 質問の中には答えられるものもあったし、答えられないものもあった。計算してみると、答えられないものの方が多かったように思う。

 それらのほとんどは俺のパーソナリティに関する質問で、答えているうちに俺は俺の現在の立場をなんとなく把握することができた。


 ひとつ、やはり俺は記憶喪失の状態であるということ。

 ふたつ、失っているのはいわゆるエピソード記憶というやつで、特に人間関係に関する記憶がまるごと失われているらしいということ。


 まだまだ分からないことは多いが、話しているうちに疲れを覚えてきた。

 それを医者に伝えると、大人達はしばらく話したあと、一枚の書き付けを渡してきた。

 そして、俺を気遣う言葉を掛けてから部屋を出て行く。

 そして部屋には書き付けを眺める俺と少女だけが残されたのだった。


「……ふう……」


 俺は少女をちらりと見て、それから天井に視線を移す。

 どうにも気まずい。

 

 医者の渡してきた書き付けによると、俺は久澄恒矢という人間らしい。

 そして、この少女は俺の妹で名前は久澄沙那と言うんだとか。


 ……正直、ちょっと疑っている。

 なぜなら、俺はさっき鏡を見せてもらったからだ。

 そこで確認した『久澄恒矢』の顔立ちはというと……


 ……まあ正直、悪くはなかった。

 ただ、飛び抜けて良いわけでも無い。

 要するに普通。


 で、翻ってこの沙那という少女をまじまじと見てみると、こっちはかなり品のある顔立ちをした美少女である。

 本当に血が繋がっているのだろうか、これ。 

 周りの人間が全員そう言っているので、本当なんだろうなあとは思うが。


 と、俺が少女――沙那の顔を見ていると、彼女がこちらを見て、


「……恒兄さん、私の顔を見てどうしたんですか?

 もしかして……何か思い出したんですか?」

 

「あ、いや、そういうわけじゃないんだ」


「そうですか……」


 しゅん、とさせてしまった。

 いかんな。

 たとえこっちに思い出が無くても、妹にこういう顔をさせるのはよくないだろう。

 何か話題を振るべきだ。

 それが記憶を思い出すきっかけになるかもしれないし。


「……あー……沙那、でいいのか?

 呼び方、合ってる?」


「……!

 はい! 合ってます!」


 良かった。


「じゃあ、一つ訊きたいんだけど……結局のところ、俺はなんで病院にいて……なんで記憶喪失になってるんだ?」


 医者との会話ではそれが分からなかった。

 しかし、この少女は知っているかもしれない。

 

「家の階段で転んだとか、そんな理由?

 それとも、なんか精神的にショックを受けたとか?

 極端な話、振られたとか。

 ……流石に間抜けすぎるか」


「……」


 冗談交じりの俺の問いに対して、沙那の返した反応。

 それは、目を見開いてこちらを凝視するというものだった。


「兄さん……もしかして、私たちのことだけじゃなくて、その記憶も失っているんですか……?」


「え?」


 どうも過剰な反応だ。

 もしかして、頭を打ったとかそういう単純な理由じゃないのか?

 

「……分かりました。今、教えます」


 そして、沙那は俺の目をまっすぐ……真剣にのぞき込んだ。


「兄さん。

 兄さんが病室にいるのは、負傷したからです」


「負傷?」


 それは当たり前のことだろう。傷を癒やすのが病院という場所だ。

 訝しむ俺に、沙那はなお続ける。


「半年前のオーストラリア、元アルパイン国立公園地域。

 MIFオセアニア方面軍第三七小隊の一員として従軍した兄さんは、そこで接敵し、戦闘に入った」


 ……ん?

 なんだ?

 これ、何を言われている?


「いや、オーストラリアなんて行ったことないんだけど……てか、従軍?」


「とりあえずは聞いてください、兄さん。

 質問は後で受け付けます。

 ……戦闘は双方の壊滅的な被害を以て決着。

 隊員の殆どは敵との相打ちになったのだと考えられています。

 生き残ったのは、恒兄さんだけでした」


「生き残り……?

 いや、そもそも…………敵?」


「敵は……三年前に突如としてこの世界に現れました。

 人類を脅かす奴らを相手に、私たちは必死に戦い……そして、戦いは半年前に終着しました。

 その戦争の名前を、奴らの名前を冠して私たちはこう呼びます」




「――プラキドール戦役、と」 



***



 二〇三三年三月二一日。

 その日が久澄恒矢の退院日だった。

 妹の沙那とともに病院を出た恒矢は、彼女が用意していた車の後部座席に乗り込む。

 助手席には沙那。そして運転席には既に、帽子を目深に被った男が座っていた。

 恒矢はこれから自宅に向かうのだ。


「では、お願いします」


 沙那が促すと、運転手が車のエンジンを始動させる。

 恒矢は流れていく車窓の外の景色をじっと眺めていた。


 損傷した建物を。

 至る所に積み上げられた瓦礫を。

 その街を歩く人々の姿を。


「見えますか、兄さん。これが、あの戦役の爪痕です」


「……」


 助手席の沙那の言葉に、恒矢は答えない。

 記憶の中にある都市の姿と、目の前の現実。

 そこに少しでも変わっていない部分を見つけだそうとしているかのように、ただ目の前の光景を見続けていた。




***




「三年前、プラキドールの出現によって世界は一変しました」


 病室のベッドに横たわる俺に、沙那が語り始める。

 

「奴らがこの地球上にいつ現れたのかははっきりと分かりません。

 公式記録上では、二〇三〇年三月一日のアメリカ、ミズーリ州セントルイス近郊での発見が最初の人類とのコンタクトです。

 そして、その日にセントルイスは壊滅。

 当然、ただちに軍が対処に当たりましたが、奴らには歯が立たなかった」


「歯が立たない?」


 俺が聞くと、沙那がうなずく。


「ええ。

 プラキドールは集団で出現するのですが、その性質として出現した範囲に特殊なエネルギーの『フィールド』を形成するんです。

 そして、このフィールドは通常火器の威力を著しく減少させてしまう。

 そのため、こちらの攻撃に対する防御力が潜在的に高かった」


「……でも、減少されているとはいえ通りはしたのか?

 そういう意味に聞こえるけど」


「はい。そうです、恒兄さん。

 たしかに、フィールドは強力でしたが、断続的に戦力を投入することでそれを破ることは可能でした。

 また、フィールドの効力はプラキドールの集団内の個体数によって強化される。

 そのため、人類は奴らを積極的に分断し、フィールドの効力を弱めて各個撃破を狙うようになりました」


「それでも、歯が立たなかった?」


「ええ。

 問題は、フィールドのもう一つの性質にあります。

 プラキドールの作り出すフィールド内で、人類は強い酩酊状態に陥るんです」


 酩酊……それは厄介だろうな。

 常にゲロを吐きながら戦うようなもんだ。


「訓練された軍人でも厳しい状態でしょう。

 まして普通の市民には無理です。

 倒れて動けない彼らをプラキドールはただ殺し続けました。

 どこに隠れても見つけ出して、ひたすらに」


 話す沙那の肩が強張る。

 沙那はおそらく、それを間近で見たのだろう。

 そう察した俺だったが、浮かんだ疑問を止めることはできなかった。


「……でも、目的は?

 その、プラキドールの目的はなんなんだ?」


 人間同士の争いならば、究極的には利益を奪い合うことが目的と言えるだろう。

 思想的な対立であろうと、物質的な支配領域の牽制の結果であろうと、相手を攻撃することが自らの利益になる状況で争いは起きる。

 しかしこの敵との戦いは聞く限り、野生生物が人間に牙を剥いてきたから防衛を行う、という類の争いだ。


「本能的なものなのか?

 それとも、あんまり想像したくないけど、殺した人間を食べる、とか……?」


「いえ。少なくとも、殺された人間が捕食されたケースが確認されたことはないです。

 そもそもプラキドールには口にあたる器官がありませんから」


「口がない?

 ……それって、放っておけば死ぬんじゃないのか?」


 たしかカゲロウという虫がそうだったという知識がある。

 口も腸もなく、食事も睡眠も必要としない代わりに寿命は数時間。

 儚さの象徴のように扱われる虫だ。


「いえ。

 プラキドールは通常の生物の枠組みとは違うんです。

 体の一〇〇パーセントを構成するのは先ほども言った特殊なエネルギー……『エーテル』です。

 だから、プラキドールが人類を殺す理由に食事は関係が無いんです」


「なら、どうして?」


 俺が訊くと、沙那が首を横に振る。


「分かりません。

 奴らは獲物を嬲ることすらしない。

 ただ、人間の生命活動を止めることだけを目的にした……機械のような行動原理を持っていると考えられています」


「……それは、怖いな」


 そして理不尽だ。

 ある日突然、自分達を抹殺する機械が現れるなんてことは。


 俺の感想に、沙那は、


「ええ。

 人類は団結して一つの軍を結成し、世界各地でプラキドールへの対抗を始めましたが……それは苦しい戦いとなりました。

 プラキドールはあっという間に人類の生存圏を侵食していき、世界人口は七〇億人から四五億人まで減少することになりました。……たった半年の間にですよ?


「は、半年でそんなに?」


「ええ。そのままいけば、人類は滅んでいたと思います。

 けれど最初の戦いから半年が過ぎた頃、状況は好転しました。

 プラキドールの発するエネルギー『エーテル』を自在に使える人類が現れたことによって」



***


 ドン!


 突然、爆発音が空に鳴り響いた。


「!?」


 それまで車外の景色を眺めるばかりだった俺は、その音に驚いて腰を浮かせる。

 直後に車が停まったので音のした方を見ると、立ち並ぶビルの一角、二階のあたりが吹き飛んで煙を吐いていた。


(おいおい)


 街中だぞ?

 治安どうなってんだ?

 そう思ったのも束の間、ビルに空いた一人の人間が空中に飛び出す。

 危険すぎる。二階部分だから即死するような高さではないが、骨折は免れないだろう。

 しかしその男は急に体を縦に回転させると、足を大きく踏み込む。

 そう、空中で踏み込んだのだ。

 普通ならば意味のない行動。

 しかし男の足は、まるで見えない床を踏んだかのように空中の『何か』を捉え……空を跳んだ。


(嘘だろ!?)


 そのまま男は飛び出してきたビルの中に跳ね戻る。

 俺が信じられない思いでそれを見ていると、


「停めてください」


 不意に沙那がそう言って、車が停まる。 


「どうして停まるんだ?

 逃げたほうがいいんじゃ……」


 爆発があったビルはすぐそこだ。

 しかも、さっきから何かぶつかり合う音がしている。

 どう考えてもさっさとこの場所から立ち去ったほうがいい。

 しかし沙那は俺の問いには答えず、運転手に向けて言う。


「……二階に四人。三階に二人の反応あり。

 抗争ですね。全員武装していると思います。

 感知する限り、二階の四人はクラスCですが、三階の二人はB相当のエーテル反応があります」


 それを聞いた運転手が車を路肩に寄せた。

 そして沙那が、


「恒兄さん、少し車の中で待っていてもらえますか?」


「え?」


「すぐに済みますから」


 そう言って車外に出てしまった。

 そして運転手と一緒に爆発したビルの方に歩いていく。


「……いやいやいや」


 そんなこと言われても、こんなところに放置されても困る。

 車の運転とか知らないから、緊急になったところで動かせるわけでもない。

 そうなると俺も外に出ておいたほうが、いざというときの身の軽さという意味ではよさそうに思える。 

 『すぐ』というのがどれだけか分からないが、とりあえず車からは離れよう。


 と、俺が車を出た瞬間、もう一度ビルから爆発音が聞こえた。

 地響きが周囲に鳴りわたる。

 ふと気づけば、そこそこいたはずの通行人があっという間に消えてしまっていた。

 戦争慣れしている……とかなのだろうか。普通、動けない人間の一人や二人いそうなものだ……。

 改めて俺の記憶に残っている常識との差異を感じながら、俺はもうもうと煙をあげるビルを見上げた。

 

(瞬間的に逃げられるやつもすごいけど、向かっていくのはもっとすごいな……)


 どう見ても危険地帯だが、微塵もそれを感じさせない沙那の様子。

 その理由はなんだったのか。

 

 俺は直後、それを知ることになった。


 ビルの一階で急速に光が膨れ上がったのだ。

 それは室内から発生した光で、それによって壁が弾け飛ぶ。

 目も眩むばかりの輝きが収まった後……俺は恐る恐る顔を上げた。


 室内の様子が見える。

 ガラの悪い感じの若者たちが倒れており、中心には沙那が立っていた。


「ふう……」


 沙那が指先をピッと払う。

 その指の先端に、白っぽい光の粒子が付着していた。


「恒兄さん、待っていてくださいって言ったじゃないですか」


 沙那が俺の方を見て、非難するように言った。


「いや、悪いとは思ってるけど……あー、なんだ。

 ちょっと気になって……」


 俺がそう言うと、沙那がため息をつく。


「気になるからって外に出ちゃダメですよ。

 いやまあ、記憶を失う前の恒兄さんもそういうところはありましたけど……」


「そうなのか……まあ、その、すまない」


 言われていることはもっともなので、俺は反省した、が……それはそれとして、目の前の光景は気になる。


「沙那、それがこの前言ってた力なのか?」


 問うた俺に、沙那がうなずく。


「ええ。

 プラキドールに追い詰められた人類が新たに獲得した力……『エーテル・アーツ』です」


 そう言った沙那が自らの後ろに指を伸ばす。

 すると、その先端から光の奔流が放たれて、沙那を後ろから襲おうとしていた一人のチンピラがパタリと倒れ伏す。


「最初にエーテル・アーツに覚醒した人類が現れたのは、戦争が始まって半年後のことです。

 一人が使えるようになると、それは他の人間にも伝播していき……プラキドールへの対抗手段となりました。

 なぜなら、エーテル・アーツはプラキドールの作り出すフィールドを破ることが出来たからです」


 瓦礫の上を歩きながら、沙那が言葉を続ける。


「エーテル・アーツを身につけた人類は『セカンド』と呼ばれるようになりました。

 誰が呼び出したのかはわかりませんが……オリジナルの人類から一歩進んだ存在……という意味があるようです。

 見ても分かるように、私もセカンドになりました。

 セカンドが現れてから、人類は犠牲を払いながらも着実にプラキドールを駆逐していきました。

 そして半年前……オーストラリア大陸にて最終作戦が行われ……プラキドール戦役は人類の勝利で幕を閉じました。

 戦乱の時代は終わったんです」


 言葉と裏腹に、沙那の顔には影がある。

 沙那の顔に影を落とすものが何なのか、俺は分かる気がする。

 というか、街を車で走っているだけで唐突にこんな事態に巻き込まれて、分からざるを得ないというか……。


「終わった割にはずいぶん物騒だな?」


 俺の問いに、沙那がうなずく。


「そうなんですよね……。

 問題は、戦役後の『セカンド』の扱いにありました。

 この力は、規制できない凶器のようなものだったんです」


 沙那が地面の瓦礫に指を差し向けると、先ほど見たのと同じようにその先端から白い光が放たれる。

 その光はコンクリートの欠片を撃ち抜き、貫通をさせていた。


「私の使えるエーテル・アーツは、エーテルによって作り出したエネルギー弾を撃ち出す『射出(ショット)』と、生物の反応を見聞きするように知ることができる『感知(アウェアネス)』のふたつ。

 この二つの力で、私はプラキドールだけでなく、人間に対する強さを手に入れました。

 しかし当然、力を得たのは私だけじゃない。

 ……あ、恒兄さん、そこは危ないですからもう少しこっちに寄ってください」


「?」


 危ないと言えばぶっちゃけどこも危ないと思うが、今の立ち位置じゃまずいんだろうか……。

 ……それとも、さっき言ったアウェアネス? とやらの力で何か察知したのか?

 俺が従って足を踏み出した瞬間、頭上から重い音が響き渡った。なんと、俺がさっきまでいた位置に天井が崩落した!


「……うわあ」


「ぼーっとしてる場合じゃないです。

 もっとこっちに来て!」


 沙那の声に従って駆け寄る。


「ひいいいい!」


 落ちた天井の穴から、一人の男が飛び降りてきた。


「な、なんでこんなところに『英雄』がいる!?」


 と、なにやら叫びながら降りてきた男は俺と沙那の姿を認めると、


「そ、そこをどきやがれええええ!!!!」


 必死の形相で突進、こちらへ向かって腕を振るう。


「しゃがんで!」


「うおっと!」


 その腕薙ぎは俺の頭上を通り過ぎていき、ビルの壁に当たり……粉砕した。

 パラパラとコンクリートの欠片が舞う。

 人間の腕力ではあり得ないことだ。


「エーテル・アーツ『強化(エンフォース)』ですね。

 エーテルを使って自分の身体能力を上げることが出来ます。

 まあ、あれではせいぜいレベルⅠ相当ですが……」


 冷静な説明はいいが、その説明の間に男はその時すでに二発目の拳をこっちに向けてぶつけてこようとしているところなんだが。


「大丈夫です」


 沙那が指を立てる。


「『射出(ショット)』」


 光が拡散し、そして消える。

 目の前にいた男はパタリと倒れ伏して、ピクリとも動かない。


「……え? もしかして殺しちゃった?」


「まさか。

 非殺傷の収束エーテル弾を額に当てて気絶させただけです。

 目が覚める前に拘束しちゃいましょう」


 そう言って沙那がジャラリと手錠を取り出したので、俺は目を丸くした。


「……手錠、普段から持ち歩いてるの?」


「そうですよ? 治安悪いですから」


(東京やべえな……)


 無秩序ぶりに恐怖を覚えつつも俺は沙那の手ほどきに従って、気絶した男の両手に手錠をかける。

 金属の擦れる音に、ひやりと肌に触る硬さ。

 手錠なんて触ったの初めてだが、つくづく拘束にしか使えない形状だなあ、などと思っていた、その途中でふと疑問を覚える。


「……これ、拘束してもさっきのエーテル・アーツで壊されねえ?」


 コンクリの壁を壊すレベルなんだから、もうちょい気合入れれば金属製の手錠も壊せそうだ。


「鋭いですね、恒兄さん。

 実際、けっこう壊されますよ」


「やっぱりな」


「まあ、壊れないのも実際のところ存在はしていますが、コスト高いですからあんまり無闇には使えませんよ。

 とはいえ、この男のアーツレベルはよくてⅡ程度でしょうしまあ問題ないでしょう」


「アーツレベルって?」


「読んで字のごとくです。

 エーテル・アーツの強さのことですよ。

 Ⅰが最低で、そこから数字が上がるごとに強くなっていく、というイメージでお願いします」


「おお……なんかゲームみたいな」


「確かにそうですが、一番分かりやすいですからね。

 セカンドを軍に加えるにしても、個々人の使えるエーテル・アーツとそのレベルが分かってないとやりようがありませんから。

 ちなみに、使えるエーテル・アーツの数によって『級(クラス)』も決まります。

 クラスD、C、B、A……というように。

 最高位のクラスSは世界でも四人しかいません」


「なるほどなるほど……」


 沙那の話を聞きながらうなずく。

 しかし、セカンドってのはエーテルを使った能力に目覚めた人類ってことだったが、こうして聞いてるとなんかけっこう規格的だな。

 どうも自由に能力を使えるって感じじゃない。最初から決められた何種類かのエーテル・アーツが存在していて、それを最低一つ使えるのがセカンド……って感じか。

 ……んで、俺も記憶を失う前は軍にいたらしいからセカンドなんだろうし、


「……俺の使えるエーテル・アーツとクラスって、なんだったんだ?」


「知りたいですか?

 恒兄さんのアーツは…………っと、そろそろ上も片付いたみたいですね。

 話はまあ後でにしましょう」


「上?」


 そういや、さっきから周りが静かになっているな。

 そう思った時、天井の穴からストっと誰かが降りてきた。


「終わったぞ〜」


 誰かと思えば、さっきの運転手である。

 片手を挙げてこちらに向かってくるその男に、沙那が言う。 


「けっこう遅かったんじゃないですか?」


「やり合ってるうちに片方の組織の増援が来てさ。

 それが全員『跳躍(ハイジャンプ)』持ちで周りのビルから飛び込んできやがった」


「ああ……それは大変でしたね」


「たぶん本当はそれで上階に居る相手を奇襲する作戦だったんだろうな。

 ま、結局それ以外は大したこと無かったから捻って転がしておいた。

 本部に連絡済みだ、着いたら連行してもらう」


 運転手はパタパタと服の埃を払い、俺と沙那、そして床に転がった男を見る。


「すまないな。

 一人取り逃したのは分かってたんだが、そっちで何とかしてくれるだろうと思った」


「別に責めてないですよ。

 恒兄さんに『セカンド』や『エーテル・アーツ』のこと、説明するのに良い機会でしたし」


「そう?

 なら良かった、こういうのは結局目で見てみないと理解しきれないしな」


「三年前の私たちがいきなり言葉だけで説明されたって『何言ってるの?』って感じですしね……」


「あれ?

 入院中に戦役中の記録映像、見せてないのか?」


「何言ってるんですか。

 エーテル、画像に映らないじゃ無いですか。

 プラキドールも」


 二人だけで話が進んでいくので、俺は思わず手を挙げてそこに割り込んだ。


「待った待った。

 ……一つ聞いてもいいか? 沙那」


「はい、どうぞ」


「この……運転手の方は、運転手ってだけじゃないんだな?

 察するに、上司とか?」


 俺が訊くと、沙那は一度首をひねり、そして、思い出したように、


「……あっ、もしかして私、説明をしていませんでしたか。

 えっと、この人は私と恒兄さんの兄です」


「えっ……。えっ、そうなん?」


「そうだ。久澄量河」


 運転手……量河が俺に顔を向ける。

 そういえば家族構成のとこに兄が一人、妹が一人って書いてあったな……。

 間近で見るとけっこうな男前である。

 俺と沙那、よりこの男と沙那、の方が確実に遺伝子が近い印象がある。


 俺がじっと見ていると、


「どうした、見覚えあるか、俺の顔。

 なにか思い出したか?」


「…………いや……俺たち兄妹なら……やっぱ、似てないよな? と思って」


「恒兄さん、それはけっこう昔から言われていました」


 なんか傷つくな。

 と、外からバタバタと足音が聞こえてくる。

 なんだろうと思っていると、黒い服に身を包んだ人間たちがこちらに向かってくる。

 男も女もいるが、共通する特徴として全員が若い。一番年上でも二〇代前半くらいだろう。

 そしてもう一つ。

 全員がなんといえばいいのか……場慣れしている空気があった。 

 一般人らしくないと言うのか。

 やはり、戦争を経験しているとこういう雰囲気を纏わせるようになるということなのだろうか?


 そのうちの一人、髪を短く切りそろえた少女が、


「隊長殿! 副隊長殿! ただ今到着いたしました!」


 そう言って量河と沙那に向けて敬礼する。


「苦労をかける。

 後はよろしく頼むぞ」


「はい!」


 少女が答えたのを見た量河が俺の方を向く。


「さて、ここはこいつらに任せるとして……俺たちはそろそろ家に行こう。

 ずいぶんな寄り道になったな」


「たしかに……」


 ただ自宅に戻ろうと言うだけでこの始末である。


「帰る途中でまたこういう事件が起きたりしないよな?」


「……保証はしかねる」


 やっぱそうかよ。

 俺はため息をついて、沙那と共に車に向かった。




***




 それから三〇分後、俺は無事に家にたどり着いた。

 洋風の一軒家。

 そこそこ広く、少なくとも貧しそうには見えない外見。


「……おお、なんか見覚えがあるな。

 この門の感じとか、玄関のドアとか……」


 俺がそう言うと、沙那が、


「……あー、それは恒兄さんの勘違いですね。

 兄さん、この家に住んだことないですから」


「……そっすか」


 ただの錯覚であった。


「前の家は戦役中に破壊されてしまったんですよ。

 この家は戦後に新しく建てたんです」


 そう言う沙那に続いて玄関をくぐる。

 鼻に、壁や床に使われた素材の匂いが漂ってくる。

 たしかに、生活感があまりしない。部屋の中も、整然と片付いていた。


「まあ、とりあえず座って待っとけ。

 お茶でも淹れるから」

 

 そう言って量河がリビングのテーブルを示し、自分はキッチンの方へ向かった。

 俺と沙那はテーブルにつく。

 量河のことを待っている間に、俺は車中から抱えていた疑問を沙那に投げかけた。


「……なんか普通に喋ってるけど、車に乗ってる時は完全に無言だったよな、あの人。

 なんで?」


「量兄さん、この前一八になったばかりですからね。

 最近とったんですよ、免許。

 だから運転中は緊張してるんです、あれ」


「そういう理由?」


「まあ、そうでなくても今はまだ道がボコボコなのと瓦礫が片付けられてないところもありますし。

 集中しないと危ないんですよ」


「ああ、だから車があんまり走ってないのか……というか、免許制は生きてんだ?」


「戦後はその辺むしろ厳しいですよ。

 戦役中は緊急で無免許運転くらい許されましたけど、いつまでもそのノリを引きずってると簡単に無秩序状態になっちゃうんで」


 話しているうちに、量河が三人分のお茶のカップを運んできた。


「待たせたな。何の話をしてたんだ?」


「たいしたことじゃないです。

 さあ、量兄さんも座ってください」


 沙那に促されて、量河が俺の隣に座る。

 

「まあ飲め」


「ああ、それじゃ、いただきます」


 俺はお茶のカップを傾ける。


「……うまい……」


 落ち着く味がする。

 それになにか、


「……懐かしい味がする、ような?」


「おお、俺の味を覚えててくれたのか!?

 ……と言いたいところだが、それは戦後に新しく出来たブランドの茶だから恒矢の勘違いだな」


 また錯覚かよ。

 

「まあ、それはともかくうまいと言ってもらえると嬉しいもんだ。

 ……さて、落ち着いたところで今後の話を始めようか」


 量河がカップを置く。


「えーと、沙那からプラキドール戦役の話やセカンドの話なんかは聞いていると思うが。

 現状の世界の話はそんなにしてないだろ?」


「……まあ、そうだな」


「オーケー。じゃ、簡単に。

 半年前、オーストラリアの最終作戦でプラキドールの司令塔……『統率者(オペレーター)』を倒した俺たち人類。

 その瞬間に世界中からプラキドールが消滅。

 これによって人類存亡を懸けた戦いは終了。

 希望の未来が訪れたのであった……とりあえずこんな感じ」


「いや全然そんな感じではなかったよね?」


 俺がさっきのビル街での戦いを思い出しながら言うと、沙那がため息をつく。


「量兄さん、真面目に説明してくださいよ」


「いや、割と真面目だよ」


 量河が顎に手を当てて、


「……そう、たしかに今、セカンド同士で小競り合いが頻発している。

 お世辞にも治安が良いとは言えないし、復興も思うように進まない。

 ……が、それでも、プラキドールが蔓延ってた時より全然マシ。それは間違いないだろ?」


「まあ、それはそう……ですけど」


 沙那がうーんと唸りながらうなずく。

 あれでまだマシな方って、やっぱ戦役中はやばかったんだな……。


「実際、今の状況は仕方ない面もある。

 プラキドールを倒すための力が、プラキドールを倒した後も消えてくれなかったんだからな。

 政治も経済も不安定、どの国も復興途中で物資の調達はままならない、すると食糧自給率の低い日本じゃ飯を食っていけない層がどうしても出てくる。

 そういう層がエーテル・アーツなんて力を持ってりゃどうしたって争いは起きる」


「……で、そういうのを取り締まってるのが沙那や量河兄さんのいる組織ってことか」


 俺がそう聞くと、量河がうなずく。


「そういうこと。

 あと、兄さんはいらない……記憶を失う前の恒矢は普通に量河って呼び捨てだったからな」 


「あ、じゃあこれからそれでいくよ。

 ……量河、その組織って自警団的な感じなのか?」


 すると量河が首を横に振る。


「いや?

 普通に公権力。

 前身はMIFのセカンド部隊だしな」


「MIFって?」


「Mankind Integration Forceの頭文字をとってMIF。

 日本語にすると人類統合軍……そう言ったらだいたい分かるだろ?」


 なるほど、たしかに分かりやすい字面だ。


「そういや、前に沙那が言ってたな」


 俺が沙那に顔を向けると、


「はい。

 プラキドールという別種に対抗するため、人類が団結して興した連合軍……それがMIFです。

 私と量兄さんはもちろん、恒兄さんも所属していましたよ」


「へえ……。

 過去形なのは、もうその軍は存在してないってことか?」


 すると沙那は手を振って、


「あー、いえ、そういうわけではないんです。

 戦後の後処理とか、世界的に連携しつつの復興指揮とか色々ありますからね。

 ただ、戦役が終わった以上、戦略面での連携の必要性は低下しているのも事実ですから、直接的な介入を減らして任せられる業務は各国にアウトソーシングしていく……という形で規模を縮小している最中です」


「その治安維持部門が沙那たちのいる組織って感じか」


「はい。

 Second Adapt Security……まあこちらは単に、セキュリティと呼ばれることが多いです」


 セキュリティ、ね。

 うん、だいぶ状況が分かってきたぞ。  


「一つ質問がある。

 さっきセキュリティが来たときに思ったんだが……全体的に若いな、と思った。

 あれってもしかして、セカンドの性質的なもん?」


「鋭いな、恒矢」


 量河がぴっと指を立てる。


「エーテル・アーツってのは基本的に、三〇歳以下の人間しか発現しなかったんだよ。

 原因は分からないけどな」


「……なるほど……。

 待て……それってつまり……」


 俺は考える。

 プラキドールのフィールドの酩酊効果をすり抜けられるのはセカンドだけって話があったな……。

 で、酩酊した人間はプラキドールに対抗する手段がなかった……て、ことは……、


「え、じゃあ……あんま想像したくないけど、それより上の歳の人間って、もしかしてけっこう……」


 俺が訊くと、沙那が浅く腕を組む。


「……かなり被害は大きかったです。

 プラキドールは出現、侵攻のペースが速く、避難が間に合わないことも多い。

 その際セカンドは戦うことができましたが、そうでない人は……」


「そうか」


 やはり随分厳しい状況にある世界のようだ。

 三〇歳以上の人間が大幅に減ってしまったら、社会が機能不全を起こすことは想像に難くない。

 それを無理矢理動かそうとすれば、若い世代を地位に就けるしかないだろう。


「……そういや、量河は隊長、沙那は副隊長って言われてたよな。

 この家もずいぶんいい造りみたいだし……あと、量河はたしかあのチンピラが『英雄』って呼んでた。

 ……てーことは……あれ、二人って今、相当偉い?」


「まあ……自分たちで言うのもなんですけど、そうですね。

 あの、半年前にプラキドールの統率者(オペレーター)を倒したって量兄さんが言ったじゃないですか」


「ああ」


「それをやったのが、俺と沙那の部隊だ」


 沙那の言葉を引き継いで量河が言う。


「おいおいおい、思ったより英雄だな」

 

 全世界規模のやつじゃねえか。

 

「じゃあ、久澄家の知名度すごいことになってるのか?」


「なってる。

 俺と沙那は顔と名前を知らないやつがいない」


 おお……想像するだけで大変そうだ……。


「正直、半年過ぎても慣れません。

 どこに行っても注目されると言うのはどうも……。

 この家なら人の眼はないですけど、量兄さんも私もあんまり帰れませんしね。

 式典とか断れませんし……セキュリティとしての仕事もありますし」


「おかげで俺は結局恒矢の見舞いに行けなかったんだよなあ。

 そこは本当にすまないと思っている」


 量河と沙那が苦笑してカップを傾ける。

 笑えるのすげえなあと思いつつ、

 

「いや、全然いいよいいよ。

 むしろこっちが謝るべきだろ……こんだけ聞いても全然記憶戻らないこととか」


「それは仕方ないと思うが……。

 あ、その記憶の話で一つ聞きたかったんだが。

 結局、恒矢の記憶ってどのへんが欠けてるんだ?」


 量河が俺の顔を見る。


「人間関係的なところは全部覚えてないのか?」


「そうだな……自分のことも含めて全く思い出せない」


「でも、社会常識なんかは残ってるんだよな?」


「うん……まあ、プラキドール戦役が始まった後のことは分からないけど」


「まとめると、生まれてからの人間関係プラス、三年前より後の記憶がまるごと無い……って感じか」


 そういうことになる。

 なんかこうして改めて記憶に線引きをしてみると、歪な忘れ方してるな。

 特に、三年前以降の記憶をさっぱり失ってるのがおかしい気がするが……。


 ふむ、と俺が考え込もうとすると、


「まあ、記憶は普通に過ごしてるうちにふっと戻ることもあるってお医者様も言ってましたから。

 気長に行きましょうよ。

 それよりそろそろ、話を戻しましょう。今後のことに」

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2024年9月23日 12:00
2024年9月24日 12:00
2024年9月25日 12:00

プラキドール・ドミネーション 雨後野 たけのこ @capral

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