人魚のみる夢
三上アルカ
人魚のみる夢
海の底で人魚がみる夢は、草原を自由にかけまわるライオンの夢です。
どうして海の中の人魚が、ライオンの夢をみるのでしょう。
それには、こういうわけがあるのです。
あるとき、子どもの人魚が人間につかまってしまいました。
サーカスに買われ、水槽の中で見せ物にされました。
めずらしいので、たいそうな人気です。山のような人だかりに、人魚はすっかりおびえてしまいました。
夜、人間がいなくなると、ひとりぼっちの水槽で、ひっくひっくと泣きだしました。
すると、となりのオリから声がしました。
「どうしたんだい、おじょうちゃん」
それは、大きなライオンでした。
ライオンを見たのは、はじめてです。なんておそろしい顔でしょう! 動くことも、声を出すこともできません。
ライオンは、大きな口をひらいて、小さな声で言いました。
「おなかがいたいのかい。おなかがすいたのかい。ごはんをもらえなかったのかい」
人魚はおもわずクスッと笑いました。もうこわくはありません。
「おなかはなんともないわ!」
「じゃあ、どうして泣いているんだね」
「うみにかえりたいの……」
「そうか、かわいそうに。しかし希望をもつことだよ。いつかふるさとに帰れると信じるんだ。わしもそうしているんだよ」
「おじさんもおなじなのね」
それから二匹はなかよくなり、まいばん、ひそひそと話をしました。
人魚は、海がどんなにすばらしいかを話し、ライオンのふるさとのことをたずねました。
ライオンは、アフリカのサバンナのことを話しました。
どこまでもつづく草原に、大きな太陽。動物たち。バオバブの木。
もういちど、あの草原を自由に、おもいきりかけまわりたい。
そういうことを話しました。
サーカスが町から町へめぐるうちに、人魚は弱っていきました。
人魚は水槽では長く生きられません。弱って死んでしまうのです。
だんだんと食べなくなり、話さなくなりました。
心配していたライオンは、サーカス団員が「つぎは海ぞいの町に向かう」と話すのを聞きました。
海ぞいの町についたとき、ライオンは人魚をつれて脱走しました。
ずっとおとなしかったライオンに、サーカス団員はゆだんしていましたから、すきをつくことができました。
荷車をひいて、町を走ります。
荷台に、人魚がのっています。
人間たちはおおさわぎ。追いかけてくる人もいます。人間たちをよけながら、においをたよりに、ぐんぐん海をめざします。
潮のにおいがして、波の音が聞こえ、海が見えてくると、人魚はみるみる元気になるようでした。
追手をふりきり、岬にたどりつきました。
そこは、いちめんの水色でした。
岬の上には空が、下には、空のうつし鏡のような海が広がっています。
二匹は息をはずませながら、空とおなじ広さの海を見つめました。
平らな海原は、日差しをはじいて、魚のうろこのようにきらきらと光っています。遠くでとびうおがはねました。
「ここからとびこめるかい?」
「へいき! それよりおじさんはどうするの?」
「アフリカへ帰るさ! さ、おいき」
人魚は海にとびこみました。それからどんどん泳いでいきました。
その後、ライオンは警官隊にうたれて死にました。
しかし人魚はそれを知りません。
だから、人魚のみる夢は、草原を自由にかけまわるライオンの夢なのです。
おしまい。
人魚のみる夢 三上アルカ @mikami_ark
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