7. 靴

 僕が心底うんざりしたのは、靴の事件でした。


 その朝はすっかり寝過ごしてしまい、顔を洗って歯を磨いて服を着替えると、寝ぐせも直さず朝飯も食べず、荷物を担いで鍵をつかんで玄関に急ぎました。


 お気に入りの黒い革靴に右足を突っ込んだ瞬間、思わず足を振って靴を振り飛ばしました。靴に突っ込んだ右の足裏に生暖かい感触が伝わったのです。心臓がばくばく音を立てています。玄関マットの上にちん、とそろえられている左靴にそっと手を突っ込んでみました。ほんのりと、というよりはもう少し暖かく、いかにも今脱いだばかりのようにじっとり湿っています。高熱の病人の腹を不用意に触ってしまった衝撃と不快さが靴の中に潜んでいました。


 ぞっとして、その日は靴棚から青いスニーカーを取り出し、履いていきました。その革靴ですか? たぶん、捨てたような気がします。

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