あとがき

 大学入学から卒業するまで、まる四年間、僕はそのマンションで生活しました。二年生のときに三か月だけ一緒に暮らしていた相棒は、部屋を出ていくとき、しきりに僕を誘いました。でも、僕はこの部屋を出る気にはなりませんでした。大学に通うにも、バイトに行くにも便利ですし、まずまずの広さがあって築浅なのに家賃は相場より大幅に安め。奨学金とバイトで生活していた僕には、家賃を抑えられるかどうかは死活問題でした。加えて上下左右の住人の騒音に悩まされることもなく、トラブルに巻き込まれることもない。これで引っ越すなんて、おかしいでしょう。彼は引っ越しを拒絶した僕を怯えたような目で見ると、そのまま出ていきました。それっきり交際まで途絶えてしまったのはとても寂しかったですが、それまでの縁だったのでしょう。


 札幌で就職して十年、これまで一度もあのマンションを見に行くことはありませんでした。先日思いついてストリートビューで付近を見てみると、マンションは変わることなく、美しい純白の外壁を誇るかのように堂々とそびえていました。南北を走る大通りから東向きの窓が並んでいるのが見えましたが、僕のいた402号室とその隣の403号室だけが、暗い部屋の中、何かがうっすらと光っているように見えました。

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大学生のころに住んでいたマンションの話 佐藤宇佳子 @satoukako

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