説明

ここまで投稿してきた文書群は、私が今月頭に拾ったUSBメモリの中身です。


拾った場所は、地下鉄四ツ谷駅の赤坂口付近。

昔から拾い物をガメてしまう悪癖があるのですが、とびっきり変なモノだったので是非皆様に知ってもらいたく、今回投稿することといたしました。


無論、これだけだとわかりにくいと思います。そこでこちらの方で少々調査・考察をしましたので、これからツラツラと述べさせていただきたく存じます。


まずみなさん気になるのは、このUSBの持ち主と見られる女子大生「藤森愛奈」の行方でしょう。


死亡を確認しました。


詳細はわかりませんが、こちらで特定した大学の同級生のSNSを総ざらいし、九月末には死んで先日葬式があったとの情報を得ています。死因についても不明ですが、「眠っているような表情」「まるで生きているみたい」と表現されていたので、まあ遺体が激しく損壊するような死に方では無かったのではないかと思われます。


次に、この文書群について考察をさせてください。


では初めに。

彼女に起きていたのは何だったのか。

これは端的に申し上げて「のっぺらぼう」でしょう。


人の姿で、顔のない妖怪。

小泉八雲の『むじな』の怪談が一番有名かと思われます。


明治の初め、ある商人が所用で千代田区の紀伊国坂を通ったところ、堀の傍で蹲る女に出会う。大丈夫かと声を掛けると、女は立ち上がりこちらに顔を見せてきた。その顔には目も鼻も何もなく、商人は驚いて逃げ出す。そのうち蕎麦の屋台に行き着いて、店主に訳を話した。すると店主が「その女はこんな顔をしていたのか?」と言い、見せてきたその顔は卵のようだった。それで同時に灯りが消えて終わり。


所謂「再度の怪」の典型例として挙げられる一篇ですが、その題名通りこの怪異の正体は「むじな」、人を化かす獣であるとされています。


ただ、本当の正体はこのUSBの通り、違いました。


「兆し」は最初からありました。

度々引用されたミームのようなもの=『むじな』のオチに似た文章や、ホラー系の掲示板回の怪異に「顔が無い」要素が含まれていたのが顕著ですが、それよりもっと大きな「兆し」があります。


それは、掲示板回を構成する要素、投稿者が「名無し」であるということです。


恐らくのっぺらぼうにとっては「顔が無い」じゃなくて「無いこと」自体が本質なんです。だから誰も知らないサークルの先輩であろうと、小説の掲示板回であろうと、姿形は幾ら変えても構わない。


彼女が最初に掲げた問いを覚えていますか。



「掲示板回はなぜ未だに電子掲示板の形を取っているのか?」



答えは掲示板回が彼らの住処だからです。


顕名かハンドルネームが一般化した他のインターネットコミュニティと違い、IDやワッチョイなど個々のユーザーを半ば特定してしまう実際の匿名電子掲示板とも違い、思うさま匿名の誰でもない存在でいられる恰好の居場所。ミームのふりをしてWeb小説の隙間にすっぽり挟まって暮らす為に、彼らはこれからも掲示板回を作り続けることでしょう。



さて。

そこに確かにいるのに顔が無くて、名前が無くて、誰かわからない。

それが彼らの本質と先ほど述べました。

では、それは何故か。


それは彼らの正体が死者だからです。


幽霊じゃありません。

誰かわからない、生きてもいない存在。


死んだ特定の誰かが化けているならそれは顔のある、その誰かの霊です。でものっぺらぼうは違う。顔も名前も知らない、遥か昔の、遥か遠くの、擦り切れた死者の一群です。誰でもないと言うことは、死んでいるということなんです。


『むじな』もそうですが、怪談におけるのっぺらぼうは水辺に現れる傾向があります。そのことから「のっぺらぼうの正体は、顔が白く膨らんで誰かわからなくなった水死体である」という説が以前からありました。が、本当はもっと広く、詳細もわからず弔われもしない死者達なのでしょう。


だから。

藤森愛奈という女子大生はその存在を知ったから。

それしか見えないほどに近付き過ぎてしまったから、死んでしまったのだと思います。のっぺらぼうの怪談では遭遇者がその後病死する例も確認されています。死と生の曖昧な境界に自分から足を踏み入れた結果なのでしょう。


死から逃れられる生者はいない。彼女はあちら側=死者の世界=掲示板回に、取り込まれ、このUSBにその痕跡が残った。




ところで。

実は私、普段はリモートワークでして、あまり人と会わないんです。


それでも最近はいやに人の気配を感じないなと思っていて。集合住宅で、上下左右の隣人達の生活音も聞こえなくなっていて。


会社のチャットで同僚達に色々雑談をしてみたんです。そうしたら違う部署の知らない人から「後は同時に消灯です」とだけ返ってきて。


それからなるべく部屋に籠っていましたが。


寂しくて。


それで、私思ったんです。


人はのっぺらぼうの存在を知るとのっぺらぼうしか見えなくなってしまう。


ならのっぺらぼうしか見えなくなった人同士なら?


すいません。


でも寂しくて。


何でもいいから「後は同時に消灯です」以外の言葉が聞きたくて。


何でもいいから。


ここまで書いてしまいました。


許してください。


ぜひ謝らせてください。


何でもいいから謝らせてください。


すいませんすいません。






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掲示板回 しのびかに黒髪の子の泣く音きこゆる @hailingwang

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