第4話
セキュリティ本部とセーフティ本部は同じ建物内にあるらしい。
いかにも役所然とした建物で、敷地面積はけっこう大きい。
沙那と二人で到着した俺は、そこに居た女性と話している沙那の横で手持ち無沙汰にしていた。
子どもがお母さんに付き添ってもらってるみたいな状況である。
実際大して違いは無いってところがなんとも。
「恒兄さん、では私はここで」
そんなこと思ってたら話が終わったらしい。
ピッと手を挙げた沙那が俺を見上げる。
「ここから先はこちらの方に案内をお願いしました。
兄さんはセーフティ本部の方へ」
そう言って沙那が紹介してくれたのは、それまで話していた、MIFの制服を着込んだ妙齢の女性だった。目立つブロンド髪を制帽から垂らしている。
こちらに会釈する彼女は、
「MIFの篠崎カレン。
よろしく、恒矢くん」
そう言って手を差し出してくる。
俺はその手を握り返し、
「よろしくお願いします」
「うん。……とはいえ、実は面識あるんだけどね」
「え?
……あー、聞いてると思うんですが」
「うん、分かってる。
大変だったね。後でどういう絡みがあったのかは話すから、とりあえず一緒に行こうか」
そう言って、篠崎カレンと名乗った女性は沙那のほうを向き、
「じゃあ沙那ちゃん、後は任されたから」
「よろしくお願いします、カレンさん」
沙那が女性にぺこりとお辞儀し、その後俺の方を向く。
「では、私はここで」
「ああ、色々ありがと。
沙那もがんばれよ」
「ありがとうございます。
朝の記憶のお話、帰宅したらお話しましょう。では」
そう言って沙那はスタスタと廊下の先に向かっていく。
背筋のピンとして、所作のキビキビとしていることよ。
あれで一五歳らしいからな、しっかりしている。
状況的にそうならざるを得なかったんだろうなあ、くらいの想像力は働くけど。
などと思いながら沙那の背中を眺めていると、
「恒矢くん、そろそろ行ける?」
ひょこっと先ほどの女性……カレンさんの顔が目の前に現れた。
「沙那ちゃんと離れて名残惜しかったり?」
「いや、別にそんなことは」
「そうかな。
恒矢くん、妹大好きでしょ?
沙那ちゃんが熱で学校休んだ時、じゃあ自分も休むって言い張ってたじゃない。
結局来たけど」
「そんなんじゃ……」
ない、とは言い切れないのに気付いた。
なにしろ記憶喪失なもんだから。
しかし今の話が本当なら、俺ってけっこう家族思いな人間だったりしたのかしら。
まあ、看病にかこつけて休みたいとかいう思惑があったのかもしれないけど。
……それよか、今みたいなエピソードがすぐに浮かんでくるということは、
「篠崎さんって、けっこううちの家と親しかったり?」
「そうねえ、家が隣同士だったから。
……というか、その辺りを覚えられてないのってやっぱりショックね」
「それは申し訳ないとしか言いようがないですが……」
「別に恒矢くんのことを責めたわけじゃないよ。
ただ、私のことは下の名前で呼んでほしいな」
というわけで、篠崎さんあらためカレンさんと俺は『セーフティ』の本部へと向かった。
***
「お疲れ様~。
今日はみんなに新しい仲間を紹介するわね」
カレンが言うと、室内の視線が恒矢に向かった。
「久澄恒矢です。これからよろしくお願いします」
恒矢は室内を見渡した。
狭い部屋に、男女が自分を含めて五人。
そのうち三人は恒矢よりもやや年上で、一人は同年代の少年だ。
(今日からここで働くわけか……)
そこそこに緊張しながら、恒矢は歩きながらカレンに聞いた話を思い出す。
『セーフティ』での業務内容とは主に災害救助と復興支援の二つである。
このうち後者に関しては二〇三三年現在、優先度が非常に高い業務の一つとなっていた。
重機の音と振動は日常と化している。
しかし、それでもなお復興の進まない場所、地域は数多く存在している。
そこで注目されたのが、『セカンド』の振るうエーテル・アーツだ。
『切断』は巨大な瓦礫を運搬可能な大きさにまで切り分けることが可能だし、『強化』で増大した腕力により重機の入れない場所でも作業を続けることができる。
そんなわけで『セーフティ』の組織人員は日に日に増大し、現状では学業に従事出来ない『セカンド』の約四割が所属して何らかの作業に従事している。
恒矢が配属されたのは、その中でも特に資材の運搬と物資の管理を担当とする部隊だという。
「恒矢くんの席はここ」
カレンが案内してくれた席に座る。
隣は同年代の少年だ。
「よろしく」
恒矢がそう言うと、少年は、
「よろ!」
と気さくに返してくる。
「さて、と」
カレンが部屋の前方に移動し、
「じゃ、恒矢くん向けに仕事の概要を説明しましょうか」
その時突然、部屋の中にベルの音が鳴り響いた。
何の音だと恒矢が思っていると、カレンが携帯電話を取り出した。
「はい、篠崎です……はい、はい……』
「いいよなあ、あれ」
カレンが電話に出てすぐ、隣の少年が恒矢に声を掛けてきた。
「あれ?」
「スマホだよ、スマホ。
うらやましい」
「……うらやましいか?」
ありふれてるだろう、と首をかしげる恒矢に、
「いやだって、俺ら持てないじゃん、スマホ」
「え? そうなのか?」
「いやいやいや、世間に興味なさすぎだろ……っと、そうかそうかそうだった。
君って、記憶無いんだっけ?
篠崎さんが言ってたわ、悪い悪い」
少年が頭を掻いて申し訳なさそうな顔を見せる。
そして恒矢に事の次第を話してくれた。
現在、通信機器は所持に制限がかかっているのだという。
どうも、戦時下においてデマや流言が飛び交い、敗戦主義が跋扈する兆候が見られたことが原因らしい。
所持が許されるのは一部軍人のみだとか。
「なんかディストピアっぽいな」
「そうなんだよ!
俺らの歳でスマホ持てないとかマジひどくね?
ま、俺が課金してたゲームは戦争中に会社ごと吹っ飛んだけどね、物理的に」
あまり笑えない冗談を言う少年。
その時カレンの電話が終わった。
「はい皆注目〜。
近くの作業場で発生した抗争の余波で、ビルが倒壊して民間人が巻き込まれました。
先行して救助部隊が向かっているので、私たちは物資の支援を行います。
役割分担はいつもの通り。
赤坂さん、五道さん、倉持さんはここに残って物資の在庫管理と他部署との連携をお願いします」
カレンがそう言うと、年上の隊員三名がそれぞれ首肯した。
「……で、日向は現場へ向かって連絡係ね」
「承知しました!」
恒矢と話していた少年が敬礼する。
「で、恒矢くんは初仕事ね。
日向と一緒に現場に行って、一通りの業務を学んでもらう」
「分かりました」
恒矢がうなずいた横で、日向と呼ばれた少年が立ち上がる。
「よっしゃ、さっそく行くぞ」
恒矢は日向の後に続いて部屋を出た。
***
現場に着くと、それはもう酷い有様だった。
傷病者が次々に搬送されていく横を通り過ぎて、何やら現場責任者らしき青年のもとへ向かう。
「物資班です、状況教えてくださーい」
「おう、見ての通りだ。
閉じ込められたやつらを助けるために倒壊したビルを片してるとこなんだが、手が足りねえ」
責任者の青年が指さした先では、何人かの隊員が集まり、前方の瓦礫に向かって縦横に腕を振るっている。
その軌跡に沿って瓦礫が切断されて、地面に転がっていくのを恒矢が見ていると、日向が、
「『切断』持ちは足りてるみたいっすね」
「ああ。ただ分割した瓦礫を運ぶのに手間取ってる。
重機三台くらい追加で欲しいところだな」
「オッケーです」
日向が手にしたタブレットに数値を入力していく。
「……よし、撤去作業はこれでよし。
次は医療班のとこ行って、薬足りてるかとか聞く」
日向はこれからやることを説明して、恒矢を促した。
恒矢の方は日向について回り、その仕事内容を覚えていく。
なにしろ兄・妹ともに知名度があるのだ。真ん中の自分の注目度も普通よりは高かろう。
それが出来ないやつだと思われたくはない。
そうして三〇分ほど現場を回ったところで、急に大きな音が辺りに響き渡る。
「!?」
そちらに目を向けると、何やら武装した集団が飛び込んでくるところだった。
文字通りの飛び込みだ。
エーテル・アーツの『跳躍』とやらの力だろうか?
「鎮圧しそこなってんじゃねえか『セキュリティ』……。
久澄くん、一度撤退」
ぼそりとつぶやいた日向が恒矢を見る。
「あれ何?」
走る日向に並んだ恒矢が訊くと、
「カレンさんがこの辺で抗争があったって言ってたじゃん? その片割れだろ。
『セキュリティ』が拘束してたはずなんだがなあ……」
「戦わなくていいのか?」
恒矢の問いに、日向は虚を突かれたような顔をした。
「え? 久澄くん、戦いたいの?
大人しい顔してバトルジャンキー?」
「いや、別にそんなことは無いけど。
敵前逃亡的な罪に問われたりしないのか? って」
「無い無い無い。
プラキドール相手ならまだしも、俺ら戦闘部隊じゃねーもん。
連絡係だし、逃げて増援要請するのが正解」
そう言って日向は走りながらタブレットを操作する。
とその時。
閃光が走り、日向の腕からタブレットが吹き飛んだ。
「いってえええええええええ!!!!」
日向が叫ぶ。
見れば、吹っ飛んだのはタブレットだけではなく、指も数本無くなっていた。
おいおい、と恒矢が後ろを振り返ると、武装集団の一人がこちらに人差し指を向けていた。
「『射出』持ちかよめんどくせえ!
久澄くん、こっち!」
日向が無事な方の腕で恒矢を物陰に引っ張った。
その瞬間、先ほどまで恒矢のいた場所に閃光が走る。
(あれ? 割とやばい状況?)
そう思いながら半壊したビルの中を潜り抜けていく。
「ところで久澄くんって、エーテル・アーツはなに持ちなんだっけ?」
前を行く日向が振り返った。
指を吹き飛ばされたばかりだというのに、異常に平静を保っている。
「いやいや、そんなこと訊いてる場合か?」
普通に考えて痛くて気を保ってられないと思うのだが……と思って日向の手を見ると、しっかり指が五本揃っていた。
目を丸くする恒矢の前で、日向が手を開いたり閉じたりしながら言う。
「俺、こういう時は『治癒(ヒール)』持ちで良かったと思うわ」
沙那曰く。
『セカンド』の使えるエーテル・アーツは六種類。
『切断』『強化』『跳躍』『感知』『射出』『治癒』。
『治癒』はエーテルを使って傷を癒すことが出来る能力らしい。
「で、久澄くんは何?
正直『射出』持ちだと助かるけど、普通は『セキュリティ』いっちゃうから無いよな」
「俺も『治癒』……らしい」
これも沙那曰く。
MIFの『セカンド』登録簿の中では、恒矢はクラスBの『治癒』能力者となっている。
ただ、
「けど、使い方が分からない」
そう、試してみたが使えなかったのだ。
エーテルを使う、という感覚がよく分からない。
そんなわけで恒矢の指にはちょっと切りつけてみた痕が残っている。
「マジかよ! 記憶喪失ってやっぱそういうのも覚えてないんだ!
感覚的には自転車の乗り方的なもんなんだけどなあ」
日向が笑う。
「これからどうする?」
恒矢が訊くと、
「タブレットは吹っ飛ばされたけど、要請は通った。
とりあえずしばらく隠れておくかな」
日向が答えたその時、前方の瓦礫が崩れた。
そこから現れたのは一人の男。
MIFの制服を着ていない。
武装集団の一人だった。
日向が歯噛みする。
「あー、もう! 結局戦闘かよ! おせーよ『セキュリティ』!」
叫んだ後、深呼吸を一つした。
「……まあでも仕方ない。
そしたら『治癒』持ちは『治癒』持ちの戦いかたをするだけだ」
日向が手近にあったガラスの欠片を持ちあげ、思い切り腕を振るう。
日向の手のひらにガラスが食い込み、鮮血が舞う。
対する目の前の男も、何も持たない腕を振るう。
ザシュ、と嫌な音がして、日向の脇腹が抉られる。エーテル・アーツ『切断』。
しかし同時に、日向の振るったガラスは男の顔面を切り開いていた。
獣のような声をあげてのけぞる男の頭を、飛び出した日向が掴んで近くの瓦礫に打ちつける。
男はぐったりと動かなくなった。
「痛い! 熱い!」
恒矢の見ている前で、痛い痛いと叫ぶ日向の脇腹の傷がどんどん塞がっていく。
あっという間に傷が完治し、切り裂かれた制服の痕が無ければ斬られたことも分からないほどになっていた。
荒い息を吐く日向が、恒矢を見る。
「はあ、はあ……『治癒』ってこういうバーサーカー戦法しかとれないからほんとやだ」
「お、お疲れ」
見るからに痛そうなので恒矢が顔をしかめつつ言うと、
「引いた眼で見るなよ。
マジでこの肉を切らせて骨を断つ戦いがスタンダードだぞ。
まあプラキドール相手だとめちゃくちゃコスパ悪いんだけど。
あいつら数で圧してくるから」
日向がそう言ったところで、周囲からいくつも叫び声があがった。
何だろうと思って顔を出すと、武装集団が倒れ伏していた。
傍らには何人もの軍服。
その中に、恒矢の見たことのある姿があった。
退院の日に遭遇した抗争で、後からやってきた『セキュリティ』の少女。
「ふう」
額の汗を拭う少女に、日向が手を振った。
「おーい、こっちだ!」
しかし手を振られた少女の方はと言うと、微妙そうな顔をしている。
「なんだ、日向か」
「なんだとはなんだよ。
言っとくけどな、お前らが取り逃がしたやつを俺と久澄くんでなんとか対応してたんだぞ」
「取り逃したのは私の班じゃ無い。
助けてあげたんだから素直に感謝してほしいわ」
と、少女が恒矢の顔をじっと見る。
言葉通り、素直に感謝しろということだろうか。
恒矢はぺこりと頭を下げる。
「助かりました、ありがとうございます」
しかし少女はなおも恒矢のことを見ている。
そしてしばらくすると、
「やっぱり、私のことも忘れてるんだ」
などと言い出した。
恒矢はびっくりした。
俺の知らない人間関係がまた生えてきた……と思ってしまう。
「私、篠崎アリス。
沙那やお姉ちゃんから話は聞いてたけど、幼馴染みの顔は忘れないでほしかったわ」
篠崎という苗字を聞いて恒矢はだいたい察した。
さっき会ったカレンの妹ということか。
しかしそもそも家族のことを覚えていないのに、幼馴染みの顔を覚えているのは難しいだろう。
そう考えた恒矢は、
(ん? じゃあ今朝の夢は……)
夢に出てきた少女は普通に覚えていたので、不思議に思う。
家族以上に覚えている存在なのか……それとも自分の創り出した妄想か?
しかしその答えは、直後にもたらされた。
「最終作戦の時のショック……だってね。
同じ小隊の人のことは覚えてるの?
天音さんとか」
「いや、覚えてな……」
天音さん?
その名を聞いた瞬間、恒矢の頭に電撃が走ったようになる。
夢の中の少女の姿と、その名前が重なった。
「天音……天音、渚……」
そうだ。
あの少女の名前は、天音渚だ。
それは恒矢が初めて自力で思い出した記憶だった。
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