那須高原にて

栃木妖怪研究所

那須高原にて

 バイクが好きで、間もなく乗り始めて半世紀になります。

 メーカーも国産車は全て。米国や欧州のマシンも乗りました。今も欧州のマシンに乗っています。免許返納せよ。と言われる歳までは乗り続けようと思っております。

 

 私が住む栃木県は、ライダーには中々楽しい場所で、東に行けば茨城の海に出られますし、西に行けば群馬県。そこからは新潟や長野に抜けられます。北は県内に日光や那須高原があり、世界遺産を巡るだけでも日帰りも可能です。

 コースも、コーナーを楽しむ日光いろは坂や群馬に抜ける金精峠等、沢山のラインがあり、その先には、奥日光、塩原、板室、鬼怒川、奥鬼怒川、那須等々温泉地が沢山あります。

 ただ、一人でぶらりと行っても繁忙期は、ちょっとした民宿でも予約で一杯で泊まれません。

 よく泊まる宿でも、三ヶ月位前に予約貰えないと難しい。と言われてしまいます。

 

 でも、一人でバイク旅をして、温泉に入るのは最高に幸せなものです。まだまだ辞められません。


 あれは、5年位前の事でした。五月の連休も終わり、観光地も少し空いてきた頃。梅雨に入る前が、一番気候も良く、快適にツーリングが出来る季節です。

 私は、その頃買ったばかりの水平対抗エンジンのバイクで、そのマシンでは初の一泊予定のツーリングをする為、那須高原に向かいました。

 宿は何度も利用している古い温泉旅館で、直ぐ近くには、九尾の狐を封じ込めた殺生石がある所でした。

 那須高原までは、非常に快適な旅で予定より結構早めに昼食を予定していたレストランに付き、ゆっくり昼食を取って、まだ時間もあったので、那須高原線、旧ボルケーノハイウェイを周回しました。

 まだまだ時間があります。

「そうだ。那須どうぶつ王国にでも行ってみるか。」と方向を290号線から305号線に変えた時でした。

 道路の先の方に何か落ちている様です。だんだん近づいてみると、狸が轢死しているのでした。

 車に轢かれて、まだ時間がそれほど経過していない様です。時間が経過すると直ぐにカラス達の餌になってしまうのですが、まだカラスは集まっていません。

「本当は道路管理者に連絡して、処理するんだけど、なんだか可哀想だな。このままカラスに喰われるのも。」と、思い、

「そもそも、轢いた奴は、なんで連絡もしないんだ?動物だって轢き逃げは酷いだろ。」と、ちょっと怒りもあり、バイクに常備してあるキャンプ道具から、エンピ(軍用のシャベルの様な道具)を取り出して、道の脇の広大な空き地の隅に穴を掘り、狸の亡骸を埋めて土を元に戻し、バックの中にあった寝酒用に持ってきた日本酒を少しかけ、冥福を祈ってから、また、出発しました。

 

 どうぶつ王国に着くと、皆カップルか親子連ればかりでした。

 ライダーズウェアを着て、ライダーブーツを履いた一人者のオッさんはちょっと浮いていましたが、動物好きの私は全然気にせず、マヌルネコやレッサーパンダ、ハシビロコウ等を楽しんで観ておりました。

 ただ、動物園はよく来るのですが、この時は動物が落ち着かない物が多く、何だか何時もと違うな。賑やかだな。と思っておりました。

 やがて一通りの動物達と挨拶を交わし、猛禽類のショーや猫のサーカスも観て、大満足。ゆっくり温泉に浸かろうと旅館に向かいました。

 

 古い旅館は、古民家その物で、よくある古民家風とか古民家を移設したのではなく、100年以上経過した建物です。

 なので帳場も狭く、中は暗くて廊下も狭く、階段は急勾配で城の様です。

 帳場で案内を呼ぶと、奥から女将さんが出てきました。

「あら、いらっしゃい。お待ちしておりました。あれ?ワンちゃん連れて来たの?うちは中に猫が自由にしているから、ワンちゃんは、悪いけど外の小屋になっちゃうけど。」と言います。

「お世話になります。ワンちゃん?って、何も連れてきてないよ。バイクだし。」と、言うと、

「あら、本当ね。ワンちゃんが足元に居たみたいだったから。勘違いか。さ、どうぞ。」と案内され、宿帳に記帳して、お茶と名物の菓子を頂き、さて、風呂に行くか。と、服を脱いで浴衣に着替えました。

 ふと見ると、脱いだ服が散らかっています。え?俺、暴れながら脱いだっけ?と、ちょっと変な感じはしましたが、然程気にせず、旅館自慢の天然掛け流しの露天風呂に入りました。

 風呂の後は食堂で夕食をとり、部屋にマスのお造りと、ちょっとした酒の肴を頼み、酒は2合のお銚子3本。旅館の窓を全開にして、一人旅を満喫しておりました。

 

 すると、何がか足元に居ます。和室で座椅子にかけて飲んでいますと、また足に何か動物がきます。サッと見ると猫でした。

「あーこれが女将の言っていた猫か。刺身が欲しいんだな。」と、ちょっと取り分けて、ちゃぶ台の様な小さい座卓の向かい側に置いてやると、パッと座卓に上がって、刺身を食べています。

一人旅でも、猫がいるだけで賑やかな気分で楽しくなります。


突然、猫が食べるのを止め、窓をじっと見始めました。窓の外に対して臨戦体制に入り始めました。だんだん尻尾が太くなり、目つきも変わり、シャー!と怒ったり、ウーと唸ったりしております。窓の外に何か居るのか?と思って見てみましたが、何も居りません。


そのうち、猫はプィと部屋を出て行ってしまいました。

私も片付けて寝るか。と、窓を閉め、座卓を片付け、食事に行っている間に中居さんが敷いてくれた布団に入りました。

だんだん、うとうととしてきた時です。猫が布団に入ってきました。「随分懐いているな。可愛い奴。」と思って、真っ暗な中で、撫でてやろうと手を伸ばしますと、猫にしては毛が硬いのです。しかも凄く獣臭い。

「あれ?猫は部屋から出て、扉は閉めたよな。なんだ?これは。」と、枕元の電気を点けて、布団をめくって見ましたが何もおりません。ただ、獣臭が残っています。

これは臭いな。あ、消臭スプレー持って来たんだ。と、バックから消臭スプレーを出して、多めにかけました。

 「湿ってしまった布団が渇くまで、もう一度風呂に入ってくるか。」と部屋を出ました。

酒が入った入浴は危険だと言われますが、気持ちは良いものです。

満天の星空に上がる湯気。「良いねぇ。」等と、また良い気持ちで、部屋に戻りますと、広げておいた布団がぐちゃぐちゃになっております。

まぁ、酔ってたからぐちゃぐちゃのまま行ってしまったのかな?と、思いつつ布団を直し、また寝ようと横になってしばらくすると、今度は布団が重いのです。


動けない程ではないのですが、「また猫でも乗ったのか?」と起きて見てみても何もおりません。

そのうち睡魔が来て、変な事も気にならず爆睡しましたが、夢か現実か分からない中で、やたらと獣臭い息をかけられている感覚がありました。


朝になって、目が覚めて、やはり布団が獣臭いのです。

布団から出て、帳場に行きますと女将がいました。

「おはようございます。あれ、お客さんどうしたんですか?」と先に女将に言われ、

「え?なんですか?」と言ったら、

「浴衣、毛だらけですよ。」

「そう。それを言いに来たんです。布団が獣臭くて。」と言うと、

「え?そんな筈はないんですけど。お部屋に行ってみますね。」と、もう一人、痩せてキリッとした仲居頭を連れて私の部屋に確認に来ました。

 すると布団には、動物の毛が大量に付いています。

「あらら。申し訳ございません。こんな事は初めてで。虫等にさされませんでしたか。」と、二人で平謝りをして、

「大変ご迷惑をおかけしました。お詫びに宿泊代は頂きません。申し訳ございませんでした。」と女将が謝罪を続けております。

 仲居頭の方は一緒に詫びながらも首をかしげ、部屋のあちこちを調べていました。

「おかしいですねぇ。これは狸の毛なんですけど、狸は臆病で、人の寝ている部屋や布団に入ってくるなんて聞いた事がないんですけどねぇ。」と言っておりました。

 私は、もう一度温泉に入り、「宿泊費全額じゃ私もいい旅にならないから、飲食費だけ払いますよ。」と言う話になり、旅館からバイクに積めない程のお土産まで頂いて帰りました。

 帰りの道で、バイクに乗りながら考えておりました。

 仲居頭は狸と言いましたが、最後まで部屋で見たのは、最初の猫だけだったなあと。  了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

那須高原にて 栃木妖怪研究所 @youkailabo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ