第9話 「咲いても、散らない」お題・散った

 夜空に大輪たいりんの花火が咲いて、散った。

 あれは今年の夏、最後の花火だ。


 ……何だか、さびしいな。


 そう思って周りを見ると、花火の余韻よいんひたることもなく、見物客は次々と会場から撤収てっしゅうし始めていた。

 帰りが遅くなるにつれて、道は混むんだから仕方のないことかも知れない。

 しかし、それにしたって、風情ふぜいがないなあ。


 そんなことを考えていると、ビニールシートの上に座り、隣で花火を見ていた彼が私の手をにぎってきた。

 そして彼は私の体を抱き寄せ、そっとほおれてくる。

 彼の手は私の顔をなぞり、唇にまで達した。

 それから……そっと、落とされた。

 優しい、触れるだけのキスを。


 優しいキスなのに、目の前がちかちかする。

 まるでさっき散ったばかりの、花火を見ていたときのようだ。

 彼は唇を離すと、ちょっと照れたように笑った。

 私もつられて、笑顔を返す。


 花火は散って消え、夏も終わりだけど、私たちの恋は終わらない。

 この恋も、キスも、あなたの笑顔も。

 まだまだ咲いたばかり。


 散らずに、これからも続いていくんだ。

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恋が始まる物語・九編(2024年文披31題) 明日月なを @nao-asuzuki

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