第2話

「ああ、そうだな」


 量河がうなずき、俺を見る。


「俺たちの年齢なら、学校に通う……というのが正しいんだろうが、それはもう少し時間が必要だ。

 なにしろ、戦時中は教育関連も停滞してたし、ラスト一年くらいは完全ストップしてたからな。

 新しい体制を整えるまであともうちょい、時間がかかる見込み」


「ちょっとそれは残念だな……。

 正直、学校通えた方が落ち着いたんだけど」


 記憶を取り戻すきっかけ作りにもなるかもしれないし、けっこう痛い。

 が、やっていない以上はどうしようもない。切り替えていこう。


「……で、どうするのがいい?

 のんびりこの家で養生してる……ってわけにもいかないんだろ?」


「人手不足だし、なかなかな。

 それにMIFでセカンドとして登録されている人間には任務が与えられていて、それは拒否できない。

 ……で、とりあえず恒矢には『セーフティ』に入ってもらうことになった」


「セーフティ?」


 沙那が答える。


「セキュリティと同様、MIFから派生した組織の一つですね

 仕事内容は災害救助とか復興支援とか、そんなところです」


「治安維持よりはいけそう……。

 だけどそれ、セカンドに対する任務……ってことはエーテル・アーツ前提?」


「いえ。

 まあ重機の代わりに出来る『強化(エンフォース)』とか救助に有利な『跳躍(ハイジャンプ)』とかを使えるセカンドが優先的に行かされるところはありますが……正直、そこまで厳密な区分けをしてるわけでもないんですよ。セキュリティだけはどうしようもないですがね。

 だからそんなに難しく考えず、人助け的な感覚で仕事をしていただければと」


「ふむ……」


 量河が、


「しばらくはセーフティでの任務に従事。

 記憶に関しては、定期的に通院して経過を見る。

 で、学校が再開されたらそこに通う……今後はそういう流れになる。

 何か、分からないことはあるか?」


 俺は考える。


「……いや、大丈夫」


 量河がそう言ったところで、ちょうどカップのお茶が尽きた。


「良し。

 ……それじゃ俺、仕事があるから出てくる」


「え、これから?」


「ほらさっきも言ったけど俺、『英雄』だから。

 色んなとこ呼ばれて、ぶっちゃけ、この半年仕事の入らなかった日がない」


「大丈夫? ちゃんと休めよ」


「まー現状、俺が出てくことで解決する問題がいくつもあるしな。

 それに、俺は本気で『希望の未来』を目指してるんだ。

 そのためにも、今は立ち止まってる時じゃ無いんだよ」


 そう言って量河は帽子を被り、立ち上がる。


「じゃ、行ってくる。

 沙那、あとの部屋の案内とか頼むぞ」


「分かりました、量兄さん」


「恒矢、何かあったら沙那に言ってくれ。

 特に記憶のことは……何かあったら、すぐに知らせるように」


 量河はそう言って、俺の目をじっと見た後、出て行った。




***




 その日の夜。

 恒矢は案内された自室のベッドで、ぼんやりと考えていた。


 これまでのこと。

 これからのこと。

 世界のこと。

 記憶のこと。


 心に占める不安。その上にそれらの思考を並べているうちに、やがて恒矢は眠りに落ちていった……。




***




(……銀世界)


 その光景を目にした時、どうしてこんなところにいるのだろう、などと恒矢は考えなかった。

 夢を見ているに決まっているからだ。

 だから恒矢が次に考えたことは、


(なんて面白くない景色だ……)


 瞳に映るのは白。白。まっ白。

 一面の雪景色がそこに現れていた。

 吹雪、というほどの強さでは無いが、視界をしんしんと降り注ぐ雪が埋め尽くしている。

 それは恒矢の身体にも降り積もり続けた。

 しかし、極寒の環境下にいるというのに、本来身を裂くはずの寒さも冷たさも感じない。

 これもまた、夢であることの証明だと恒矢は思った。

 夢ならば、すぐに覚めるだろうとも。


 しかし、やがて景色に変化が訪れる。

 雪原に樹木が生え、雪がいっそうの強さを増し……そして最後に、目の前に一人の人間が現れた。

 少女だ。

 年齢は恒矢と同じくらいか……やや上。ちょうど『少女』と『女性』の中間くらいの年頃だろう。

 服装は、黒に赤を基調とした制服のようなものを着用している。

 

「…………」


 少女が、こちらに歩み寄る。

 雪原に残した足跡は、降り注ぐ雪が覆い隠した。

 やがて少女は恒矢の前に立つ。

 長い黒髪を風に揺らす少女の漆黒の瞳が、恒矢の瞳と正対した。


「久しぶり、そして初めまして、恒矢」


「君は誰だ?」と訊くつもりだった恒矢。

 しかし、なぜか口は開かず、何も言葉を発することができなくなっていた。

 少女はただ、微笑みを浮かべて恒矢を見続けていたが、やがて口を開く。


「あなたは目覚めと眠りを繰り返した。

 その間、私はここで待っていました。

 そして今、あなたは完全に目覚めた。

 だから私はあなたに会うことが出来ます……この場所でだけ、ですが」


「……???」


 話が読めない。

 夢の中で整合性のつく話をされる、というのも考えてみればおかしいが……。

 分からないことがあっても訊くことができないのはストレスだ。

 すると、少女は恒矢の心の中を見透かしたように言う。


「いずれ必ず、あなたと私は通じるようになります。

 その時はちゃんとお話をしましょう」


 吹雪が強くなる。

 少女の姿が消えていく。

 恒矢の意識もまた、目覚めに向けて薄れていった。

 

(ただの夢……だろ?)


 そのはずなのに。

 少女の顔を見てから、恒矢がずっと抱いていた感情。

 それは、胸を締め付けるほどの哀切だった。




***



 

「ーーはっ」


 目覚める。

 見慣れた……わけではまったくない天井が見えた。

 カーテンの隙間から朝日が漏れ込んで、部屋の中を照らしている。

 室内はいつの間にか霧が充満していて、輪郭がはっきりしなかった。


(……?) 

 

 違う。

 はっきりしないのは、原因があった。

 頬に手をやる。ぴちゃりと湿った感触。

 

「涙……?」

 

 泣くほど悲しい夢だったかと聞かれればそんなことはない。

 そんなことは無いはずなんだが……


「ただの夢、なのか?」


 夢の中の少女の顔を思い出す。

 こっちが話せないことをいいことに、名前すら明かさず一方的に言いたいことを言っただけの少女。

 普通に考えれば、ただの夢の住人だ。妄想の産物だ。

 だというのに、この感傷は自分でも過剰に思える。

 ただの夢ならばそれでいいが、そうじゃないとすると……。

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